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85話 凍える怒り


 眼前で一人語りを終えると、小日向先輩は改めて俺にこう述べてきた。


 「別に真剣に愛してくれなくてもいいの。星良ちゃんの次、2番手でいいから私と付き合ってみないかな~」


 そう言いながら告白をしてくる彼女の瞳はドロリと濁っている。

 告白をしておきながら自分は2番目でいいと言っていること。そして何より底知れぬどす黒く濁っている目の色、それだけで彼女が俺を本気で愛している訳でないと明白だった。


 いや、仮に彼女の想いが本物であったとしてもだ、俺の答えは一切変わる事はない。


 「お断りさせてもらいます。俺には生涯大事にすると誓っている相手がいますので」


 俺からの返事に小日向先輩は感心したような声を上げる。

 ただ表情の方は不満そうに頬が膨らんでいる。


 「ふ~ん立派だねぇ。もしかしてその一途な性格が星良ちゃんを魅了したのかな~?」


 まるで実験動物でも見るかのような視線を無遠慮に向けてくる。

 その舐めまわすような視線に俺の嫌悪感は更に高まり、これ以上は話す事などないと言わんばかりに彼女との会話を打ち切ろうとする。


 「もういいでしょう? ハッキリ言って先輩の提案は非常識極まりないですよ」


 「おぉ~、学園3大アイドルの1人である私にそんな事を言えるなんて。そういう部分も星良ちゃんを靡かせたのかな?」


 もう話したくはないと拒まれても小日向先輩はめげる様子はない。むしろ自分に向けられる拒否態度を新鮮そうに受け入れ、更に俺に対する興味の色を濃くしてしまう始末だ。


 「これまで告白されてきた回数なんてもう憶えてないけど、フラれたのは人生初だよ。いや~……キミは本当に好奇心がそそられるねぇ~」


 そう口にする彼女の表情は恍惚な笑みを浮かべ歪む。

 

 「ねえ……星良ちゃんには内緒でいいからさ、私の為に少し時間を割いてくれないかな~」


 「いい加減に……」


 どこまでもこちらの話を聞こうとしない彼女に俺は遂に声を張り上げる直前だった。


 俺と先輩の間に1人の女性の鋭い声が差し込まれた。


 「いい加減にしたらどうですか? 誠也君をこれ以上困らせる事は許しません」


 割って入って来た凛とした声に俺と先輩は同時に振り向く。

 そこに居たのはゲームセンターから戻って来た星良。そして何故か左頬を赤く腫らした御手洗先輩だった。


 「星良……それに蓮司も……」


 友人と幼馴染の二人の登場に百地がそっと名を呟く。

 

 「二人とも随分と待たせたみたいでごめんね。ちょっと色々と問題が起きて……」


 戻りが遅くなった事を謝罪しつつ、星良は俺の隣までやって来ると手を握って来た。


 「一部始終は聞かせてもらいました。それで小日向先輩、どういうつもりなのか事情をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 「え~ちょっとそんな怖い顔しないでよ星良ちゃん。せっかくの美人さんが台無しだよ~」


 怒気を纏う星良の迫力に気圧される事もなく、小日向先輩は飄々と対応する。

 その態度は星良の表情をより一層険しさを増す。そしてまるで俺を庇うかのように前に出ると、近距離から小日向先輩を睨みつけた。

 

 「先ほども言いましたよね。一部始終は聞かせてもらいましたって。あなたが誠也君を誘惑している部分も見ていましたよ」


 「あっ、そこから見てたんだ。じゃあ誤魔化すのは無理かな~」


 まるで悪びれる様子もなくあっさりと小日向先輩は非を認めた。それどころか更にこんなセリフを続ける始末だった。


 「あっ、でも話を聞いていたならちょうどいいかな。ねえ星良ちゃん、あなたからも誠也君に私を紹介してくれない? 心配しなくても立ち位置はあなたが本妻でいいからさ~」


 この状況下で尚も倫理観の欠如した発言に俺は人間を相手している気がしなかった。


 「星良ちゃんを我が物にした誠也君に興味が尽きないんだ。星良ちゃんさえ了承してくれれば彼も納得してくれるかもしれないしさ~」


 どこまでも、どこまでも我儘な考えと押し付け。その自分勝手な態度に遂に俺の中の一線を越えてしまう。


 「アンタふざけるのは大概に……!!」


 場所も弁えず怒りに身を任せ前に出ようとすが、そんな俺を制止したのは意外にも星良だった。


 「誠也君は少し黙ってもらっていいかな?」


 「で、でも……」


 「ごめん誠也君。お願いだから今は……何も言わないで……私も余裕がないから」


 俺の中で煮えたぎっていた憤怒の想いに冷や水を浴びせられた気がした。


 何故なら激情に駆られる俺とはまるで対極、氷の様な凍て付く雰囲気が星良から発せられていたからだ。

 まるで本当に全身から冷気を放っているかのような怒り。それは周囲の温度も下げたかのような錯覚すら感じた。現に俺だけでなく、成り行きを見守る百地も御手洗先輩も顔が青ざめている。


 学園生活では決して見せない星良の一面に誰もが言葉を紡げない。


 「ねえ小日向先輩。あなたはどうやら私という人間を勘違いしてませんか?」


 「勘違い?」


 「ええそうです。普段の学園生活を送る私は基本的に温厚に振舞っています。だからその一面しか知らない先輩は私が激情に身を委ねる真似なんてできない、そう決めつけていませんか?」


 早口になりながら星良は一気に話す。

 

 そして一度言葉を区切り息継ぎをした瞬間、彼女は学園アイドルとしての仮面を剝ぎ取り、奥底に眠らせているもう1人の自分を前面に出して警告した。


 「もしも誠也君に少しでもおかしな真似をしたら……本気で私はあなたへの身の保証はできませんからね?」


 そう警告を発する彼女の目は一切笑っていない。

 普段は眠りについている極道一家の組長の娘としての本性、その牙を彼女は小日向先輩へと向けていた。


 そしてその牙を食い込まれた小日向先輩は……。


 


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