◇63 独白 ー未来への宣言。
「おい、お前。何が望みだ」
ルキウスを見下ろすアルフレドの視線は実に厳しいものだ。警戒の種類が、侵入者を見る目とはまた別の鋭さを放っている気がした。
「レティシア――様に会わせて下さい」
危なかった。
癖で呼び捨てにするところだった。
「却下だ」
即答だった。
まぁ、想定内ではある。
「ローザの騎士たちを再起不能にできるほどの侵入者を最愛の娘に会わせるバカが何処にいる」
そう言って首で示すのは屍と化したローザの騎士たち。
アルフレドの回答は至極真っ当だと言えよう。
この調子だと、良くてレティシアと会わずしてつまみ出され、悪ければ首を跳ねられるだろう。
ルキウスは頭をかつてない程にフル回転を試みる。
「雑用係でいい。ここに置いてください」
「……生憎、素性の知れない餓鬼を雇うほど使用人には困ってない。――アーロン、こいつをルチア孤児院に送れ。この様子だと親は居ないだろう」
「畏まりました」
最悪の事態は免れたが、これではまずい。
「待て!」
プリマヴェール領地内と言えど、端の端に建てられたルチア孤児院なんかに放り込まれれば、苦労してここまで来たのが水の泡だ。
「レティシアは僕を望む」
ルキウスは博打に出た。
もう興味はないと踵を返したアルフレドに爆弾を投下する。
「……今なんと言った? 少年」
「どういうことか分かっているはずです」
ローザの騎士が把握している黒髪についての情報を当主であるアルフレドが知らぬはずがない。
アーロンの拘束が緩んだ隙をつき立ち上がるも、体力も気力も既のところで持ち堪えているため直ぐに動きを封じられる。
というか、先程よりも悪化した。
地面にめり込んでいる。
「ぅぐっ」
反発しようと体に力を込めるも、大人に上から押さえ付けられていては子どもの自分ではそれはほぼ意味をなさない。
諦め脱力したルキウスと、無言の圧力をかけてくるアルフレド。
二人の間に風が吹いた。
その風が運んできた馴染み深い香り。
ルキウスは無意識的にその香りを追った。
「ルキウス……」
いちばん古い記憶よりも幼い想い人が目に涙を貯めてそこにはいた。
しかしその姿はすぐに彼女の後を追ってきた騎士に隠される。
「あれはレティシア様には良くないです!!」
「だいじょうぶよ」
「い、いえ! いいえッ、だいじょばないです!!
もう一度姿を見たくてそちらを凝視した。
「――もう一度、言ってみろ」
怒りを何とか抑えているそんな声が降ってきた。しかし、この禍々しい気を纏ったアルフレドにも今なら勝てそうな気がした。
今、ルキウスの頭を占めるのは可憐な少女の姿だけだった。
「あなたの娘は僕を待ってる」
その言葉に、とうとう激昂したアルフレドがそばに控えていたカイオンのソードを鞘から抜いた。
「アルフレド様!」
ルキウスを拘束していたアーロンだったが、思わぬ事態にアルフレドを宥める側に周った。
アルフレドの額にはうっすらと青筋が浮かんでいた。
火に油を注ぐことを承知で吐いた言葉なので、アルフレドの様子に驚きは感じない。
自由になり体勢を立て直すも、喉に剣を突き付けられる。
(これ以上は今はダメかな)
撤退を考え始めた時、先ほどルキウスの元に届いた香りを間近に感じた。
「レティシア、待っていなさいと。呼ぶまで来てはならないと、言っていただろう?」
「ごめんなさい」
「そこを退きなさい」
「イヤです」
「「…………」」
僕を背に庇うレティシアはあの日の彼女を彷彿とさせる。
そして、僕の体が考えるよりも先に動いた。
目の前にひらりと小さく揺れたドレスの裾をクイッと引けば、レティシアがふわりとこちらを見下ろす。
(あぁ……)
記憶の中の彼女と何ら変わりのない芯の強さが輝く瞳にルキウスはまた魅せられた。
「僕を拾ってくれませんか?」
自然と言葉が口を出てしまった。
「待て」はできなかった。
驚いたように目を見開くレティシアに再度問いかける。
「僕じゃ……だめ、ですか?」
そして、そのままに流れるようにドレスの裾へと口付ける。
(他の人間が何だ)
ルキウスにはもう周りはいないも同然だった。
そんなの知ったこっちゃない。
「お、お父さま。ル――この子、まだ幼いのにもんをとっぱして、ここまで来たのでしょう? このまま元いたばしょに帰してしまって、きょういとなるより、こうしゃくけでそだてた方がゆうえきではないですか?」
動揺したのか、ギギキギと錆びた音が聞こえそうな動作でゆっくりと父親へ向き直ったレティシアを静かに眺める。
(かわいい……)
本来なら、知りえない時代のレティシアを目に焼けつけた。
もしかしたら、明日には命がないかもしれないのだ。
冗談抜きで。
「わかった!」
切羽詰まったような慌てた声に酔いしれていた意識が戻ってきた。
「だが、お前の傍だけは絶っっっ対ダメだ。アーロン! こいつのことはお前に全て任せる。当主の私に楯突くくらいだ、見込みはあるだろう。徹底的にしごけ」
「拝命されました」
レティシアに見惚れている間に決着が着いてしまったのか、話が終わったようだった。
ひと仕事したと汗を拭うような仕草をするレティシアが愛おしい。
(可愛い……)
バチりと目が合ったので、すかさず自己紹介を挟んだ。
「初めまして、僕のお姫様。名前は――ルキウスといいます。歳は十二だ。覚えておいて下さいね」
「レティシア・ロザートよ」
「――ッ!」
僕だよ! 声を大きくして、そう言いたかった。
しかし、以前皮一枚で繋がった機会である。
喉まで出かかった言葉をルキウスは飲み込んだ。
ここは今一度作戦を立て直すべきだと脳内にいる小さき理性が警鐘を鳴らしている。
「いずれ必ず貴女に侍るから、それまで待っていてください」
だから、今できる最大の愛を囁いた。
やはり、彼女の心に残るにはインパクトは大事だ。
「わぁ」
主と騎士の誓いである指先への接吻を無事に完了させれば、目を白黒させるレティシアを視界に映すことができた。
(あぁ、可愛い……)
もう、ほんとに可愛い。
思わず頬が緩んだ。
回帰できてよかった。
迷わず会いに来てよかった。
(食べてしまいたい)
この時、自分のその表情に周りがざわついていたことにルキウスが気がつくことはなかった。
「却下あああああああああああ」
続く、アルフレドのこの声も言わずもがな、だ。
「レティシア様――僕の全て……」
そうして、ルキウスは目標よりも二年も早く未来の主人に再会する事を実現させた。




