27 破滅へのカウントダウン。
(奈落の底を見るがいいわ!)
どこのラスボスかと言いたくなるドス黒い感情がレティシアの内に灯る。
『奥様とお揃いですのね!』
お揃い――この言葉が指すことは明白だ。
「私が『むのうしゃ』だと。そう、おっしゃりたいのですか?」
「あらっ!」
レティシアの調子の暗い声に、ルイーズは即座に反応する。
「まあまあまあ、レティシア様。そんなふうに肩を落としている暇はありませんよ」
ルイーズの言葉には斟酌など微塵もない。
(そりゃあそうよね)
嫌いな人間を蹴落とす舞台として、これほどまでに打って付けの場はない。何せ、社交界ほど無能者への差別が酷い場所は無いからだ。
だが、ルイーズが標的と定めた相手であるレティシアはは年端もいかない少女である。
(まぁ、中身は二十歳だから『年端もいかない』は微妙な気がするけど)
ルイーズはそんなこと知る由もないので、今はこれは端に避けておく。
「無能者なんて不本意でしょうが、これは女神からの試練なのですから」
腰をかがめて目線を合わせたルイーズに手を取られる。
「お嬢様、そんな顔なさらないで」
眉を八の字にして困ったように笑うルイーズの姿は、まるで聞き分けの悪い子どもへの対応に追われた貴婦人だ。
「教えて差し上げましたでしょう? そのような態度隠さないといけませんわ」
憐れむようなその目付きにイラッときたレティシアは即座に嫌味を嫌味で返す。
「ご忠告ありがとうございます。気付かぬうちに、先生のあまりの大仰な態度につられてそのような態度を取っていたようです。侯爵令嬢として確かに軽率でした。以後真似をしないように気をつけます」
「なっ!」
ルイーズは国内で数少ない職業婦人――結婚ではない道を選び幸せを掴んだロールモデルの一人として持て囃されていた。前回は、レティシアの知る限りそのイメージが崩れる日が訪れることは無かったが、今回は違う。
「お嬢様?」
今日よりルイーズの世間での評判は【幼女に手を上げる外道】だ。
さて、どうその筋書きに持っていくか。
まず第一段階として、レティシアは前回を模範することにした。先程は思わず素が出たが、まだ間に合うだろう。
「先生、わたし……」
レティシアは時に厳しく時に優しい自分にいちばん近い大人を信じきっている幼く力のない少女を演じ、じわじわと煽って――。
(一気に崩す)
周りの視線があるなら、それを利用しない手はない。
「あらまぁお嬢様。分かりますわ。『無能者』と結果が出てしまった今、周りから人が居なくなると心配なのですね。確かにきっと……みな離れて行ってしまうでしょう。ですが、安心してください。私だけは味方です」
レティシアにとって自分が唯一の希望の光なのだと、ルイーズは言葉巧みに誘導する。回帰前のレティシアはそれにまんまと乗せられた。
「先生と一緒に乗り越えましょう! 私が侯爵様に進言して私たちの幸せな未来へ歩んで行くのです!」
「せんせ――」
「そして、暁には私がアル様の奥様に――なんて、素敵な未来っ」
「い…………?」
てきとうに相槌を打っていたルイーズの話しに、聞き捨てならない内容が含まれていた気がした。特に最後の方。
(誰が何になるって???)
一人で盛り上がるルイーズに慌ててストップをかける。
ぽわぽわと惚けたように何処か空虚を見つめるルイーズに冷や汗が出てきた。
この女性が第二の母なんて、冗談じゃない。
(もう、正攻法で殺ってやる――!)
身の危険を感じたレティシアは、作戦変更を余儀無くされた。
「何か勘違いしていらっしゃるようですが、ルイーズ様。私が仮に『無能者』だとして、それは一族間の話です。伯爵令嬢である貴女が父に一族の話で進言できることはありませんよ。先日父自ら忠言がなされたこと、もうお忘れですか?」
その忠告に焦って、レティシアに対して自分自身のイメージアップの打診をしてきたというのに、ほんの数日前の出来事をもう忘れてしまったのか。
ルイーズの記憶力が心配になってくる。
「そして次に、侯爵令嬢の私を侮辱するような言動は少々目に余るかと。よって、控えていただきたく思います。――ご自身のためにも」
今ならまだ間に合うぞ、撤回するんだ! という意味合いを込めて、必死の防御を展開した。
しかし、ルイーズも負けてはいない。
「あら、侮辱だなんて。そんな低俗なことは致していませんわ? 被害妄想も甚だしいですよ」
いけしゃあしゃあと言い返してくる始末。
もうもはや怖いまである。
「……分かりました。今はそれでも良いです。では最後に、貴女が侯爵夫人になることは有り得ません。人の母親を勝手に亡き者にしないでください。そんな非現実な妄想、貴女を含め誰も幸せになりませんよ」
どっと疲れを感じながら釘をさしたレティシアだったが、ルイーズが突如酷い動揺を見せたので「おや」と首を傾げる。
「な、ななな、何よ!」
何よはこっちのセリフだ。
「なんで、それをっ、盗み聞きなんて卑しい行為! なんて行儀が悪いの!」
ルイーズの様子からして、考えていたことが口について出てしまっただけらしかった。
錯乱したルイーズはなおも続ける。
「お、お前は生徒で、私は先生よ! そして、今は目付け役! 黙って、私に従順な愚図でいればいいのよ! お前の意見なんて聞いていないわ! 口答えなんてする身分じゃ――」
「そっくりそのままお返し致します。リアパウンド伯爵令嬢、ルイーズ・ファルメリア」
身分だ?
聞いて呆れる。
自分たちの関係がいくらガヴァネスとその生徒でも、結婚もせず夫人でもないルイーズはまだただの伯爵令嬢。
身分は侯爵令嬢のレティシアよりも下である。
彼女が縋る目付け役という立場も、その権利を行使出来るのは指導対象が倫理から外れた行動をとった場合に限るというのに。
「――ッ!」
ただのおバカな子と思っていた少女から向けられた厳しい視線はルイーズを動揺させた。
彼女が最後に会ったレティシアは回帰前の――つまり洗脳済みのレティシアだった。
その彼女の支配下から解き放たれた、死ぬ未来から舞い戻ったレティシアは弁が立つ。
ここでひとつ思い出した事がある。
『蝋燭のような火、乾き始めた水溜りのような水、貴族には稀に平民のように能がない者が現れますが、そんな彼らはドブと一緒。あの方なんて無能者ですし…………まァ、侯爵家のお嬢様にそんなことは起こらないと思いますがね?』
回帰前にルイーズが自分へ向けて吐露したこの記憶が、今の彼女の言動へと繋がり、レティシアの胸にストンと落ちてくる。
『あの方』が指すのは、間違いなく母だ。
「あ、あんた――」
「先程も同じような事を申し上げましたが、お解りいただけていないようなのでもう一度。身分を履き違えないでくださいな」
「な、何よっ」
少女らしからぬ据わった目はルイーズに更なる恐怖を呼んだ。
ほどなくして、周りに人が集まり始める。
ルイーズの逆鱗に触れない程度に抑制していた感情を、言葉に乗せる舞台が今まさに整ったと言えよう。
(私の描く『幸せな未来』の邪魔はさせない)
さっさと、退場願おうじゃないか。
(この会場からも、私の自身の人生からも)
――ルイーズ。貴女は要らない。




