31 何が原因とか。
「――なるほどな。話はわかった」
一連の流れを聞き終えたリーヴァイは眉間を指で揉むとそのまま銀の髪をかきあげて、悩ましげにため息を着いた。
「ファルメリア嬢が、まさか――私が知る彼女はとても悪評の立つような令嬢では無かったのだが」
「娘が……まさか、そんな」
「とりあえず仕切り直しだ。今日この場は何があったかのプリマヴェール侯爵令嬢側の主張および事実確認を行うのみに留める。当事者の片方が不在だからな」
事の顛末を聞いたルイーズの父親が先程の威勢を無くして床に雪崩た。
遥か東の異郷の地ではたしかこれをドゲザと言うのだっけ。
どの本の記述だったか……また探そう。
「も、申し訳ありませんっっっ」
しかし、父はそれを冷ややかに見るだけだった。そして、母はずっと娘の手を握り娘から視線を外さない。
両親の反応に、床から顔を上げた彼が縮みあがった。
「まぁ待て、リアパウンド伯。貴殿のご息女は《サイレント》を施行していたという。つまりだ、ここに居るロザート嬢とどんな会話をしてそうなったか、私たちにはまだ詳細は分からない」
「は、はい!!!!」
現場にいなかった彼だからこその公平な言葉だった。
そして、きっとこの後には王宮の医務室で治療を受けているであろう彼女にも聞き取りを行うのだろうことが分かる物言いだ。
「話してくれるな?」
「……分かりました。たごんむようを、やくそくしていただけるのなら」
息を吹き返したかのようにふんぞり返る伯爵には私の気持ちなぞ分かるまい。
この場には母がいる。
偽りを述べるつもりは無いが、あけすけに全てを話すのも母の名誉に関わりかねないので憚れる。
ルイーズが自分との会話に持ち出した内容――隣国出身の母が【無能力者】な事は、非常にデリケートでセンシティブな内容だった。
「冬の柱イルヴェントの名誉に賭けて誓おう」
何があったか話すことを承諾したとはいえ、なかなか口が開かない。しかしどうしたって、その話を避けて通る道は私には思い浮かばなかった。
もし自分に《サイメシア》の祝福があれば最良の未来が見えたのだろうか。
「…………」
「侯爵様! 話さないということは、貴方様のご息女は後ろめたいことがあるように見えますぞッ!」
伯爵が水を得た魚のように捲し立てる。
「ハッハッハ! いやはや、私の娘が理由もなく手を振りあげるなん――」
「黙れ」
話さないレティシアに立場が優勢だと無考えな判断したを伯爵へそう一言言い捨てるのは立会証人のリーヴァイ。
「黙れ」
釘を刺すようにもう一度放たれた言葉は、彼の剣みたく鋭さを持っていた。そして、ピシャリと言い放ってくれたおかげで血を見なくて済んだ。
膝の上で固く握られた父の手には青筋がくっきり浮き上がっていた。
「レティシア。ゆっくりでいいのよ」
母の言葉に、手を包む温もりに、レティシアは迷子になってしまった気分だった。
「わ、たし……」
どうしよう。
喉が詰まる。
心身ともに若返ったためか、感情の制御は効かず涙のダムが出来上がる。
涙腺ダムは今にも崩壊間際だ。
「ロザート嬢。少しいいかい?」
辛抱強くレティシアの目を見てじっと待ていたリーヴァイの提案に、残念ながら「はい」とは声にならず首をコクコクと縦に震る。
「今回の件に、関係は無いのかもしれない。だが、もし関係があるとすれば、少し話しやすくなるやもしれない。聞いてくれるかな?」
何だろうか。
レティシアは首を縦に振るしか道はなかった。
「エストレラ。君には少し嫌な思いをさせるかもしれない」
「……いいえ、リーヴァイ。今一番辛いのはこの子です。何を仰ろうとしているかは存じませんが、私のことはお気になさらず」
母の名を親しげに呼ぶリーヴァイにレティシアは驚きを隠せなかった。
そんな様子に気がついた母が娘ににそっと耳打ちする。
「学生時代の友人なのよ。学年は違ったのだけどね」
「母様の二年上よ」と付け足した事実にもまた驚かざるを得ない。
母の二年上とは即ち、父よりも三つもしたであるということを指す。
(……この風貌で?)
