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第26話 査察団を迎え撃て

 査察団がベルフィーネ領に到着したのは、俺たちが帝都から戻って三日後のことだった。


 総勢八名。帝国議会から派遣された文官が五名、護衛の兵士が三名という編成だ。

 ギルバートが城門で出迎え、俺とリディアは領主館の前で待った。


「いらっしゃいませ。ベルフィーネ領へようこそ」


 リディアが完璧な笑顔で査察団を迎え入れた。公爵令嬢の社交スキルが全開だ。


 俺は笑顔を浮かべながら、査察団の一人一人にそっと鑑定スキルを使った。

 名前、所属、経歴——そして、持ち物。


 五人の文官のうち、四人は帝国議会の正規の査察官だった。経歴にも持ち物にも不審な点はない。

 だが——五人目。


 中年の小太りの男。名はグラフ。帝国議会の末席の事務官。

 経歴に不自然な空白がある。そして鑑定が捉えた持ち物の中に——「封蝋された書類束」がある。封蝋の紋章はダリウス侯爵家のものだ。


 こいつが工作員だ。


 俺はリディアの隣を歩きながら、小声で伝えた。


「五番目の男。グラフという事務官。侯爵家の紋章がある書類を隠し持っています」

「分かりましたわ。泳がせますか?」

「ええ。仕掛けてくるまで待ちましょう。こちらから動くと、逆に言いがかりをつけられます」


 前世の監査対応で学んだことだ。不正を暴くには、相手に不正を実行させてから押さえるのが最も効果的だ。未遂では言い逃れされる。


 査察は三日間の日程で始まった。



 初日。農地と水源の視察。


 査察団は浄化された農地を歩き、実際に育っている作物を確認した。正規の査察官たちは驚いた顔をしている。


「半年前は死んだ土地だったと聞いていますが、これは見事ですな」

「ありがとうございます。聖女アンネリーゼ様の浄化魔法と、住民の皆さまの努力の成果です」


 リディアが丁寧に説明する。

 住民のガスパル老人が査察団に声をかけた。


「旦那方、この芋を見てくれ。嬢ちゃんが泥だらけになって植えた芋だ。こんなに立派に育った」


 ガスパル老人は半年前とは別人のように生き生きとしていた。

 住民の生の声は、どんな報告書よりも説得力がある。


 グラフ事務官は後方で目立たないように歩いていたが、俺の鑑定はずっと彼を追っていた。今のところ、動きはない。



 二日目。鉱山と交易施設の視察。


 ミスリル鉱山の採掘現場を見学した査察団は、産出量と品質に目を見張った。


「この品質のミスリルは帝国でも珍しい。大した資源ですな」

「はい。ただし、持続可能な採掘を心がけております。乱掘はいたしません」


 俺が説明すると、正規の査察官が感心したように頷いた。


 マリエッタがアンカードとの交易記録を提示し、ヴィクトルが財務報告書を査察団に渡した。数字は完璧だ。不正の入り込む余地はない。


 グラフ事務官は相変わらず大人しくしている。だが、鑑定で監視していると、彼の心拍数が僅かに上がっているのが分かった。焦り始めているのだろう。明日が最終日だ。仕掛けるなら明日しかない。



 三日目。最終日。領主館での総括会議。


 査察団と俺たち領主側がテーブルを挟んで向かい合った。

 正規の査察官たちの表情は概ね好意的だ。数字も現場も文句のつけようがなかったのだから当然だ。


「総括として、ベルフィーネ領の復興は極めて順調であると報告いたします。特に——」


 査察団長が報告書の草稿を読み上げようとした、その時だった。


「お待ちください」


 グラフ事務官が立ち上がった。ようやく動いたか。


「査察の最終日に恐縮ですが、一つ報告がございます」


 グラフは鞄から封蝋された書類束を取り出した。ダリウス侯爵家の紋章がある封蝋だ——だが、グラフはそれを素早く剥がし、別の封蝋に付け替えた。

 前もって用意していたのだろう。鑑定で全て見えている。


「領主館の書庫を調査したところ、不審な帳簿が見つかりました。ミスリルの産出量が過少申告されている可能性があります」


 偽造書類だ。グラフが持ち込んだものを、あたかも領主館から発見したかのように見せかけている。


 査察団長が困惑した顔をした。他の査察官も動揺している。


 俺は立ち上がった。


「グラフ殿、その書類を拝見してもよろしいですか?」

「もちろんです。こちらが——」


 グラフが書類をテーブルに広げた瞬間、俺は鑑定スキルを発動した。


「この書類は偽造です」


 俺の声に、部屋が静まり返った。


「鑑定の結果を申し上げます。この帳簿の紙は、ベルフィーネ領で使用しているものとは異なります。領地の帳簿は全てアンカードから仕入れた羊皮紙を使っていますが、この書類の紙は帝都産です。インクも違う。そして——」


 俺は書類の裏面を指差した。


「封蝋を付け替えた痕跡があります。元の封蝋はダリウス侯爵家の紋章でした」


 グラフの顔が蒼白になった。


「な、何を根拠に——」

「鑑定スキルです。この書類の来歴、製造元、直近の接触者——全て分かります」


 ハッタリ半分だが、グラフにはそれを確かめる術がない。

 そしてダメ押しに、リディアが立ち上がった。


「査察団長殿、わたくしからもご報告がございます」


 リディアがテーブルの上に別の書類を広げた。


「グラフ事務官の帝国議会での人事記録です。三年前にダリウス侯爵の推薦で現在の職に就いています。さらに、グラフ事務官の妻はダリウス侯爵の遠縁にあたります」


 帝都のお茶会で入手した情報だ。リディアの社交術が、ここで決定的な威力を発揮した。


 査察団長が厳しい目でグラフを見た。


「グラフ事務官、説明を求める」

「わ、わたくしは——そのような——」


 グラフは言葉に詰まり、やがて項垂れた。


 終わりだ。


 ダリウス侯爵の工作は、完全に失敗した。

 そして、この失敗は単なる査察の不成立では終わらない。帝国議会の査察に不正工作を仕掛けたという事実は、ダリウス侯爵自身への追及の根拠になる。


「査察団長殿、この件は帝国議会に正式に報告していただきたいのですが」


 俺が言うと、査察団長は深く頷いた。


「もちろんだ。これは看過できない」



 査察団が去った後、領主館の大広間で全員が安堵のため息をついた。


「やりましたわね、ルーク」


 リディアが微笑んだ。公爵令嬢の完璧な笑顔ではなく、本物の——十六歳の少女の笑顔だった。


「リディアの情報がなければ、押し切られていたかもしれません」

「あら、ルークの鑑定がなければ、偽造を証明できませんでしたわよ」

「つまり、二人の勝利ですね」

「ええ。いつも通り」


 ギルバートが肩をすくめた。


「お前ら、もう夫婦みてぇだな」

「「まだです」」


 即答のハモリに、ギルバートとフィーネが吹き出した。ヴィクトルは眼鏡の奥で苦笑している。アンネリーゼ様は「あらあら」とにこにこしていた。


 勝った。だが、これで終わりではない。

 ダリウス侯爵はまだ健在だ。追い詰められた大物が、次にどんな手を打ってくるか——


 嫌な予感は、いつも当たる。

 前世でも、この世界でも。


★ここまで読んでいただき、ありがとうございます。★

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