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加護ナシな無能令嬢は回帰したので弁が立つ 〜再会した愛しの従者が何故か前世よりも重い愛で囲ってきます〜  作者: 黒糖あずき
第一部

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28 回帰者の雄弁無双。

「身分を履き違えないでくださいな」

「み、身分ですって???」


 額に青筋を立てる目の前の怒るる淑女(?)を他所に、レティシアは小さく息を吐いた。


「同行していただいてから時間は――さほど経ってはおりませんがお帰りください。やはり、私一人でも大丈夫です。両親には私から上手く伝えますので」

「は、話を逸らさないでよ! まだちゃんと言質を取っていないのよ!! やっぱりどうせ、無能者なんでしょ!? あの女と同じなんでしょうよ! アル様には釣り合わない無能女と!」

「前知の識」

「は?」

「私の祝福は『前知の識』です」

「う、嘘よ!」


 厳密には嘘だが、嘘ではない。

 父が『前知の識』と言ったので、とりあえず乗るのだ。

 今はそれでいい。


「老婆のようなあんな……隣国の気味の悪い女と結婚なんてしたから、こんな見え透いた嘘をつくような出来損ないが生まれるのよ! あぁ! アル様、このルイーズが救って差し上げますわ!」


 ルイーズの口調はもう早い段階から乱れ気味になっていた。言葉の粗さはまるで貴族令嬢ではなく平民のようだ。否、これでは民たちに失礼か。


「――他国から嫁いだ人間が祝福を持たないのは珍しいことではありません。それは、この国の常識です。そんな事もお忘れに? 初めから頭に入っていないなんてことは――。実力で上級女官に登り詰めたという話、怪しいとさえ感じてしまう由々しき事態ですね。まさか、本当に不正を働いてしまいましたか? 私の家庭教師に立候補する令嬢は多かったと聞いていますから……。少しでも箔があった方が採用の可能性が上がると思い、見栄を張って詐りの事実を申告してしまったとか。どうです? ルイーズさん」

「な、何よそれっ!」

「あぁ、大丈夫ですよ。そうしたくなってしまったその気持ち、理解に苦しみますが否定はいたしません」

「は……」


 ルイーズが自分にしたようにあたかも事実かのように、決めつけて話を進めてやる。


「はぁあああああ!?」


 その言葉を最後にルイーズはレティシアとの二人だけの範囲に《サイレント》を張り巡らせた。

 それに伴い、周囲の音が完全に遮断される。


「違うと言っているでしょう?!」


 ルイーズの祝福発動時に生じる金切音と、高所へ移動した時のような耳の奥が詰まるような感覚は何度経験しても慣れない。


「い、言いがかりにも、程があるわっ」

「言いがかり? では貴女が私を『無能者』だと決めつけているのは? 言いがかりではないと???」


 少しの動揺も気取られてはならない。

 堂々たる態度を貫くことが、優位な立場で物事を進める鉄則だ。

 レティシアは父の後ろ姿からそう学んだ。


「えぇそうよ! だって嘘だもの!」


 ルイーズは正しい。

 レティシアもそう思う。


(――でも)


 自信満々にそう言い切る姿には少々首を傾げる。

 レティシアの事情を知らぬはずのルイーズは何を持ってそうだと言うのだろう。


(何も知らないはずなのに)


 しかし、今はその時ではない。

 他にすべきことがある。


「分かりました。ではそう思っていただいていて結構です。――話を戻しますが貴女の経歴に関して、捏造を疑われても致し方ない言動なのはお気付きですか?」

「捏造!?」


 ルイーズがたじろいだ。


「わ、私は自分の歴書に嘘なんて書いていないわ! 嘘なんてっ!」

「貴方からは何がなんでもという執念が感じられる。私のカヴァネスに固執する理由があるのように見えるのですよ」

「だから違うって言っているでしょう!!!」


 今のその慌て様こそ、怪しく映る。

 疑うには十分な態度だ。とは言ってやらない。


「では、知っていますか? 両親の、二人の交際経緯について」

「急に何よっ」


 先程からルイーズの話しに紛れ込む父の名前が気になっていた。少し強引ではあるが、今頭に浮かんでいるとある仮説を立証させようかとレティシアは仕掛けた。


「遠路遥々アカデミーにやって来た “エストレラ(白雪の美姫)” に “アル様” が一目惚れしてことが始まりです」

「それこそ捏造された話よ!」


 体をかがめて聞きたくないと頭を抱え込むルイーズの姿はまるで駄々を捏ねる幼い子供だ。


(捏造ねぇ)


