68 違う未来への第一歩。
「あっ、おかえりなさいませ!」
朝食を済ませ部屋に戻ると、扉の前ではリア、ミア、トーリ、ノーランが勢揃いしていた。
ソワソワとする四人を部屋の中に招き、ルキウスにティーセットを用意してもらう。
「あの、で、どうでした!?」
まてないっ! と、前のめりで聞いてきたノーランがトーリに頭を叩かれる。
早速、結果を教えてやらねばならない。
「ルキウス」
ちょうど準備を終えた当事者を呼びつけ、本人の口から報告してもらうことにする。まぁティータイムの用意をしている時点でご察しの通りなところではあるが。
良い報告しか受け付けないとでも言うような同僚たちに気圧されながらも、ルキウスは彼らに力強く頷いてみせた。
「無事に権利を勝ち取りました」
レティシアの横で姿勢を正したルキウスは澱みなく答える。
その言葉に彼らは自分の事のように目を輝かせた。
「「ルーくん、おめでとう~!」」
「ルキウスおめでとう」
「ルーク! やったな!」
「……どうも」
祝福の言葉に反応が今一つ薄いルキウスだが、彼の耳が赤く染っていることが全てを物語っていた。
「あっ、じゃあもう早速今日からなのよね!?」
「レティシア様、まさか私たちって用済み――だったりしないですよね……?」
完璧人間ルキウスが採用されたことで自分たちの所属が移動になるかもと不安に思ったのだろう侍女二人が顔を青ざめさせる。
そんなリアとミアにレティシアは緩く首を横に振った。
彼女たちにはこれからも末永く傍にいてもらわなければならない。
「これからもよろしくね」
「「はい~!」」
――コンコン。
「失礼致します。レティシア様、リアとミアを少々お借りしてもよろしいでしょうか」
我がプリマヴェール侯爵家の使用人総数は、屋敷の規模の割に人員が少々少なめだ。厳選しているとどうしても新たな使用人を雇うことが出来ないでいた。そのため、専属侍女といえど、このように急な出動要請が出たりする。
「あら、ロージー。そうねぇ……。今はルキウスがいるし、いいわよ。――リア、ミア、行ってきなさい」
「「はい、レティシア様」」
突発的な呼び出しに関して、これまでならリアとミアどちらかがレティシアの傍に残っていたが、ルキウスが正式な従者となった今はこんな事も可能なのかと一人感心する。
「レティシア様……ちなみに俺たちって――」
えらく沈んだ声を出したのはトーリだった。その横ではノーランもなにかに気がついた様子で青ざめている。
「どうしたの」
「その……」
二人のその表情はルキウスの採用を知った時とは天と地の差があった。
「解雇です?」
「ルークの雇用形態って従者兼護衛……」
そういえば、彼らは武闘会でルキウスに負かされていた。
ローザ騎士団で行われる下剋上で言えば、負けると即降格な超実力主義的パワーバランスを保っている為、武闘会二そのルールが適応されるのではと危惧するトーリとノーランのこの反応も無理はない。
そして、こればかりはレティシアの采配ではどうにもならない。
「んんと」
回帰前を思い出してみる。
ルキウスが自分の従者になる頃(つまり、今から二年後)、トーリはアシェルに付いていた。ノーランに関しては体術を得意とするルキウスとは分野が被っていなかったため、レティシアの護衛続投とされたが、果たして――。
(今回はどうなるのかしら?)
