64 機は熟した。
sideレティシアに戻ります
「えっと、これは何?」
レティシアは非常に困っていた。
「リゾットですよ。時間も時間だったので、料理長にお腹に優しいものを用意してもらいました」
「いや、うん。そうじゃなくてね?」
ルキウスから長くて短い回帰前の未来の話を聞いてから、かれこれ一ヶ月が経とうとしている。
「自分で食べれるから、スプーン返してくれないかしら?」
すっかり自分への執着を隠さなくなったルキウスに毎朝こうしてせっせと口へ料理を運ばれるのが日課となっていた。
「ほら、熱いですから、気をつけて」
レティシアの言葉なんて聞いちゃいやしない。
息を吹きかけて熱気を冷まし、甲斐甲斐しく世話を焼こうとする。
病人でもなんでもないのだが??
「レティシア様。諦めて食べましょう」
「リアの言う通りです。ルーくんは引きませんよ」
そうは言うが、見てくれは七歳の幼女だが中身は二十歳の淑女だ。
回帰者なのだと答え合わせをした今、今更ながらだがルキウスに対して七歳になりきることへの羞恥心が芽生え始めていた。ルキウスはそんな考えを間違いなく読み取っているのに、平然と、シレッと、無視して、私利私欲に走っているのだからタチが悪い。
「はい、あーん。――お味はどうですか」
先輩侍女の援護にルキウスは嬉々として便乗した。
どうやら今朝も自分が折れるしか道はないようだ。
「……いつもどうり、おいしいわ。とっても」
にっこりと口を弧にして鷹揚に頷いてみせる。
「『美味しい』いただきました! 私、料理長に伝えてきまーす!」
口の中はルキウスによって適度に冷まされたリゾットのほのかな甘みが広がっているはずだ。
ルキウスのせいで、味なんて分かりゃしない。
「お嬢~。準備の程は――まーたやってんですか」
厨房へ向かうのであろうミアと入れ違いに部屋へ顔を出したのはノーランだった。
「自分で食べれるのに、ルカがスプーンを私に渡してくれないのよ」
呆れたように視線を寄越す護衛にレティシアは口を尖らせて見せる。
「あ、俺は全面的にルークの味方なんで」
「私、まだ何も言っていないけど?」
今世でもルキウス大好き人間な彼は、ぴしりと腕をのばし手のひらを此方に向けて「NO」の意思表示をした。
不敬罪にしてやろうか、このやろう。
「ちょっと」
「お嬢が大人になってあげて下さい」
「何でよ」
最後の一口を食べ終えると、それを合図に部屋への使用人の出入りが激しくなる。
みな廊下で待機していたようだった。
というか、ノーランが扉を開けたタイミングで部屋を覗こうと押合い圧し合いをしている使用人たちが見えていた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはようみんな、待たせたわね」
他にも仕事は山積みだろうに何だか申し訳ない。
「ルキウスくんもおはよー」
「おはよう」
「毎朝充実してそうね?」
「うん。頬を染めながらも、僕の我儘に付き合ってくれるんだ」
我儘の自覚があったらしい。
「本人ここにいるのわすれてない??」
「とっても愛しいんだ」
「~~ッ!?」
遠巻きに観察するに留めていた者も含めて、メイドや家従は今やこのようにルキウスを完全に同僚として受け入れ、軽口を交わすまでになっていた。
レティシア以外の人間との間に作っていた壁が取り払われたことが大きいだろう。
「きゃ~~っ!! 素敵! 熱烈ね~!」
「お~っと、雑談はそこまでだ。これ以上ここでその話をすると、お嬢が茹だっちまう。ささ、散った散った!」
「も~、ノーラン。少しぐらい――あっ確かにそうね! ルキウスくん、またあとで聞かせてねー!」
何とか終わった恋バナ(?)に手で顔に風を送り熱を冷ましていると、続けてノーランから声が掛かった。
「じゃあ、こいつのこと借りますね」
「えぇ、おねがいね」
「レティシア様、では後ほど」
ルキウスは流れる様にレティシアの指先に口づける。
「また後でね、ルカ」
周りの黄色い声にハッとする。
ルキウスが行うスキンシップに抵抗がなくなりつつある。
慣れって怖い。
百歩譲って『あーん』はアリだとしよう。(介抱とかの意味合いで、なくもないはず多分。たぶん……)
だが、キスは――キスは、従者はしないだろう?!
