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62話 馬鹿にしないでください!!


 「それは娘さんとの交際を認める気はない、そういう意味でしょうか?」


 「先に断っておくが、ワシは君個人を嫌ってこんなことを言っている訳ではない。たとえ星良が他の男を連れて来ても同じセリフを言っていただろう」


 「どうして…でしょうか……」


 「理由は単純だ。星良はこのワシ、北條組組長の娘だからだ」


 源五郎さんは威圧感を更に増した状態で続ける。


 「ワシら北條組は表の世界で様々な事業に進出している。だがな、表の世界でどれだけ名を広めようと、北條組の根幹は裏世界の住人だ。この街の裏側を取り仕切るワシ等の世界に、今日まで表側で生き続けた君が入り込むべきではない」


 その言葉は文字通り住む世界が違うと言われている事と同じだった。

 俺が言い返そうと口を開こうとするが、源五郎さんの向ける猛獣の様な眼光が口を紡がせてしまう。


 「今でこそワシの組にちょっかいを掛ける輩も減ってはいるが、それでも北條組を目の敵にする同業者は少なくない。血と暴力の渦巻く環境にカタギの坊やを巻き込むわけにもいかないだろう。だから悪い事は言わん。星良との交際は諦め、自分と同じ平穏な世界の娘と幸せになりなさい」


 最初は脅かすような言葉をぶつけられ内心ビクついていたが、最後のセリフには思わずカチンと来てしまった。


 星良を諦めて別の女性と幸せになれ? そんな選択、俺が選ぶわけがないじゃないか!!


 納得のいかない俺は突き刺さる視線を跳ね除け、自分の意思をぶつける。


 「お言葉ですが、俺は決して生半可な覚悟で娘さんとお付き合いしている訳ではありません。少なくとも本人以外から別れを頼まれたわけでもなく、あっさりと他の女性に靡くつもりはありません」


 相手がヤクザ組織の長である事も忘れ、俺は自身の胸の内を語る。

 俺の話を聞いていくうち、源五郎さんの顔つきは次第に厳つくなりはじめる。威圧感もさらに増し、もう俺の内心は冷や汗が止まらない。


 それでも、俺には星良以外の女性と添い遂げる気など皆無だ。


 「お願いですお父さん。どうか、娘さんとの交際を認めてください!」


 持てる限りの熱意と共に俺は土下座して交際を許して欲しいと願う。

 

 しかし返って来たのは明確な〝敵意〟だった。


 「小僧……あまりいい気になるんじゃないぞ」


 それまで穏やかだった口調は一変し、ドスの利いた声が放たれた。

 

 「こちらが穏便に言っていれば付け上がりおって。ハッキリ言わなければいけないか?」


 太く濁ったその声は俺の耳に何度も反響し、まるで心臓を鷲掴みにされたかのようであった。

 

 「大事に育ててきた愛娘を、どうしてどこの馬の骨とも分からぬ小僧にくれてやらねばいかんのだ? 先程までの表の世界だの、裏の世界だの、そんなものは建前だ。ワシは純粋に、ろくに知りもしない男に娘を渡したくない、ただそれだけだ」


 そう言いながら源五郎さんは一度席を立つと、近くの机の上に置いてあった重箱を手に取り、それを俺に持ってくると蓋を開いた。

 開かれた箱の中には、帯で纏められた万札がぎっしり詰まっていた。


 「なんの…つもりですか…?」


 ドラマでしか見たことのない大金にたじろぎつつ、源五郎さんは金の入った重箱を俺の方に押し出す。


 「ワシだってただで別れろとは言わん。それなりの誠意は見せてやるつもりだ」


 「この金をやるから星良と別れろ、そう言いたいんですか?」


 「そうだ。金額にして一千万ある。一生働かずに暮らせる額ではないが、それでも1人の女性と別れるだけと考えるなら破格の譲歩のはずだろう?」


 破格……確かに一般高校生の小遣いとしてなら破格なのかもしれない。


 だが……星良との交際を切る為として考えれば、まるで釣り合ってなどいない!


 「このお金は受け取れません」


 「ほう、中々に強欲な坊やだな。いいだろう、なら倍の金額を用意してや……」


 「金額の問題じゃないんですよ!」


 まるで的外れな提案に俺の中の怒りは爆発した。

 相手が極道一家の長という事も忘れ、机を叩きながら身を乗り出す。


 「俺が星良と付き合ったのは、彼女が北條家の様な大きな家の娘だからじゃないんです! あの娘が好きだから、あの娘を愛しているから交際しているんです! いくらお金を積まれても俺は絶対に靡いたりしません! それに源五郎さんだって失礼だと思わないんですか! 自分の娘をお金で諦めろだなんて、そんなの親が娘にする行為ではないと思います!!」


 言った、言ってしまった、我慢できなかった。

 一般人の小僧っ子が、ヤクザ組織のトップに説教など許される訳もない。


 ああ、マジで殺されるかもな。でも……馬鹿なことだとしても、黙ってなんていられるかよ。


 俺が身の程知らずな啖呵を吠え終わって、しばし無言の時間が続いた。

 やがて源五郎さんはくわっと目を見開くと、その場から勢いよく立ち上がって俺に手を伸ばしてきた。




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