まじまじと見つめるのは失礼に当たると理解していながらも、どうしても無理だった。
父が適度な筋肉量だとすれば、リーヴァイはガチムチとまでは行かずもかなりのムキムキマンだ。北の砦を護っているのだから当たり前ではあるが。
そして、身体に似合う精悍な顔立ちは、戦闘でついたのだろう傷も相まって父よりも五は歳上に見える。
「いいかな?」
リーヴァイは咳払いで先を促す。
不躾に見すぎた。
「こんな話で時間を食うのもどうかと思うので、簡潔に話そう。――ファルメリア嬢は彼に懸想していた」
「へ?」
爆弾が投下された。
リーヴァイが目で示した『彼』は父だった。
「夫人が留学生としてやって来た年、プリマヴェール侯は最終学年だった。世間では、 “入学代表者挨拶を登壇で披露した首席の美女に一目惚れした” と言われているが、事実は少し違う。夫人は当時確かに、入学者代表として挨拶をした。だがそれは、病欠した首席者の代わりとして、次席だった夫人が矢面に立たされたに過ぎなかった」
まさかの話の切り口にレティシアは開いた口が塞がらなかった。
再三と父から一目惚れの話を聞いていたが、それがまさかそんな裏事情があったなんて。
「まぁ、一目惚れには変わりないのだが」
隣で父が紅茶を吹き出し、向かいに座る伯爵に関しては頭に疑問符が見える。
母は分かっていたように紅茶を啜る姿はなんとも優雅だ。
ある意味辱めとも取れよう話だが母は強かった。
「えぇっと、イルヴェント辺境伯様……」
頭上に情報更新中のマークを携えていた伯爵がおずおずとリーヴァイに申し出る。
「我が娘が侯爵様に懸想していた……のだという話が本当だとして、それが夫人に一目惚れした侯爵様のお話とどう関係があるのでしょうか?」
「……そのしゅせきのかたが、ルイーズじょう、ですか?」
「おお、賢いな。その通りだ」
なるほど、話が見えてきた。
「えっ!」
しかしそれに対して驚きの声を上げたのは伯爵だった。
まさか知らなかったのか。
その一文字だけでどれほど伯爵が自身の娘に興味が無いか解るのが、少し切ない。
レティシアの言葉を肯定したリーヴァイの話は続く。
「彼女は事実と噂を曲解してしまった」
彼の昔話はルイーズのの奇怪な言動の答え合わせになった。
『彼が好きなのはっ! この私よ!!!!!!!』
彼女が自分に手を振りあげる直前に放った言葉は、一方的な恋心では無いのだという悲痛の叫びだったのだと。
(……なんだろう。こう、胸がモヤモヤとする)
分かってしまうと、なんとも言えない気分になった。
「ファルメリア嬢が、ロザートに熱を上げているのもまた、当時学園に通っていた世代には有名な話だ。ファルメリア嬢本人は隠しているつもりではあったようだが――これくらいでいいだろう。私の話は以上だ」
回帰前いつだったか、ルイーズから母とは死別したと聞いたことがあった。
無償の愛を捧げてくれるはずの母は幼い頃に亡くなり、父は自分に興味がない。
(そんな環境下で『時期侯爵さまが新入生首席に恋をした』なんて……)
耳にしてしまえば、縋りたくなるのも無理は無いのかもしれない。
全ては想像の範囲を超えることは無いが、もし真実ならそれは専横な独りよがりで悲しい思い込みだと思う。
誰が悪いとか、何が原因だったとか、言い出せばキリがないし元を辿るのは骨が折れることだろう。
「と、当人がいない場で! 侮辱にも等しい話をするなど、どういうおつもりですか!!!」
「確かに、本人がいない所で話してしまうのもどうかと思ったが、この場合、致し方ないだろう? しかも二十年以上も前の話だ、時効だ時効」
「んなっ!!!!」
「この場を仕切るのは私だ」
リーヴァイは「異論は認めない」と伯爵の抗議を跳ね除ける。
「さぁ、どうだろうか」
レティシアがなぜ躊躇しているかを、リーヴァイは正確に汲み取っていた。リーヴァイが自分へ向ける柔らかい表情は子を持つ親のそれで、彼が二児の父なのだと改めて納得する。
「先生は、ファルメリアじょうは、私のお母さまをぶじょくしました。きみのわるい人だと、むのうしゃだと――」
「デタラメだッ!!!!」
伯爵が被せるように荒らげた声にレティシアの体が跳ねる。
その姿はルイーズのあの有無を言わさぬ姿勢を彷彿とさせ、やはり親子だなと思う。
「おい、幼い子に声を荒らげて恥ずかしくないのか」
「黙っていれば調子に乗りやがって」
正当法で諌めるリーヴァイと当に我慢の限界が来ていた父が、地を這うような声を出す。
父は席から腰を少し浮かせて今にも飛びかからん勢いだ。手を置く肘掛がミシミシ言っている気もするが、気のせいだということにしておく。
「ひっ! し、しかし! 娘が夫人を侮辱した証拠なんぞありません!!!」
「娘が嘘をついてるとでも?」
「……まぁ確かに、一理ある。音が遮断されていた空間では本人らしか知らないからな。私たち部外者はファルメリア嬢の言い分も聞かねば真実は分からないことだな」
「おい、イルヴェント」
お前はどちらの味方なんだと睨みを効かせる父に、リーヴァイは何処吹く風だ。
「言っておくが、私はどちらの味方でもないからな」
リーヴァイは一貫して公明正大だった。
まぁ、そうでないと王が彼を指名するはずがない。
「あの女が素直に話すと思うか?? 自分に都合のいい様に話すに決まっている。リーヴァイ、お前自身、今言っていただろう。当時、あの女が嘘も誠も曲解したと」
「目に見える証拠を提示されなければ私は法廷で戦う所存ですぞ!」
ルイーズの《サイレント》を逆手にとって伯爵はそう言い張る。
なかなかに強気だ。
「じゃあ、映像があればいいの?」
「ん?」
ずっと静かに佇んで(もはや気配を消して)いたルキウスが唐突に口を開いた。
レティシアが見上げれば、再開してからずっと変わらない自分だけをひたすらに映す目と視線が絡む。
「映像があればレティは嬉しい?」
「えっと……?」
愛しい彼は一体何をしようというのか。
ちまっと雑談③
無能者 祝福を授からなかった者
無能力者 他国から移り住んだ人(帰化人)