それをするのは騎士だろう!
「レティシア、お待たせいたしました。準備が整いました」
「そう、ありがとう。じゃあ、いきましょうか」
レティシアもルキウスも、その他大勢についてもいつも通りのあまり緊張感に欠けるが、今日はとても大事な日なのだ。
ーーーーーーー
「おはよう、レティシア」
「おはようございます。お父さま、お母さま」
「こちらにおいでなさい」
先に着席していた両親の間に招かれる。
そこは演習場を見渡すことの出来る特等席だった。
演習場には屈強な我がローザ騎士団の精鋭たちの姿がある。
「あ、お嬢ー!」
うちの一人、ノーランがふと顔を上げてこちらへ両手を振った。
ノーランと共にひと足早く演舞場へ向かったはずのルキウスの姿が見えない。
一体どこへ。
「公爵様、公爵夫人」
腰を少し浮かせて姿を探していると、背後から探し人の声が聞こえた。
「此度は私めにこのような機会を設けていただきまして、誠にありがとうございます」
タキシードから騎士服に着替えたルキウスがレティシアたちの前へ進み出る。
ルキウスの為だけに作られた特注タキシードも良いが、やはりローザ騎士団の制服もすごく似合っていた。
「あの日から一ヶ月。レティシアの正式な従者となるには、体術剣術共に秀でていなければならない。言っておくが、私はお前を落とす為にこの場を設けたからな」
父のその言葉で、現場にやっとピリピリとした緊張感が漂い出した。
そう、本来はこうでなくてはならないのだ。
「ご期待に添えるよう、最善を尽くします」
今日はルキウスがレティシア付き(仮)になってから一ヶ月という、父が定めた区切りの日。
ルキウスは午前中にローザ騎士団との手合わせで護衛としての力量を、午後には従者としての知識作法、対人スキル、細部に至る観察眼を試されることになる。
「レティシア様、どうか激励のお言葉を未来の貴女の従者へ頂戴願えますか」
「み、未来のだと!?」
確定事項だと断言したルキウスに父が肩をふるふると震わせる。
(わざと?! わざとなんでしょう?!)
直前に煽るんじゃあない。とレティシアの心うちはヒヤヒヤとした。
「なっ! おい、お触りは禁止――」
レティシアの前へ跪いたルキウスの希う姿は回帰前の彼を彷彿とさせた。
「アルフレド! しっ!」
ルキウスの行動にいつにも増して敏感な父だが、即座に母が一言で制す。
食い入るような熱い視線を真横から感じながらも、レティシアは目の前の少年に釘付けになった。
持ち上げられた手に額をつけたルキウスは微動だにしない。
「ルキウス」
「はい、レティシア様」
顔をあげたルキウスの目には微かな不安が浮かんでいた。
レティシアにしか分からないだろう、小さな小さな変化。
「――私の従者は貴方しか考えられないわ」
「ありがたきお言葉」
言葉が考えるより先に口に出た。
ほっとした顔のルキウスを見るに、思わず出た本心は彼にかける言葉として間違っていなかったのだろう。
「~~ッ! もういいか!? いいだろ?! よし、さっさと降りろ!」
耐えきれなくなった父がルキウスとの間に手を割り込ませる。無意識に距離が近くなっていたようだ。
「蹴散らしてきます」
「ほ、ほどほどにね……?」
物騒な言葉を残して演習場へ降り立ったルキウスに今更ながら不安感が募る。
思い出されるのは、ルキウスがこの演習場を破壊した時のこと。
今となってはもはや懐かしい出来事だ。
「大丈夫かしら……」
大きな怪我もなく終われば御の字。
(――主に、ローザ騎士団の精鋭たち)




