40 選択が齎したのは。
「お待たせいたしました。ごきげんいかがでしょうか、おじいさま」
「あぁ、悪くない。――お前の顔が見れたからだな」
最近祖父がよくデレる。
嘘か誠か判りにくいが、どうもそのどれもが冗談ではなさそうだということが最近わかってきた。
「それは良かったです」
席に着くと程なくして昼食が運ばれる。
お、今日はボロネーゼのようだ。
レティシアの好きな料理である。
「外は雨だが、何をしていたんだ?」
「今日はノーランに絵のモデルになってもらって、じんぶつがのれんしゅうをしていました」
祖父とする他愛の無い話ももう慣れてきた。
ところで、ミアから伝え聞いていた『大事な話』とやらについては、いつ頃口火を切られるのだろうか。
「そうか、それは良いな」
「はい」
「「…………」」
こうして祖父と二人の空間(使用人らを除く)での無言の時間も苦ではなくなった。
そう思えるという事は、自分の心境の変化として大きな前進と言えるだろう。
「……レティシア、いずれ――」
「はい」
「…………」
「?」
祖父が何かを言い淀む。
口を開けては閉じ開けては閉じを繰り返している。
「その。いずれ、私の姿絵も……描いてくれる、だろうか……?」
空耳かと思った。
祖父の普段の様子からは予想だにしない恐る恐るな提案に反応が遅れてしまう。
「へ?」
「すまん、無理にとは――」
それを否と受け取った祖父がしょんぼりと申し出を引っ込めようとする。
「いえ! とつぜんのことで、びっくりしただけです! あの、ぜひ、かかせてください! おじいさまのこと」
「そ、そうか。では、その時を楽しみに待つことにしよう」
慌てて申し出を受け入れると、普段の厳格さからはかけ離れた柔らかい空気感を纏った祖父が笑顔を浮かべた。
後ろに薔薇が見える。
薔薇が…………。
(――ん?)
レティシアは頭の中で首を傾げた。
そして、違和感の正体に気付き目を丸くする。
(え、笑顔だ!?)
回帰後イチ。――否、前回と今回の人生を合わせて一番の笑顔を見た。
もしやこの表情は父でも拝んだことがないんじゃないだろうか。
「ンン……。ところで、レティシア。お前の侍女に軽い伝言を頼んだのだが、聞いておるか?」
「! はい。だいじなお話しがあると、うかがいましたが」
先程までの雰囲気を一転させた祖父に、合わせるように少しピリッとして空気がその場を包む。だが、レティシアがそれを 憂虞することももうなくなった。
「――ルイーズ・ファルメリアについてだ」
なるほど。
確かにこれほど大事な話は無いだろう。
「少し歩きながら話そうか」
「はい」
上品に口元を拭いた祖父は庭へ続くバルコニーへ足を向けた。
◇◇◆◇◇
隅々まで手入れの行き届いた母自慢の庭を祖父と 緩歩する。
「いつ見ても、美しいな」
「はい、おじいさま」
侯爵家の名は春を意味するものだ。そして、それを象るように、庭は常に春の陽気に包まれており、春の花が視界いっぱいを彩る。
因みに、夏秋冬の柱の領地も同じことが言える。何処かしらに名の象徴である気候の特性を持つ土地が存在するのだ。
「レティシア」
「はい、おじいさま」
「なぜ今まで……」
「おじいさま?」
言葉を詰まらせる祖父の肩は震えていた。
「一言、たった一言で良かったんだ。『辛い』と言ってくれれば、お前のじいじは――」
前を歩く祖父の表情は分からないが、酷く沈んだ声は自責の念を抱いているようだった。
祖父は深い溜息をついた。
「レティシア、此方に」
「? はい――」
前を歩いていた祖父はくるりとこちらへ半回転すると、レティシアを呼ぶ。特に疑うでもなく、片膝をついた祖父へ一歩近づいた。
「わわっ」
脇の下に手が入れられたかと思えばレティシアの目線は高くなり、いつにも増して景色が広く映る。
そうして見えた道の先には、庭と母屋を繋ぐバルコニーがあった。
祖父との散歩も終盤ときた。抱き上げた祖父はまたゆったりとした足取りで歩き始める。
「レティシア、お前は軽いなぁ……もう少し食事量を増やすか?」
「えっ、いいえ! 今のままで十分です」
心配そうに自分を見つめる祖父に全力で首を振り馬鹿な考えを辞めるように念を送る。
今でさえ多いと感じているのに、これ以上増やされたらそれこそ吐くだろう。
「そうか?」
「はい、そうです!」
あまりにも必死な様子の祖父が笑い、そんな祖父を見てレティシア自身も思わず笑ってしまった。
(ねぇ、レティシア……)
回帰した直後の自分に言いたい。
数ヶ月もすれば、苦手だった祖父とこんなにも軽口を叩ける間柄になるぞ! と。
(じぃじはまだ、ハードル高いけどね)




