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64話 君なら安心だ!


 机を踏み越えて源五郎さんの太い両腕が俺に向かって伸ばされる。

 あの巨石の様な拳で殴られるのか、それとも首を絞められるのか、恐怖に唇はわなわな震える。


 それでも、どんな暴力を振るわれようが俺の決心は僅かも揺らがない。

 

 せめて心だけは負けぬよう、両肩を掴まれても源五郎さんから目を逸らさない。


 「大道君……」


 掴まれた両肩をギュッと握られ、いよいよ手を出されると覚悟するが……。


 「君は合格だ!!」


 「……へ?」


 それまでは鬼のごとき形相だった源五郎さんが、満面の笑みを向けてこう言ってきたのだ。そのあまりの急変ぶりに追いつけず、上手くリアクションが取れない。

 呆気に取られている俺をよそに、源五郎さんは次々と言葉を投げ掛けてくる。


 「すまないな、少し君を試させてもらったよ。本気で君が星良と一生を添い遂げる気があるか知りたくてね」


 どうやら源五郎さんは、俺と星良の交際に全否定だった訳ではなかったらしい。しかしだ、本当に自分の娘を預けるに足りえる男かを知る為、このような演技をしていたそうだ。

 

 「どうしてもこの目で確かめたかったのだ。もしも君がワシの圧力に屈し、星良との関係を続けていくことに微塵でも悩むものなら、その後どれだけ頭を下げられても交際を許しはしなかっただろう。まして、金なんて受け取っていたら今頃ワシはどうなっていたことやら」


 ガハハハッ、と豪快に笑いながら物騒なことをサラリと言われ少し顔が引きつる。とはいえ、今の源五郎さんからは拒絶の色は一切見えない。


 「あの、それじゃあ俺と星良の関係については……」


 「ああ、もちろん許すさ。むしろ君のような男が星良を貰ってくれるなら安心だ」


 心底めでたいと言わんばかりの声量と共に、バシバシと背中を叩かれる。

 正式に祝福されて気が抜けたのだろう。蓄積され続けてきた緊張は一気に抜け、思わずその場でヘタレ込んでしまった。

 

 「ん、大丈夫か?」


 「す、すいません。一気に気が抜けていって……あはは……」


 思い返せば我ながら良くあれだけ啖呵を切ったものだと感心する。

 一歩間違えれば今頃はドラム缶風呂につかって、そのまま海中の底に沈んでいたかもしれないのに。


 「無駄に怖がらせてすまなかった。仮にも娘の彼氏にする事ではなかった」


 力なく座り込む俺に対し、源五郎さんが心苦しそうにしつつ、優し気な言葉を投げ掛けてくれた。

 

 「我ながら大人げない事をしてしまったね。思い返せば幼稚な自分の振る舞いを恥じるよ」


 「いえ、それだけ娘さんを心配していた裏返しですから」


 正直かなり肝は冷やしたが、別に彼の行動を咎める気はない。

 父親である源五郎さんからすれば、娘を託すに値する男か見極めたいのも頷ける。


 「それに幼稚と言うなら俺の方こそすいません。感情的になって大声張って……」


 「あっはは、確かにな! 特に『娘をお金で諦めろなんて親のする行為ではない』って言葉は胸にしみたよ」


 「ああ、すいません! 演技だとは知らず本当に生意気なことを!」


 感情に任せた自分のセリフを再度聞かされ、申し訳なさから頭を下げる。

 

 「やめてくれ。君の怒りはもっともだ。むしろ娘の為に怒ってくれる君により好感を持てたぐらいなんだ」


 そう言いながら源五郎さんはどこか遠い目をした。

 しばし笑っていた彼は、小さく息を吐くとおもむろに過去を語りだした。


 「ワシも君ほど体裁や周囲の目にくれず賢ければ、もっと妻と過ごせる時間もあったのだろうに……」


 その言葉は自らの過去を悔いている事が分かり、俺はつい口を挟んでしまった。


 「奥さんと……何か問題があったんですか?」

 

 「問題…か…。いや、ワシが馬鹿な男であっただけ、それだけさ」


 そこから源五郎さんは己の過去について語りだした。


 若いころに源五郎さんは1人の女性に恋をした。その人物こそ、星良の母である田畑真希子(たばたまきこ)だった。

 

 「みかじめ料を貰っている店や、その付近の繁華街をパトロールしている時だった。チンピラ共に絡まれている真希子を偶然ワシが助けてな。そこからあれよあれよと接点を持ち、気が付けば夫婦になっていた」


 真希子さんとの思い出を回顧している源五郎さんは、とても楽し気な様子で俺に昔話を語ってくれた。だがひとしきり真希子さんとの回想を終えると、どこか悲し気な顔へと変わっていく。


 「ワシは真希子を愛していた。だが暴力団の組長が夫となれば問題もあった。今と違い当時は北條組に牙を向く組織や敵も多かった。何よりも世間の目もあった。だからこそワシは真希子とは籍を入れず、いわゆる事実婚だった」


 「星良から一部訊きました。父親とは別居していたと……」


 「ああ、だが今なら分かる。ワシの選択は間違っていたと……」




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