96話 その後の百地
「おっはー二人とも! 今日もラブラブだね~」
教室に入るなりいつも通りの百地の挨拶が飛んできた。その姿は普段通りであり、内心で俺と星良はどこかほっと安堵していた。
正直、クラスで彼女の姿を見るまでは俺も星良も不安だったのだ。どうやら彼女の中で御手洗先輩とは決着がついたらしい。
「星良、昨日は気を使ってくれてありがとね」
「ううん。それよりもちゃんと話し合えた?」
「うん大丈夫。蓮司とは一通り話し合えたよ」
俺たちが去った後のこと、御手洗先輩から本心を全て聞いた百地は呆れ果ててしまったらしい。
だが先輩が見放されるのも無理はないだろう。俺だって彼女の立場なら失望を感じざるを得ない。幼馴染としての関係の破綻を恐れ本心を隠し、挙句に別の女性と交際して忘れようとしたのだ。
「正直さ、今は蓮司に対してどう付き合っていけば分からない。だからしばらくは距離を置くことにしたんだ。ちょうどもうすぐ夏休みだしさ」
そう口にする彼女はどこか寂し気な雰囲気を纏っていた。
その物悲し友人を気遣い星良が支えるような言葉を掛ける。
「もしも困った事があったら言ってね。私たち友達なんだから……」
「ありがと。気の許せる友人が居て私は幸せ者だよ~」
テンション高く星良に抱き着く彼女だが、やはりその笑顔は寂しそうだった。
無理もない事だよな。ずっと長い時間を過ごした幼馴染、しかも初恋相手なんだ。
星良の前だから笑顔を浮かべているが、今の百地はまだ完全に割り切れていない。恐らくは星良も気が付いているがあえて追及しようとしないのだ。
幼馴染についての問題を抱える百地を見て、俺の脳裏には双葉の姿が刹那ちらついた。
俺の初恋の相手であり、幼い頃から一緒だった幼馴染の姿を……。
「どうかしたの誠也君?」
俺の変化を敏感に察知した星良がこちらを見つめる。
そんな彼女に何でもないと小さく笑って誤魔化す。
時折だが双葉との思い出、そしてトラウマはよぎる事はある。
だがその事で俺が過去に足踏みをする事はもうない。そんな苦い思い出など隣で星良が笑ってくれるだけで塵となって消える。
ただ百地の場合は俺のように隣で支えてくれる人が居ない。だからこそ、もうしばらくは御手洗先輩のことを嫌でも引きずってしまうだろう。
「百地、もし何かあったらすぐに相談しろよ。友達なんだからさ」
無意識にそんな言葉が俺の口から漏れ出ていた。
気を使われた百地は一瞬ポカンとしていたが、すぐに調子を取り戻しからかってくる。
「ええ~誠也君からそんな似合わないセリフが出るとは。なんだかレアな光景見た気分」
「おいどういう意味だコラ。俺だって気遣いくらいできる」
「ふふっ、そっか。じゃあいざとなったら慰めてもらおうかな~」
半笑いの状態で百地は俺に寄り添ってくる。
その光景に星良の表情がだんだんと不機嫌そうになっていく。
「もうっ、いくら友達でも人の彼氏を盗るのは禁止!」
「あははごめんねぇ~」
不機嫌そうな顔のまま、星良はすごい勢いで俺たちの間に割って入り左右に仕分ける。
そのやきもちに百地はケラケラと笑っている。どうやら失恋前の本調子を取り戻しつつあるみたいだ。
「でも星良も気を付けた方がいいよ。私はお遊びのつもりだけどさ、今私に密着されて誠也君ったら鼻の下を伸ばしていたし」
「それ本当!?」
「ちょ、誤解だ!?」
いきなり矛先を俺の方へと向けられる。
元の調子を取り戻しつつあるのはいい傾向だが、こうやって人を巻き込むのは勘弁しろ!
「デレデレしてたの誠也君?」
「いやマジでしてないって! おい百地も誤解を招くこと言うな!」
「え~してたよ。私のおっぱいが腕に触れてうししって顔してたじゃん」
「むむむむむむむ!!!」
「冤罪だッ!!」
完全に俺たちカップルで遊ぶ百地。
この時ほんの僅かだけだが、もうしばらくこいつには落ち込んでいてほしかったなんて思ってしまった。
いや、こう思っても悪くはないだろう。今だって俺に胸倉を掴んで揺さぶる星良を見てクスクス笑ってやがるんだもん。
とにもかくにも、友人が元気を取り戻していつもの日常が帰って来た……と思っていた。
だが実は百地の仕掛けたこの悪戯を切っ掛けに、星良はある企てを頭の中で立てていたのだった。