多分、父からトーリとノーランが所属するローザ騎士団の団長アーロンへ話が行っているだろう。
「アーロンにきいてみるのがいちばん早いかもね」
レティシアは丸投げすることにした。
「ちょっと訊いてきます!」
「あ、おれも行ってきます!」
侍女に続き護衛までもが出て行ってしまい、図らずしてルキウスと二人きりになった。
蒸らし終えた紅茶がカップへ注がれるのを無言で眺める。
そこへミルクが投入されれば、回帰前から変わらぬ味が保証されたルキウスのミルクティーの完成だ。
「美味しい」
「それは良かった」
ミルクティーによって温められたからか、途端に睡魔がやってくる。幼い体に齢二十の脳みそは少々負荷がかかりすぎるのだ。そんな中、昨日今日とずっと気を張っていたのだから仕方ないのだろう。
ウトウトと船を漕ぐレティシアに影がかかる。
次の瞬間、意識が覚醒した。
「!?」
レティシアの前方で正座したルキウスが、なんの脈絡もなく腰へ抱きついたのだ。
「ど、どうしたの」
と言いながらも、腿に突っ伏したまま微動だにしないルキウスの奇怪なその行動には思い当たる節があった。
回帰前の後悔のひとつでもある、あれだ。
思い出すのは回帰前の最後に別れた日。本来なら何事もなくパーティーから帰宅したレティシアはルキウスの頭を撫でてやるはずだったのだが、とうとう約束を果たすことはなかった。
「頭……撫でて欲しい」
予想通りの返答にそれ以上は何も訊かず、私の太腿の上で広がった柔らかな黒髪を丁寧に丁寧に梳き解す。
(そうだ、こんなだった……)
手から伝わるその感触に心がじんわりと温かくなった。
「辛かった」
「ん?」
ルキウスが腿から顔を上げずにそのまま話し始めた。
くぐもったその声にレティシアは耳を傾ける。
「君がいなくなって、見つけたと思ったら遠くて、近づくことができなくて――胸が苦しかった……」
髪を撫でる手は止めない。
ルキウスの訥々と落とす言葉に静かに聞き入る。
「やっと、やっと戻ってきた」
「ルカ……」
不意に上げたルキウスは涙を溜めていた。
「――レティ」
不安と安堵が入り交じったような表情でレティシアを呼ぶ。
「レティシア様!」
ノックもなしに突然開かれた扉に思わずルキウスを吹っ飛ばした。
なんせ頭なでなでは、回帰前でも二人きりの時にしかしていなかったから。
「いっ」
ローテーブルで頭をぶつけたルキウスがテーブルとレティシアの間の隙間で蹲り悶絶している。
本当に申し訳ない。
「晩餐会が開かれるみたいです――て、あれ?」
「ルーくん、どうしました?」
挙動不審な主とその足元で悶えるルキウスに、侍女二人が怪訝な表情をする。
「っいいえ、なんでも! というか、ばんさん会って……」
「ルーくんがプリマヴェール侯爵家の使用人に加わるのは、私たちお仕えする者一同の悲願でしたから! 思いを汲み取ってくださったエストレラ様が晩餐会をご提案なさってくれたんです!」
「なんでも、少し前行われた小規模な晩餐会とは違い、今回は私たち使用人や騎士たちも参加して良いと、無礼講だとエストレラ様からのお達しがありまして! 準備が出来次第始めるみたいです!」
「場所は中庭です!」
「もうするの?」
「もうちょっとです!」
「みんな続々と集まってます!」
「どっちよ」
「待ってますね!」と飛び跳ねながら来た道を戻るリアとミアに思わず笑みがこぼれる。
(中庭で行う立食パーティかぁ)
使用人も参加可能なカジュアルな食事会とは、両親も考えたものだ。
「えっと……ルカ、大丈夫?」
また誰もいなくなった部屋で未だ蹲った状態で微動打にしなくなっていたルキウスを恐る恐る突く。
「大丈夫じゃない」
「そうよねぇ」
「……晩餐会が終わったあと、もう一回時間取ってくれたら治るかも」
頬を膨らませて中断された時間の延長を強請る彼に思わず頬が緩む。
「時間はなるべく捻出するわ」
「ぜったい」
二年も早まったルキウスとの出会い。
一時はどうなる事かと思ったが、全ては収まるところに収まった。
そして、まだ誰一人欠けることなく今を生きている。
タイムリミットまで残り十三年。
まだ十三年、されど十三年だ。
「分かった、絶対ね」
これはまだ未来を変えるために踏み出した一歩に過ぎない。
「――それじゃあ、ルカ。行きましょうか」
ルキウスが差し出した手を取りソファから腰をあげる。
「仰せのままに、レティ」
再会を果たしたふたりは、二人きりの時間を惜しむようにゆっくり会場へと向かった。




