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60話 北條組


 日も沈んで空も黒ずみ、街灯の光に照らされながら俺と星良は夜の道を歩いていた。

 

 「すっかり遅い時間になってしまったな。恋人同士とはいえ長時間も娘を連れまわして、星良のお父さんや組の人達も、君の帰りが遅くて不安がってないかな?」


 「それは大丈夫だよ。今日に限らず、緊急時には組に一報を入れる約束もしてるから。それに今日のデートは遅くなるかもしれないってお父さんにも事前に話してあるし」


 「そっか、あ……もしかしてあれが星良の暮らしている……」


 「うん。ここが私の住んでいる北條組だよ」


 時間も遅くなったということで、俺は家まで星良を送り届けていた。

 流石にこんな遅い時間帯、暗い夜道を彼女一人で見送るのは不安もある。


 それに俺は星良の暮らしている北條組の詳しい場所を未だに知らなかった。

 今後の人生も星良との関係を続けていくつもりなのだ。彼女の実家の場所ぐらい知っておくべきだとも思い、彼女の案内の元、北條組の屋敷の前までやって来た。


 「すげぇ……めちゃくちゃデカい屋敷だな」


 事前に星良からそれなりに大きな屋敷で暮らしていると聞いていたが、実物を前にして自分の想像を上回る日本家屋だった。さらに屋敷の周りは高い塀でぐるっとかなりの範囲を囲まれており、しかも入口の巨大な門には監視カメラが目を光らせている。

 一般人とは比較にならないほどの、巨大でセキュリティの高い住処に言葉を失っていると、内側から門がゆっくりと開いた。


 「お帰りなさいませお嬢」


 門を開いて出てきた人物は南条さんだった。

 門前のカメラで星良の帰宅を確認したのだろうか、到着してすぐに出て来て驚いていると、彼は俺にまで深々と頭を下げてきた。


 「お久しぶりです大道さん」

 

 「あ、はい。その、お久しぶりです」


 強面の男性に丁重な態度で出迎えられ、俺も思わず同じくらい深く頭を下げていた。

 そんな俺たちのやり取りを隣で見ていた星良はクスッと笑い、どこか楽し気な様子で南条さんにこう言った。


 「もう南条ったら表情が硬すぎるわ。そんな顔で丁重な態度で接しても、かえって誠也君を困らせるだけよ」


 「すいません。どうにも仏頂面が抜けなくて」


 「いえ全然思ってませんから! 星良も明らかにわざとだろ!?」


 どう考えても俺の反応を面白がっている恋人に抗議の目を向けるが、こういう時の彼女は決まって幼いころ見せた、悪戯っ子の笑みで誤魔化す。


 南条さんはそんな俺と星良のやり取りをしばし眺め、一段落ついたタイミングを見計らい話しかけてきた。


 「お嬢のこの反応を見れば分かります。大道さんは今日一日、お嬢を心から喜ばせてくれたんですね。若頭として心からの感謝を」


 「いえ、やめてください。それに俺の方こそ星良と過ごした今日の時間、彼女には何度も喜びを分け与えられた身です」


 「も、もう誠也君ったら!」


 南条さんは真面目な顔で礼を述べた。

 この人の誠意ある態度から、本当に星良のことを大事に考えている事が良くわかる。だから俺もおふざけなどなく、自分の本心をぶつけていた。隣で俺の言葉を聴いていた星良は恥ずかしがっていたが。


 「それじゃあ、俺はこのまま帰ります。じゃあ星良、明日もまた学校で」


 「うん。明日もちゃんと迎えに行くからね。先に一人で登校したら嫌だからね」


 彼女の言葉に頷きつつ、屋敷に背を向け自分の家に帰ろうする。

 だが俺が背を向けた直後、南条さんが引き留めてきた。


 「少し待ってくれますか大道さん? 実はあなたには少しお願いがございまして」


 「お願い…ですか……」


 「はい。実はお嬢の出迎えに出る際、自分は親父から、つまりお嬢の父君からある指示を出されました。その指示とは、あなたを屋敷の中にお通しして、自分の元まで連れて来いと」


 心臓がドクンッと大きく跳ねる。


 いずれは直接話をする機会があるとは思っていた。しかしまさか、こんな急にその時が訪れるとは予想もしなかったのだ。


 星良のお父さんが……俺を呼んでいる……。


 思考が上手く整理できず、返事を濁してしまう。

 そんな俺とは対照的に、星良はこの指示に異議を唱えていた。


 「そんな、いくらなんでも急すぎるわ。いきなりお父さんと対面だなんて」


 「ですが遅かれ早かれ、大道さんには組長と顔合わせをしてもらう予定でした」


 「それは私も理解しているわ。私が言っているのは、こんな心の準備もさせずに顔合わせなんて非常識じゃないかって言ってるの」


 つい先ほどまでは天真爛漫な振る舞いを見せていた星良だが、今は厳しい顔で南条さんを睨みつけていた。

 それに負けず劣らず、南条さんも険しさを宿した表情で切り返す。


 「お嬢、我々は極道一家です。この程度で非常識だと言って尻込みする男性を親父が交際相手として認めるとでも?」


 「それは……」


 「組長の娘さんを貰おうなんて生半可な男には務まりません。ここで下手に庇い建てしても、親父の大道さんへの心象を悪くしかねないかと」


 その言葉に星良は反論を見いだせず、悔し気に唇を噛む。

 だが俺は南条さんの言っている言葉に内心で同意していた。


 そうだよな。大事な娘さんを貰おうとしてるんだ。父親なら、愛娘の相手がどんな男か気になるよな。


 動揺していた心は沈静し、俺は一歩踏み出してこう言っていた。


 「分かりました。俺、今から星良のお父さんに会います。いえ、どうか会わせてください」




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