86話 俺たちの関係に割り込む余地はない
極道一家、その組の長の娘からの眼光を真っ向から受けた小日向先輩は……なぜか愉悦に満ちた表情を浮かべていた。
「ああ……あの星良ちゃんがそんな顔をするなんて。殺意すら感じるその視線……なんだかゾクゾクするよぉ~」
殺意すら感じる程の圧力を前に小日向先輩は怖気など微塵も見せなかった。
突き刺さる痛いほどの視線にむしろ快感すら感じ、そして高揚した顔を星良でなく、なぜか俺へと向ける。
「清楚な学園アイドルにこんな顔をさせる。やっぱり君には人を変える〝ナニカ〟があるんだね~」
この期に及んでも彼女は俺へと興味を向ける。いや、むしろ星良の態度を機にますます俺という人間に執着心を見出したようにすら見える。
一緒に成り行きを見守っていた百地、そして御手洗先輩は薄気味悪いものを見る目で小日向先輩を眺めていた。
「あなたは……なんなんですか?」
どうやら星良としてもこのリアクションは予想外だったらしい。
強気なその顔つきに、わずかだが動揺の色が浮かびつつあった。
「そう警戒しないでよ~。私はただ、あなた達カップルと仲良くしたいだけなんだから~」
友好的なセリフとは裏腹に、その表情はどこまでも醜悪に歪んでいる。
まるで仮面のように貼り付けている笑顔のまま、彼女はジリジリと星良へと距離を縮めていく。
「ねえ星良ちゃ~ん。私もあなた達の輪の中にい・れ・て? あなた達二人と一緒なら私も人間らしい感情が学べそうなの~」
この状況でもまだ理解の範疇を超えたセリフを次々と小日向先輩はぶつけてくる。
次第に怪しげな空気が増長する彼女に星良は思わず一歩後ろへと下がる。
まるで人の形をした未知の生き物と相対している感覚に星良は襲われる。
極道一家の強面の面々相手に一切委縮しない彼女だが、この時ばかりは未知の恐怖心に駆られる。
「ち、近づかないでください」
厳しい表情を何とか維持しつつ小日向先輩を拒もうとする星良。
そんな彼女の拒絶などお構いなしに小日向先輩は悍ましい気配を纏わせ手を伸ばす。
「もう逃げなくても『そこまでにしてください』……あら~そんな怖い目で睨まないでよ~」
星良へとにじり寄る彼女を引きはがそうと、俺は二人の間に割って入っていった。
上手く隠してはいるが、星良の表情に怯えが見え始めた事を俺は敏感に察知できた。
「何度言おうが俺が先輩に靡く可能性は皆無です。恋愛がしたいなら他の人を探してください。俺の心はここに居る星良一筋なんですから」
そう言うと俺は星良を抱きしめ、見られることをお構いなしに彼女の頬にそっと口づけをする。
「ふえ!? せ、誠也君!?」
唐突過ぎる俺の行動に星良は目を白黒させる。
俺自身もこんな人前で大胆な行動を取るとは我ながら予想外だが、この振る舞いは間違いでもなかったらしい。お陰で今しがたまで、星良の抱えていた不快感や恐怖感を完全に吹き飛ばす事には成功した。
「うおっ、誠也君大胆……」
「お、おおぅ。中々見せつけるんだな」
彼女だけでなく、事の成り行きを見守っていた百地と御手洗先輩も呆気に取られていた。
そんな周囲の反応にこそばゆさを感じつつも、俺は小日向先輩へと自らの想いを突き付ける。
「俺と星良の関係に割り込むなんて許しません。あなたの要求は非常識極まりなく、そしてなにより不快で仕方ありません」
最愛の人をぎゅっと抱きしめながら、俺たちの関係を乱そうとする目の前の先輩を敵意を持って睨みつける。
そんな俺の視線をいやらしい笑みと共に受け止める小日向先輩だが、やがて諦めたかのような顔つきでこう口にする。
「どうやらこれ以上は悪印象しか与えられないみたいだね」
「そもそもの提案が悪印象全開です。前提がおかしいと気付いた方がいいと思いますよ」
「ふふ、手厳しいねぇ~。でも……ますます君が気に入っちゃったかな?」
敵意を包み隠す事もせず俺がそう言っても、彼女はまるでこたえる様子もない。
「今日はここでバイバイかな~。でも……まだ君を諦める気はないからね」
不穏なセリフを残しながら小日向先輩は俺たちの前から立ち去っていく。
だが俺の心中は決して安堵に包まれる事はなかった。
去り際に振り替える際、彼女の唇はこう告げていたのだ。
――『また今度、私といっぱいお喋りしましょ』
この先に訪れる不安を拭いたく、無意識に俺は星良をより一層強く抱きしめていた。
「あ、あの誠也君。こうして抱きしめられるのは嬉しいんだけどね……その……人目が……」
腕の中で照れくさそうな星良の声にようやくハッとなって周りを見る。
いつの間にか通行人の多くが往来で抱きしめ合う俺たちに注目し、こちらを見ながらヒソヒソと生暖かい視線を送っていた。
「最近の若い子は大胆ね~」
「けっ、リア充が。見せつけてんじゃねぇ」
好奇の目、やっかみの目、様々な視線が突き刺さっている事にようやく気付き、今更ながら俺の顔面は羞恥心で朱色に染まり出していた。
そんな俺に向けて星良がトドメの一言を告げる。
「で、でも私は嬉しいな。こんなにも大胆に愛を向けてくれてとっても幸せだよ」
その言葉に耐え切れず、俺は顔を俯かせて小さく唸り続ける事しかできなかった。
こ、こうなったのも全部あの先輩のせいだ……!?
また小日向先輩に対する悪印象がちょっと強まった瞬間だった。