 大の大人がみっともない。


「そうですか」


 レティシアは自分の読みが当たっていると確信した。

 そうと決まればすることはひとつ。

 レティシアが追撃の手を緩めることはなかった。


「ですが、私は本人()から聞きましたから」


 ことあるごとに話す、母との出会いはよく記憶している。一言一句違わぬほどに。


「アルさま……」


 頭と心を占める不快感にもっと、もっと、悶え苦しめばいい。

 意味は違えど、自分が過去受けた耐え難い屈辱と同じように。

 否定された事で生じた孤独感でうんと底まで、堕ちればいい。


「いいえ……いいえ! アル様があんな女を愛するわけがないわ! 何が白雪の美姫よ! 老婆のような白髪を持っていただけじゃない! あんなのまるで蜘蛛の糸よ! 若い女が白髪なんて、不吉以外の何物でもなかったわ。あぁおぞましいっ! だから私は、蜘蛛の巣に囚われた彼を救い出す為に穢らわしい女が生んだ子供の家庭教師にまでなって、ここまで来たのに! あと一歩なのよ! あと少しでアル様をっ」


 ルイーズをここまで突き動かすのは母への膨れ上がった憎悪に加え、どうやら他にも理由があるようだ。


(何したんだろう、お父さま……)


 理由の正体が母へ対する感情ではなく、父への歪んだ恋慕なのだろうということはなんとなく分かる。


「アル様は長い間ずっと勘違いなさっているのよ! 彼は相手を間違えたの!!!」


 ドロドロとした重暗い感情を抱える彼女の行動に悪寒がする。

 しかし、ルイーズを執拗に追い詰める今の自分もまた、彼女と変わらぬように思う。


他国(この国)で大きな顔をしてちやほやされて。贔屓もされて! 挙句そのまま居座って四柱の一つである侯爵家に嫁ぐなんて、しかも相手はプリマヴェールの後継者だったアルフレド様だなんて……厚かましいにも程があるわ!」


 これが同族嫌悪というものなのだろうか。

 泥のようにずっしりとした嫌な気持ちが内心を腐食していく感覚が胸をツキリと刺す。


「貴女が母のことについて理解出来ていることは何一つとしてないのですね」


 今の確固たる地位を築くまでの血が滲むような努力と経験を、母以外の何者も測ることなど出来ない。

 してはならない。


「はァ?!」


 そして、その事実は色眼鏡を通せばこうも歪んで見えてしまう。


「私はよく分かっているわ! 私があの女より劣っている面なんて無いということをね! プリマヴェール侯爵夫人は私のような人間でないと務まらないのよ!」


 ルイーズがとうとう明言した。

 興奮したように荒い息が吐かれる。

 まるで獣のようだ。


「私のような、ですか。侯爵夫人の資質は、貴女が自負する【学力】だけでは不十分ですよ」

「私になにが足りないって言うのよ!」

威厳(ディグニティ)です」


 レティシアは即答する。


「でぃぐ……」


 全く仕方がない人だ。

 深いため息を吐けば、それに反応したルイーズの肩がびくりと過剰に跳ねる。


「当たり前ですが、侯爵夫人には【知性】と【品性】の両方が必要です。このふたつは一体両面。どちらかが欠ければ “知性なき品性” または “品性なき知性” となり、ディグニティには到底届きません。そうですね――外部情報から知識や技術を得て強化向上できるのが【学力】としましょう。この場合、対象は【知性】のみとなります。貴女には【品性】が足りない。これは【学力】で補えるものではなく――。本来、こちらも後天的な経験から身につけることが可能ですが、貴女はその機会を逃してしまったようですね」


 核心(答え)は教えてやらない。


「ひとつの提案ですが、一先ず頭を空っぽになさって、アカデミーでノブレス・オブリージュについて一から学び直されてはいかがですか」


 淡々と感情の乗らない言葉を紡ぐ。


「うるさいっ!!!」


 情報を元に客観的な視点から述べる言葉。

 それは時に、何よりも鋭い(やいば)となる。


「浅はかな見解や幼稚な言葉しか思い浮かばないそんな貴女では、アル様を射止めた白雪の美姫と同じ舞台にさえ上がれていない」


 受け取る当事者が事実だと感じた時、静かなる指摘とは胸に深く突き刺さるのだ。


「――ッ!!!!!!」


 そして、ルイーズは現に言葉に詰まらせた。


「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!」


 どうも穏やかではないヒートアップする言い合い(聞こえない)を静観していた周囲が、これは不味いぞとざわめき出しているのが視界の隅に映った。


「プリマヴェール侯爵夫人としてなんの役にも立たない無能でドブのようなあの女の代わりに私がお母様になってあげると言っているのに、何様よ!」


 目線だけをぐるりと回し、目撃者になりうる者らを確認する。

 会場隅でのやり取りなのでそう多くは無いが、人数にして十分。しかも、プリマヴェール傘下の者らが多数ときた。

 数人が慌てて踵を返すのが見える。

 何をしに行ったか見当はつくがもう遅い。


「アンタがなんとほざこうが! 彼が好きなのはっ! この私よ!!!!!!!」


 怒りに顔を赤く染めて腕を振り上げたルイーズを見て、計画通りの幕引きを確信する。


(これで貴女は感情任せに子供に手を挙げた稀代の悪女よ)


 レティシアは細く微笑んだ。



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