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加護ナシな無能令嬢は回帰したので弁が立つ 〜再会した愛しの従者が何故か前世よりも重い愛で囲ってきます〜  作者: 黒糖あずき
第一部

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39 穏やかな時間。

 キャンバスを前にぼーっと空を眺めてレティシアは呟く。


「へいわだわ……」


 今日でルキウスが従者(仮)になり三週間が経過したところだ。

 警戒していたほど監視の目は厳しくなく、今日まで穏やかな日常が流れている。


「レティシア様、昼食の準備が整ったとのことです。もう正午を回りましたので、休憩を挟んでは如何でしょうか」

「もうそんな時間なのね。じゃあ、そうしようかしら」


 猫脚椅子に片膝を立てて座っていたノーランが大きく背を反り伸びをする。


「よっしゃ! 休憩~! なぁリア。今日の昼は何なんだ?」

「なんでノーランが疲れた感じを出してるのよ、貴方はそこに座ってただけじゃない。職務怠慢もいいところだわ。私たちはいつも通りよ、いつも通り!」

「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困る。俺は、お嬢の絵画見本(モデル)に指名されたんだからな! 動かないという大事な任務だぞ! 大役だからな!? お嬢、言いがかりにも程がありますよね!」

「えっ」


 今日の天気はどうも宜しくなかった。

 雨足が強いが為、お気に入りのお庭での風景画の制作を諦めて室内での人物画にシフトチェンジしており、今日はノーランにその役を任せていた。

 いつぞやの約束を果たすのを兼ねて。


「なぜ……何故なの!? なんの苦労もなく、何故この男はレティシア様から肖像画貰えるの!? 私とミアはトーリと死闘を繰り広げたのに!」

「いや……ただのスケッチだから、そんなたいそうなものじゃないわよ?」

「いいえ、レティシア様! 単体ですよ、単体! ノーラン一人だけの絵ッ」


 「何それずるい!」と、抗議の声をあげるリアが頬を膨らませる。その様子に、当時をレティシアは振り返った。


(確か……)


 リアたちは同じ頁に描いてしまったが故にじゃんけん大会を行っていたはずだ。

 そういえば、結局誰の手に渡ったのだろうか?

 この様子からしてリアは逃したように見えるが。


「お嬢~、もうそろそろです?」

「まだよ」

「まだかぁ――え、うわ怖い。ほんとに七歳ですか?」

「それほめてるの?」

「もちろん! 今度、個展でも開いたらどうです??」

「いやよ。私なんかのじつりょくで、そんなことできないわ」


 フラフラとキャンバスを覗きに来たノーランが驚愕の声をあげた。


「えっいやいや、お嬢。コレで恥かくなんて言ってたら、世の中の画家全員泣きますよ。ご令嬢やめても画家で食べてけます! 俺が保証する!」

「えぇ……」

「だって、お嬢。絵画の先生、三日で『私には無理ですッ』って出てったの、俺知ってますからね?」

「あー……」


 レティシアは遠い目で空虚を見た。


(そりゃ、人生二周目だからね……)


