06 友情の第一歩。
「おいしい……」
バネッサがほうっと息をつく。
「すごい。気分が落ち着く感じがするわ」
レイシー特製のカモミールティーはどこも不調など無いはずのレティシアにでさえ、体が軽くなるようなまるで魔法のようによく効いた。
即効性も抜群である。
「えへへ、良かったです!」
「さすが、超過繁茂の加護はケタ違いね」
レイシーの生家、ピアンタン子爵家は代々植物の成長に干渉できるという超越型自然系だ。
自分の意思でコントロールも可能だが、時に加護者の感情の起伏に呼応して植物が反応することも。
レイシーは歴代でも特に顕著にその特性が現れ、女医のエスメラルダが言及したオーバーグロウが、まさにそれだった。
「蜂蜜もピアンタンで育てたボリャジネの蜜を好むハチたちが集めてくれたものなんです」
「へ~、ピアンタンのハーブの蜜ねぇ! 最高級品じゃない。先生も貰っていい?」
「はい、ぜひ」
「あ~! 美味しい、慣れない仕事でガチガチだかから、身体に染み渡るわぁ」
「慣れない――ということは、エスメラルダ先生は新任なのですか?」
レイシーとエスメラルダの話に静かに耳を傾けていたレティシアが口を挟む。
「そうなるわねぇ。教員の中ではひよっこの一年生よ~」
「わぁ私たちと一緒なんですね!」
きゃっきゃうふふと穏やかな女子トークに花が咲き、時間が過ぎるのはあっという間だった。
ーーーーーーー
体調不良では無いレティシアとレイシーが長居することはできないので、授業終了のブールドンの音とともに医務室から退出することとなった。
「バネッサ様大丈夫ですかね」
帰り際、エスメラルダに耳打ちされたことが頭をループする。
『バネッサちゃん、とても繊細な子だから』
エスメラルダはバネッサとは遠い親戚との事だった。彼女のためにわざわざアカデミーの職員になったというのだから、その行動力には恐れ入る。
『どうか気にかけてくれたら嬉しいわ』
彼女の言葉には、隠しきれない不安が含まれていた。会う事がなかったこの三年のうちに何かあったとみていいだろう。
「きっとね」
今、レティシアは成り行きそのままにレイシーとともに食堂へ向かっている。
アカデミーには、一度に千人は利用可能な大食堂があり、提供される学食はどれもアカデミー独占の一流シェフたちが腕によりをかけた絶品だとか。
前世では、アカデミー似通っていなかったため、縁遠いものであった。
(楽しみにしていたのよね)
特に、日替わりランチプレートが人気らしい。
「あの!」
レティシアがひとり妄想に耽っていると、レイシーが足を止めていた。
「どうかしましたか?」
「お」
「お?」
「お友達になってくださいませんか!!!」
まるで一世一代の告白かのように熱烈な申し出である。
「その、なんと言いますか。私のような格下の爵位の者が差し出がましいのは重々承知なのではありますが、その――」
「ふっ」
美しい九十度のお辞儀と差し出された手にレティシアが小さく吹き出した。
「そんなに畏まらなくても、私はもう貴女とお友達のつもりでしたよ」
「ほ、本当ですか!!!」
「えぇ。これからよろしくお願いしますね」
「よ、よろしくお願い致します!!!!!」
差し出された手に自分の手を重ねて握手に応じるとそれはもう嬉しそうな反応を返してくれるのでなんだか照れる。
「私こそ、本当は祝福測定が終わったあと、貴女に話しかけようと思っていたんです」
「え、そうなんですか!」
「私のことはどうぞレティと」
「わ、私もファーストネームで、その、レイシーと――レ、レティ様っ」
「レイシー様、これからどうぞよろしく」
「は、はいぃいいっ!」
ほわほわと暖かムードで外廊下を歩いていると、本館に繋がる出入口のそばに人だかりが出来ていることに気がついた。
「あれじゃ、通れなさそうですね?」
レティシアとしては空腹も限界が近いので、早いところ向こう岸にたどり着きたいのだが、あれではどうも厳しい気がする。
「そうね――」
迂回した方が無難かと何気なく流し目でそちらに目をやると、その中心部分――つまるところ、囲まれていた人物を視界の隅に捉えて二度見する。
「あ」
――きゃあああああっ!!!!!!
まだ離れたところにいるレティシアたちにも十分に届く女生徒の黄色い声が響いた。
「ねぇ、見ない顔ね?」
「お名前は?」
「私たち今からランチに食堂へ向かうのだけれど――」
懸命にトライする雰囲気はかなり美人なお姉様方だが、男子生徒はまるで見えていないかのように一切反応を返さない。
「ねぇ、聞いていらっしゃって?」
像のごとく微動だにせず、まさに鉄壁である。
「ルカ」
男女問わず通り憂がる生徒の視線を掻っ攫っていたその男子生徒に声をかけた。
「レティシア様」
「どうしてここに」
レティシアの呼び掛けに、抜け落ちていたルキウスの表情に感情が戻った。
あまりにあからさまな態度にそれはまずいのではとは思うが、正直悪い気はしない。
「お迎えに上がりました」
「ありがとう」
ルキウスの祝福測定に合わせて迎えに来たという言葉に、枝分かれした外廊下は礼拝堂にも繋がっていたことを思い出した。
(危なかったわ……)
違う道から食堂に向かっていたら、確実に入れ違いだった。
「眼鏡姿もいいわね」
ラウンド型の眼鏡がよく似合っている。
ルキウスは目が悪いわけではない。視力は二.〇近くある。つまるところ、今着用しているのは、オシャレ眼鏡の分類に振り分けられてしまう伊達眼鏡だった。規律と秩序に重みを置くアカデミーでは、オシャレ眼鏡は禁止されている。ではなぜルキウスはつけているのか。
決して、不良だからではない。
とある事情から伊達メガネを許可されているのだ。
「お褒めの言葉恐縮です」
先ほどの絶対零度な男子生徒はどこへやら、ふわりと顔を綻ばせたルキウスに目撃した周りが色めき立つ。
「食堂に行くわ。もうお腹ぺこぺこ」
「はい、レティシア様」
人目があるために従者モードなルキウスが「お供します」と応じる。
「彼女たちはいいの?」
念の為に聞く。
「? 誰のことですか?」
「そう」
ルキウスが訳がわからないという顔をするので、ならいいかと先ほど懸命にルキウスへ話しかけていた三人組のお姉様方に断りを入れてその場を後にしようとした。
「え、ちょっと!」
「先に誘ったのは私たちでしてよ!」
が、行手を阻むように前へ進み出てこられてしまったので、面倒ごとの予感にため息をついてしまう。
紺の制服なので、ルキウスと中等部だ。
(全く――)
人目を引く従者を持つと大変である。
(お腹空いてるのに)
さて、どうしてくれようか。




