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92話 母の怒る理由


 現在、自宅の居間では重苦しい空気と共に4人の男女が向かい合って座っていた。

 俺と星良が並んで座り、その対面上には南条さんと母さんが向かい合っている形だ。


 「そう……つまり星良ちゃんは北條組の娘さんで、この南条さんはその組の若頭さんということね」


 「はい。そういう事です……」


 母さんの口から放たれる言葉に星良は小さく頷く。


 くぅ……どうしてこんな事になっちまったんだ?


 こうなった切っ掛け、それは自宅前で母さんと一緒に居る南条さんに対し、星良は思わず声を張って怒声をぶつけてしまった事にあった。

 普通に考えれば一般の女子高生が強面の男性に噛み付くなど考えにくい。しかも南条さんも星良の事を『お嬢』と呼んでしまったこともあり、混乱する母さんから詳しい事情の説明を求められてしまった。


 星良が北條組の娘である事実、もちろんいづれは話すつもりでいた。

 だがタイミングを見計らいたかったというのが本音だ。特に星良は自分から時期を見て話したいと言っていたぐらいだし……。


 全ての事情を俺から訊き終えた後、母さんはどこか漠然とした感じで呟いた。


 「でも驚いたわ。星良ちゃんのお母さんとは交流があったけど、お父さんの方は詳しく知らなかったから。思い返せば昔どんな人か尋ねたらはぐらかされた気もするわ」


 「ごめんなさい雪子おばさん」


 「あら、どうして星良ちゃんが謝るの?」


 場の空気に耐え切れなくなったのか星良が母さんへと謝りだす。

 

 「ずっと私が組長の娘である事を隠していたから。大事な息子さんが反社側の人間と交際なんて気持ちの良くない事ですよね?」


 「なっ、そんな言い方するなよ!?」


 この発言に思わず俺の方が噛み付いてしまう。

 

 「星良が謝る事なんてない。前にも言ったじゃないかよ。君がどんな家柄だろうが関係ないって」


 そう言いながら隣の彼女を自分の元に抱き寄せる。

 そんな俺と星良のことを母さんはどこか厳しい目付きで見つめる。普段は中々見る事のない母の刺すような視線。いつもだったらこの圧に押され俺は折れていた。だが今回だけは引かずに真っ向から向き合う。


 ここだけは譲るわけにはいかない!!


 もしもここで母さんが『反社の娘と交際は許さない』などと言っても俺は聞かない。むしろ真っ向から受けて立ち何が何でも交際を許してもらう。


 「二人ともいいかしら?」


 険しい表情のまま母さんは口を開いた。


 「まず最初にこれだけは言わせてちょうだい。私はちょっと怒ってます」


 向けられるその言葉に星良はびくっと一瞬震えた。

 そんな彼女を安堵させようと、俺は星良を抱き寄せたまま反論を口にした。


 「それは、星良の親御さんが反社だから? もしそうだとしたら俺は納得なんてしない」


 「はぁ……誠也も星良ちゃんもどうして私が怒っているのかわかってないみたいね」


 呆れたように母さんは嘆息すると、近くの雑誌を丸めて俺の頭を軽く叩く。


 「いてっ」


 「私が怒っているのは星良ちゃんの親御さんが極道だった事じゃないわ。それを理由に私があなた達の交際を認めてくれない、そう思っていた事に怒っているのよ」

 

 その言葉に俺と星良は同時に母さんの顔を見た。

 先程までは険しい表情だった母さんだが、今はもういつも見慣れている穏やかなものへと変わっていた。


 「確かに星良ちゃんの家庭事情には驚いたわ。でも家柄なんて関係なく星良ちゃんが良い娘だってことは良く分かってるつもりよ。自分の息子を心から愛してくれる娘を拒む訳ないでしょうに。そこまで狭量に見えたかしら」


 「おばさん……」


 「星良ちゃんもこれからは話すべきことがあるなら遠慮せず話しなさいな。心配しなくてもあなたの言う事なら理不尽に否定なんてしない。だって未来のお嫁さんなんだからね」


 とても柔らかな笑みと共に向けられたその言葉に星良は泣いた。

 俺の胸に顔を埋めながら『ありがとうございます』を連呼する。その姿に釣られて俺だけでなく母さんまで涙腺が少し緩みそうになっていた。ここまで黙り込んでいた南条さんも心なしか表情が柔らかく崩れた気がした。


 こうして星良の家庭事情の説明という悩みの種はあっさり杞憂に終わった。

 だがこれで話が終わりではない。俺たちも二人に質問せざるを得ない事はある。


 「ところでさ、母さんはそちらの……南条さんとどういう経緯で一緒に居たの?」


 「それは私も気になります。説明してもらえるかしら南条?」


 星良は組長の娘としての凛とした顔を僅かに覗かせつつも、母さんの前であると自重して極力冷静に南条さんへと問う。

 

 「そう南条さんを睨まないの星良ちゃん。彼は私にとって恩人なんだから」


 星良を宥めつつも母さんが数十分前の出来事を語りだしたのだった。




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