 人生一周目、歳が十になった時。

 シラバスに芸術の授業が組み込まれた。

 選択科目として、音楽・絵画・演舞が項目に加えられた。

 本来なら教育の全てを一手に引き受けるガヴァネスだが、ルイーズは絵画が壊滅的にダメだった。

 既にルキウスという支えを獲ていたレティシアは、ピアノをゴリ押しするルイーズへのささやかな抵抗として芸術の授業に絵を選んだ。

 その後、専属の先生が就任することになったのだが、残念ながらレティシアにはお世辞にも才能があるとは言えなかった。

 いうなれば、十人のうち十人が描いた絵が何かわからない、そんな状態だ。

 あ、ルキウスを除いてだが。


『いいえ、お嬢様。伸び代があるということです。知識を沢山吸収できるのですから!』


 落ち込んだレティシアを先生は優しく励ましてくれた。

 そうして、根気良く教えてくれた先生のお陰で描く絵がある程度見れる物になったのは、齢十六の迎えたデビュタントの時期だった。

 これが回帰前の話。


『私では力不足ですッ』


 教育関連もどんどん前倒しになっている今世。芸術の授業は敢えて齟齬がないようにこの授業を選んだ。回帰前の数少ないいい思い出だったので、他の選択肢は浮かばなかった。

 今回も同じ先生が就任したが、前回と違い、先生は涙ながらにそう走り去って三日で辞めてしまったのが今回の話。


『な、なんで???』


 レティシアとしては、解せなかった。


「お嬢!」


 目の前でブンブン手を振るノーランに短い回想を終えたレティシアは、意識を浮上させる。


「ん?」

「悪い方向で考えてるかもしれませんが、逆ですよ、逆! 神童ですよ。七歳にしてこれは、いい意味でヤバい」


 興奮気味な護衛騎士の言葉に、自分の描いた絵を改めてじっくりと観察してみる。


「俺何処までもお供します!」

「その頃にはルキウスくんが護衛も兼ねてレティシア様のそばにいるから、ノーランは用済みよ。ね?」

「はい、今迄お疲れ様でした」

「おい待て、ルーク! 今はまだ違ぇーぞ!」

「ついて行くのは私とミアとルキウスくんよ」

「後は任せてください」

「二人とも酷いっ」

「あ、じゃあ。追っ手の足止めなんでどう?」

「それ俺、アルフレド様に息の根止められるやつじゃねーか!?」

「大丈夫よ」

「何がっ!?」


 まぁ、今世の絵を下手だとは思わない。

 回帰前の七歳の自分と比べれば明らか。

 なんせ、今回のスタートは【多少見れる絵】からだ。


「お嬢、どうです? 令嬢辞めてみません?? 俺全力で護りますよ」

「私たちみたいにレティシア様の身の回りのお世話も出来ないノーランはダメよ」

「おい、俺は護衛だぞ?」

「護衛はルキウスくんがするって言ってるじゃない」

「でもあれだぞ? レティシア様はもちろん、リアとミアだっている。一人じゃ無理だろ~」

「お任せ下さい。ノーランは一昨日来やがって良いですよ」

「言い方っ! 丁寧に戦力外通告するなよ。ねぇ? お嬢」

「もし家を出たとして、ノーランが言うように絵でゆうめいになれたら、たぶんすぐに家にきょうせいそうかんね」

「あ、確かに……えー残念。でも、それぐらいに凄いってことですよ! 描き始めた時から上手だなぁとは思ってましたけど、コレはもう上手いの範疇だいぶ突き破ってますって! 行き過ぎた謙遜は敵を生みますよ~」


 多少見れる絵がリアたちが夢物語を始めるほどへ短期間で上達したのには、回帰前の記憶だけでなく、祝福の式典及びその祝賀パーティーにてガヴァネスを(意図的にだが)失ってから、その後任がなかなか決まらないが故に持て余した時間を全て、人物画や風景画のスケッチに当てていることと関係していると思っている。


 後任探しにこうも難航している理由としては、主に二つ。

 その一、次を決めるのに慎重になり過ぎている父やクラインの存在。

 その二、レティシアの七歳児には到底見えぬ言動が発覚してしまったから。

 その二に関して言及すると、ビデオキューブの監査に携わった者たちが録画されたレティシアの発言や佇まいに度肝を抜き、その情報が一部だが漏れ拡散された、というプチ事件があったということ。

 伝言ゲームのように伝え拡がったそれは、尾鰭をつけて収集がつかない事態となっているのだ。

 というわけで、ビビり散らかした大人たちがレティシアの家庭教師に立候補しない。


「ねぇねぇ。お嬢には俺こんなにイケメンに見えてるの?」

「私は見たままにかいてるだけよ」

「お嬢好き!」

「はいはい」

「うわ! ルーク、殺気飛ばすな! 怖ぇよ!」


 汚れた手を拭きながら席を立ったタイミングで、部屋の扉が叩かれた。


「レティシア様ぁ、ヨハネス様がお待ちかねですよ~」


 どうやら、なかなか食事の場に来ないレティシアに痺れを切らせた祖父がミアを部屋に寄越したようだ。

 特に示し合わせた訳では無いのだが、体調が戻ってからというもの、昼食を祖父と摂ることが習慣化していた。その食事の席は、たまに顔を合わせてはその場がブリザードになる回帰前のような殺伐とした雰囲気はなく、二人きりでも存外心地が良い空間だったりする。


「もう行くわ。リア、ノーラン。あなたたちもお昼に行きなさい」

「はい、レティシア様。では後ほどまた戻ります」

「お嬢! 俺、午後からまたお呼ばれするの楽しみにしてますから!」


 下がる二人を見送って、新たに合流したミアとトーリを伴って祖父が普段生活している離の館に急ぐ。


「あれ、ルキウスお前――ノーランと一緒に昼摂りに行かねーの?」

「三日は飲み食いせずに過ごせる体力があるからいい」

「いや、行けよ。その域は、すごい通り越してもはや恐怖なんだが……?」


 レティシアの傍に残ったルキウスにトーリが不思議に思い声をかけるが、予想外な返答に引き気味だ。


「レティシア様。今日はヨハネス様から大事なお話しがあるそうです」

「そうなの? 分かったわ」


 大事な話とは何だろうか。

 七歳児の生活はまだまだ落ち着かないようだ。

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