93話 ママ友とナンパと極道
時間は雪子と南条の二人が出会う前まで遡る。
「へえ~そうなの。じゃあ遂に誠也君にも春が来たのね~」
「そうなのよ。とてもいい娘でね、息子には勿体ないぐらいよ」
お洒落な店内に雪子の楽し気な言葉が溶け込んでいく。
彼女はコーヒーを片手に自分の息子の話題で盛り上がっている真っ最中であった。
今日の夕食の買い物帰りに偶然にもママ友と出会い、時間が少しあるとの事で近くの小さな喫茶店に足を運んでいた。
「でも誠也君とは何度か直接お話ししたけどとてもいい子だったからねぇ。ガールフレンドの1人ぐらいはできても不思議じゃないわよ」
話をしているこの女性は金木陽抱。雪子のかつての同級生であり、学生時代はとても仲が良く現在でも交流のある親友だ。
茶髪のほわほわと柔らかそうな髪、柔和な笑みや態度と平均より小柄な体格、そして何より同じく高校生の息子を持つとは思えない程の若々しい容姿。お世辞抜きに二十台と言っても過言ではない。
「でも素敵な話ねぇ。かつて別れた幼馴染同士が時を経て結ばれるなんてドラマみたいだわぁ~」
「誠也も驚いていたわよ。まさか同じ高校で小学生の頃に別れてから再会するとは思ってなかったって」
「雪子の息子さんは青春してるわね~」
「そういう陽抱の息子さんはどうなの? あの子は誠也と違って気配りもできて恋人なんてすぐにできそうじゃない」
「それがねぇ、最近仲良くしている同級生の女の子が居るみたいなのよね~」
こうしてママ友と楽しいひと時を過ごし、時間も時間なので解散する事とした二人だった。しかし問題が起きたのはその喫茶店を出てからすぐの事だった。
「痛って、おい気を付けろよ」
「あ、ごめんなさい」
会計を終えて店を出ると陽抱と1人の若い男性がぶつかったのだ。
咄嗟に頭を下げる陽抱だったが、傍で見ていた雪子からすれば少々納得がいかない思いだった。
なによ、曲がり角から急に飛び出してきたのはそっちじゃない。
ぶつかった現場を隣で見ていたが、路地裏に繋がる角から彼の方がいきなり飛び出してきたのだ。
本来であれば陽抱が頭を下げる義理などないと思うが、ここで下手に言い返して反感を買うのも面倒だと思い雪子も黙っていた。
しかしこの青年は雪子の想像を遥か上回るほどの非常識な人間だった。
「へぇ……キミ中々可愛いじゃない」
「あらぁ?」
今まで不機嫌に歪んでいた相手の男が陽抱をまじまじと眺める。そしてにまりと笑いながらとんでもない事を言い出したのだ。
「ねぇキミさ、ぶつかったお詫びにちょっとお茶しようよ。ほら、すぐそこの喫茶店で」
「あらあら?」
まさかのナンパに陽抱は笑顔のまま呆然とする。
そして驚いているのは雪子もだった。悪態を吐いてくるのならまだ分かる。しかし自分と同い年、しかも高校生の息子を持つ相手にナンパなんて想像すらしなかったのだ。
とはいえ彼が陽抱を若い女性と見間違うのも無理はないだろう。なにしろ見た目は完全に二十台の若々しい女性なのだから。
「ほら行こう行こう。お詫びってことでさ」
二人揃って呆然としている中、空気の読めない男は陽抱の腕を掴もうとする。
流石にこれ以上は見過ごせないと思い雪子が間に割って入る。
「ちょっと待ちなさい。いくら何でも常識が無いと思わないの?」
「え、もしかしてこの娘のお母さん? 心配しなくてもちょっとお話しするだけですって。もうこんなに大きい娘さんに親同伴なんて子離れできなさすぎっしょ」
この馬鹿、親子じゃなくてママ友なのよ。
どうやら完全に母娘と思っているらしくヘラヘラと男は小馬鹿にしてくる。
自分の方が良識の欠けている行動を取っているのにこの言い方。温厚にすませようとしていた雪子も思わず言い返す。
「あなたこそ母親と一緒に居る娘を口説くなんて、自分が恥ずかしい行動をとっていると思わないのかしら?」
事実は異なるがあえて親友を娘として扱って雪子が諭す。
そこから大人として彼の行動を咎める。だが最初はヘラヘラとしていた男の表情が怒りに歪んでいき、そして遂には強引な手を出そうとしてきた。
「うぜぇんだよおばはん。あまり調子乗ってると痛い目みんぜ?」
「ちょ、やめなさい!」
「うるせぇ。なーにが『やめなさい』だ」
「雪子!?」
元々こんな非常識なナンパをする相手だ。自分が言い返せなくなれば手が出るのも必然であり、口うるさい雪子を強引に黙らせようとしてくる。
まさかこんな往来で手を出されるとは思わず雪子も焦り、隣で見守っていた陽抱も声を上げる。
だが手を出される直前、思わぬ援軍が二人に入る事となる。
「おい兄ちゃん。女性相手にみっともねぇ真似してんじゃねぇぞ」
「ああんっ!? 今度はどこのだ……れ……」
背後から掛けられる声に勢いよく噛み付く男だが、徐々にその声は尻すぼみとなっていく。
そこに立っていたのは如何にもな強面の男性で、威勢の良いだけの男とは別格。
「その手……離すよな?」
「は、はいいいい!?」
雪子の肩を掴んでいた手を離し一目散に男は逃げ出していく。
「もう大丈夫ですぜお二人とも」
「「は、はい。ありがとうございます」」
危機一髪の所を助けられた雪子と陽抱だが、二人は頬を引くつかせたまま、その場で乾いた笑みを浮かべる事しかできなかったのだった。




