番外編 僕の女神さま 後編。
「おい、グズグズするな!」
背中を手杖の先で突かれる。
バランスを崩して、鈍い音と共にその場に倒れ込んだ。
咄嗟に手を着いたが、手枷が邪魔をして腕があらぬ方向に曲がった気がする。
「全く、これだから無能者は困る。気晴らしには持ってこいだが、他の事ではてんで役に立たない」
人身売買にて売られてからゆうに五年と七ヶ月が経過した。
今はその五年と七ヶ月前にご主人様となった宝石商の付き人兼玩具役を担っていた。意味合い的には、後者の玩具としての役目の方が大きい。要は憂さ晴らし要員だ。
人権がないため死なない程度にしか取らせて貰えない食事のせいで、十四歳にはとてもじゃないが見えない身体つきはなんとも他者から見れば、みっともない事この上ないだろう。
力任せに立たされ、荷物を渡されるも先程捻った腕は痛みに耐えきれず物を落としてしまう。
箱の中身は溢れんばかりの宝石だった。
どおりで重いわけだ。
「おい! 馬鹿め! 商品だぞ!? 何落としてやがる!!!!!」
まずい。そう思った時には、また杖先が向かってきていた。
今度は顔に。
避けきれず顳かみに直撃する。
――ねぇ、あれまずくない?
打たれた場所がぐわっぐわっと熱を持つように脈打っているように感じた。
あまりの現場に子供を痛め付ける様子に通報しようとざわつき初める。
――ひっ
――髪だけならまだしも、瞳までって
――うわ、まじか
しかし、空気が一変する。
外の世界に出て初めて、どうやら自分の黒目が嫌煙されるものらしいことを知った。
買われてから『お前の黒の目は不快だ』と着用が義務付けられていた面布が今の衝撃で外れてしまい、その黒目が晒されてしまったのだ。
「あぁ?? なんだ? ご主人様に文句があるってか? 反抗的な目ぇしやがって」
理不尽にも怒り狂う主人の声が遠く、噴水の流れる音がやけに大きく耳に届き、意識が暗転する前兆なのだと経験が信号を送る。
「よしよしわかった。そんなに欲しいなら、この場で躾してやらァ!」
いつもの火あぶりの時間がやって来る。
静かにその時を待つように目を瞑った。
(眠って、起きれば、終わってる)
意識は暗転し――
「そこの者、何をしておる」
――なかった。
「はい?」
まだ女神と言うにはまだ幼い、しかし凛とした女の子の声が耳に届いたからだ。
「何をしていると、訊いているのです」
「……貴族のご令嬢とお見受けしますが、何故あなた様に答える必要が?」
宝石商の背後には、声の主と思われる小さな少女が立っていた。
少し淡さがある赤色の髪がふわふわと靡き、金の目が真っ直ぐとこちらを見ていた。
「答えなさい」
「はぁ……なんですかもう。――教育ですよ、きょ・う・い・く! こいつは私の従僕なんでね? 答えたんだから、もういいでしょう? これは見世物じゃないんでね」
「教育? 教育ですって??」
自分なんか放っておいておけば良かったのに。何故、薄汚い奴隷身分の人間に情けをかけようとするのか。
(この子が傷つけられたら……)
大男に凄まれても怯む様子のない少女に胸が苦しくなる。
そんな自分思いとは裏腹に、人の黒い部分を持ち合わせない純新無垢な少女は宝石商に怯む様子を見せなかった。
「 “教育” とは、言葉で、行動で、正しい道へ教えみちびくことを指します」
その後、両者一歩も引かぬ言葉の応戦が続き、周囲の宝石商を見る目に変化が訪れ始めた。なんというか、憐れみを含んでいるような視線だった。
だが、宝石商は少女とのヒートアップした討論(?)に夢中でそれに一向に気が付かない。
「――なっ!」
そして、とうとう宝石商が手を出した。
この男は炎の祝福持ちだった。しかも割と強力な加護という点が厄介だった。
「だ、ダメ……」
火柱が少女に向かって勢いよく向かっていく。
手を伸ばそうにも、ピクリとも体が動かない。
仕方ないと言えばそうだが、悔しかった。
しかしその火が少女に届くことは無かった。
「おい、俺の主に何しやがる」
拳ひとつで火柱を受け止めたのは歳若い男だった。
『俺の主』ということはこの女の子の従僕かなにかなのだろうか。
自分のような身分もないも同然な人間にも手を差し伸べる心優しいこの子に仕えることができるなんて、なんと幸運な権利をこの青年は持っているのか。
(羨ましい……)
青年は頭に青筋を立てていた。よく見れば帯刀しており、この青年が女の子の護衛なのだと気がついた。
「ひ、ひいぃぃいい」
風圧で吹っ飛ばされた主人は地面に転げると、女の子の護衛に恐れ成したのか、なんとそのまま失禁していた。
「レティシア様――」
目先で話し込む少女とその護衛の会話が聞こえ難いことに、血が頭から絶え間なく現在進行形で流れ出ていることを今更ながら思い出す。
「ねぇ、貴方」
主人と少女の間に、さり気なく壁を作るようにして体を移動させた護衛に感心しながら声を掛けてくれた女の子に目を向ける。
「おいで」
柔らかい微笑みはまるで春の花のように優しいものだった。
「私と共に来なさい」
このときを一生忘れないだろう。
この世にこんなにも心を奪われる存在がいることに、心臓が止まりかけたから。
(本当にいたんだ)
この国には女神という尊い存在がいるらしい。
信じたことなどただの1度もなかったが、ルキウスは確信した。
(めがみ、さま……)
女神は存在したのだと。
この少女こそ、自分の女神だ、と。
もう死んでもいいなんて思っていると、今度こそ本当に意識が遠のいた。
第二部一章は6/21 スタートです。
どうぞよろしくお願いいたします _ _))




