00 捨て台詞。
第二部よろしくお願い致します _ _))
リマヴェーラ神殿のカリヨンの軽やかな鐘の音が午後三時を知らせる。
「レティシアァアアアアアアアアア!」
カリヨンとは別に、まるでこの世の終わりのような声が駆け巡るのは領地で最も立派なお屋敷である。
よく通るこの声はしばしば聞こえてくるものなので、もはや誰も気にも留めない。
「どういうことだ!」
少女の部屋へ彼女の父親が突入した。
「あら、お父様」
「父様は聞いてないぞ!!!!!」
父親の言葉には『何についてか』が抜けていたが、少女には『聞いてない』が何を指しているかしっかりと伝わっていた。
「だって話していないですもの」
「い、いつからそんな子になったんだぁああああ」
「お母様には許可を貰いました」
「父様は??」
「当主様のそのご様子がレティシア様の答えですよ」
口を挟んだのは、少女の専属従者である。
「なっ!」
従者特製ミルクティーで一息ついた少女は、気を抜けばすぐに喧嘩を始める二人の間に慣れた様子で仲裁に入る。
「ルカ、よしなさい。お父様、ご報告が遅れましたことは誠に申し訳ありません。ですが……私の一大決心、どうか応援していただけませんか?」
しおらしく頭を下げることで、見事に父親の意識を従者から自分へと逸らすことに成功する。
彼らの仲の悪さは、年単位となかなか年季の入ったものなので、少女はもはや修復は諦めていた。そのため、少女の対応が慣れたものなのも当たり前である。
「――本気なのだな」
「はい」
「なら反対など、父様はしないよ。だが、母様はお前の口から聞いたのに……」
「そういうところですよ」
「なっ」
「ルカ!」
了承はするが納得はしていない。と、自分だけ事後報告だったことに口を窄めて不服を申し立てた父親にやはり食ってかかるのは従者だった。
「失礼致します。お嬢様、フラゴーラのメリッサ様がお越しになられました――ご当主様、此方においででしたか」
ヒートアップしかけていたところにタイミングよろしく侍女が来たことで、チリチリと散っていた火花が鎮火したことに少女はホッと息をついた。
「あぁ、もう戻るところだ」
不思議そうに父親を見遣った次女の反応も無理はない。
なぜならこの男、山積みな仕事に追われる毎日を過ごしているので、本来はこんなところで油を売る暇などないのだ。
「よかったです。先ほど、クライス様とすれ違いまして『部屋に戻ったら、アルフレド様がいなかった!』って、大騒ぎを――」
「すぐ戻る!」
侍女の言葉が終わらぬうちに風のように扉まで移動した父親が、ぴたりと直前に足を止めて後ろを振り返る。その視線の先は、少女でも、重要な話を流してくれた侍女でもない。憎らしい天敵である愛娘の従者だった。
「覚えておけよ!」
よく小説や舞台劇で目や耳にする『捨て台詞』を吐いた父親が急足で部屋を後にした。
「あのセリフ、リアルで言う人いるんですね……」
少し引き気味にそう零すのは、もうかの人物の姿が見えなくなった長い廊下を唖然と見ている少女のお調子者の侍女だ。
「初めて見ました」
侍女のその言葉に少女も完全同意の気持ちだった。
主人公たちの見せ場を作るための土台として用いられる『捨て台詞』は、物語の展開上、この言葉を口にする人間の最後を決めてしまうようなもの同然で――。
「負け確だね」
「あ、ルーくん。私あえて言わなかったのにー」
「こら、二人とも」
主人のそばに常に控える従者と侍女は本好きの少女の影響でよく本を読む。
小説を回し読んでいる彼らだが、本に登場する悪役は決まって捨て台詞を吐き捨てて『ざまぁ』という展開に堕とされていた。
「勝った」
『捨て台詞』を吐かれ、そう呟いた従者の顔を、少女は見ることができなかった。




