67 ようやっと。
ルキウスの試験が終わった今宵の夕食はひと味違う。
豪奢な晩餐会が開かれた。
「では。――此度、我が侯爵家の過大な依頼に快く応じてくださったカーター女史を称えて」
『特別審査官』を引き受けてくれたマリネット・カーター。
爵位に比例して祝福の強度は弱まる中、男爵家出身ながらに水の適応力が高く、アテナ妃がご健在だった頃には王妃宮で侍女長を勤め上げたエリート中のエリートだった。名は伏せるが、レティシアのガヴァネスをしていた女性とも一線を画すほどに。
そして遡りアカデミー在学時、美貌と出身から遠巻きにされていた母エストレラに対して、四柱以外の子息子女で唯一壁を感じさせぬ態度で接した稀有な方でもある。
以来、身分を超えた友情は末永く継続されており此度快く引き受けてくれる手はずとなったそうな。
「これはどうもご丁寧に――」
それが今日、新たに手に入れたマリネットの略歴だ。
母にそんな友人がいたなんて。
この調子でいくと、家族のことで見逃している事がまだまだありそうだ。
「ありがとう存じます」
現在、マリネットの身分は男爵家令嬢でもなければ王妃宮侍女長でもない、王族相談役という特別枠に当てはまっている。
国王直々の任命ということもあり、四柱にも引けを取らない重役ポジションと言ったところか。
「うちの者の腕は王家お抱えのシェフにも劣らない。ぜひ堪能してくれ」
一見、和やかな時間が過ぎているように思わないこともないが、マリネットがさり気なくこちらを注視しているのが窺える。もっと言えば、自分の後ろに控えるルキウスを。
最初の着席時からずっとだ。
(まだまだ気は抜けないわね……)
レティシアは気付かれぬようにそっと息を吐いた。
◇◇◆◇◇
「そちらの彼――ルキウスの合否についてですが」
そしてドルチェを食べ終えた時、マリネットが切り出した。
「レティシア様には明日の朝、お伝えさせていただきますね」
口をそっと拭いたナプキンを流れる動作で使用人に渡したマリネットがレティシアに笑顔を向ける。
レティシアは直ぐに察した。
「かしこまりました。では、私はしゅうしんの時間が近いので、一足先にたいしゅつさせていただきます」
きっと、この後の食後酒の時間に検討会を始めるのだろう。
ここからは大人の時間というわけだ。
「みなさま良いよるを」
「おやすみ、レティシア」
食堂を出て扉を閉める最後の最後までルキウスが粗相をすることはなかった。
二人になった帰り道、私はようやっと胸を撫で下ろしルキウスに一言声をかける。
「お疲れ様、ルカ」
その言葉にルキウスが相好を崩した。
「ありがとう、レティ」
恙無く試験第二部を終えたとは思っているが、まだ安心はできない。
『合格』と伝えられた時、はじめて喜びを噛み締めることができるだろう。
「レティシア様、応接間へお越しくださいますよう、アルフレド様より仰せつかっております」
執事長ヘンドリックスがレティシアの部屋を訪ねて来たのは、朝を過ぎ、昼を過ぎ、日が暮れ始めた夕方頃だった。
父の言伝について詳細は省かれてしまったが、想像は容易に着く。
「分かったわ。ルキウス、行きましょうか」
「はい、レティシア様」
どう考えても考えなくとも、ルキウスの試験結果だろう。
昨日の夜からこの時間帯ということは、大人たちで行われた採否決定会議はなかなかに難航したようだ。
すんなり【合格】の判が押されると心のどこかで考えていたので、その事は少々意外に思う。
(まさか、落ちていたり……)
いやまさか。と頭から嫌な想像を消し去る。
うんうん唸りながら歩いていると、目的地にはすぐに到着した。深呼吸した後、ルキウスに目配せをする。
彼に扉を開けてもらいいざ入室した。
「お待たせしてもうしわけございません」
応接間でレティシアを待っていたのは第二部の説明がなされた時と同じ顔ぶれだった。
「大丈夫よ、レティシア」
マリネットがいることが余程嬉しいらしい母は、今日も今日とてぽわぽわと周囲にお花を飛ばしている。
「こちらこそ、急に呼び出してしまって申し訳ないわ。レティシア様」
母が纏う雰囲気が暖かな春の陽気なら、マリネットは夏の全てを照らすように輝く陽射しだろう。だからと言って、エスターティアのような暑苦しさがある訳では無い。
マリネットの柔らかく微笑んだ笑みが、母と同じ雰囲気を漂わせているからだろうか? なんて思う。
「いえ、だいじょうぶです」
「始めてくれ」という父の言葉に席を立ったのはマリネットだった。
「昨日行われました、プリマヴェール侯爵令嬢付き護衛従者昇格試験の合否について、僭越ながら私特別審査官マリネット・カーターよりレティシア様へご報告させて頂きます」
マリネットはレタートレイで運ばれてきた丸められた羊皮紙のリボンを丁寧に解した。
「厳正なる選考の結果、試験者ルキウスは――」
マリネットが一度言葉を切り息を整える。
その動作がやけにゆっくりと見えた。
「及第と認める」
無意識に止めていた息を吐き出すと同時に、肩から力が抜ける。
「王妃宮に務めていた私から見ても、少年は十分その基準を満たしていると判断できるものでした。食事の席や日中の活動時間中、細かな気配りも礼儀作法は王宮でも通用するレベルでしょう」
王妃宮で侍女長を務めあげたマリネットからお墨付きを貰えるとは、これほど心強いことはない。
「しかし、それは私だけの見解ではありません。最終的な決断はやはりこの家の方々が担うべきですからね。私は第三者目線で客観的な意見を述べさせていただいただけです」
そう続けたマリネットは父アルフレドに目配せをする。
父は短く息を吐いた。
「我が一族に付く側仕えとしていちばん重要なのは、いかに主人を理解しているかだ。ルキウスはそれをしっかり分かっていた」
あの『当てられなかったら――(以下略)』にも多少は意味があったらしい。
「落とす理由を見つけられなかったっ!!!!」
父が悔しげにダンっとテーブルを叩く。審議が長引いたのは、十中八九この人がごねたのだろうなとレティシアは思った。
「ルキウス」
父は鋭い視線をルキウスに向けた。
しかし、そこには以前のようなまるで天敵を見る棘はなかった。
ルキウスが表情を引き締める。
「お前がレティシアの従者として籍を置くこと、ここに宣言する」
「私も異論ありません。ルキウス、今まで良く頑張りましたね」
両親が示す言葉の意味は――。
「お父さま、お母さま――」
「ただし、俺はいつでも見てるからな」
父がルキウスに脅しをかける。
冗談ではないのだろう。
父がルキウスのことに関して発する言葉はいつも本気だ。回帰してから嫌という程痛感した。
「誠心誠意、仕えさせて頂きます」
ルキウスがする礼はやはり見惚れるほど美しい。回帰前のルキウスも従者として素晴らしい能力を発揮していたが、回帰してより磨きがかかったようだった。
「レティシア様。宜しくお願い申し上げます」
レティシアに向き直ったルキウスの宝石みたく美しい瞳に捕らえられる。
他のことなどどうでも良いと言うような瞳だった。
「ぐぬぅうっ」
いつぞやの再現のように跪いたルキウスに、父が必死に何かを堪えるような声を出す。
今回は「離れろ」とは言わなかった。
「お父さま」
きっと、初めから落第させるつもりなど無かったのだろう。
(私には分かる)
レティシアは深々と頭を下げた。
「お母さま」
父や母、そしてみなの温かさに。
「ありがとうございます」
感謝を込めて。




