42話 星良VS双葉
「さて……そろそろ寝ようかしら。夜更かしは美容の天敵ってね」
ひとしきり誠也の写真を眺めながら、明日以降の精神的に衰弱していく彼を思い浮かべ楽しんでいると、いつの間にか就寝前となっていた。
私は就寝前、帰宅後の入浴とは別に、必ず軽くシャワーを浴びてから床に就く習慣がある。
いつもどおり全身を暖かなお湯に打たせ、気持ちをリフレッシュしようと部屋を出る。
だが私が部屋の扉に手をかけると同時だった。ベッドの上で充電しているスマホが鳴り出した。
はぁ……めんどくさいな……。
大方、中島先輩が私に連絡でも入れてきたんだろう。
電子音を奏でるスマホを冷めた目で眺めつつ、私は疲れたようにため息交を吐き出す。
「マジでめんどくさいんだけど」
どうせあの身の程知らずの馬鹿な男の事だ、この機に乗じて私と距離を縮めたいと邪な考えを堪えきれなかったのだろう。
あんな男、私にとっては傀儡以外の何物でもない。だがあの猿の視点からすれば、頼りにされている認識なのだろう。
「猿猴が月を取る……ふふ、まさにコイツに相応しいことわざね」
我ながら上手い言葉が出たことで気が良くでもなったのだろうか、私は無視することなくスマホを手に取って通話ボタンを押そうとする。
だが画面に表示された番号は先輩のものでなく、他の人物からの番号だった。
「この番号……」
表示された番号は見知らぬ番号で、一瞬だけ怪訝な顔になる。
だがよくよく記憶を掘り返してみれば、この番号には憶えがある。
この番号って北條の携帯番号じゃない……。
スマホは機種変更したが、昔の友人や知人など、知り合いの番号は引き継ぎしている。その中で、小学生時代に番号を交換していた彼女の番号もまた、私のスマホの中には引き継がれている。
「……一体どういうつもりよ?」
鳴りやむ気配のないスマホを睨みつつ、私の口からは疑念の籠った言葉が漏れ出た。
小学生時代、彼女が転校してからしばしの間は連絡を取り合っていた時期はあった。だが中学へ上がるにつれ、連絡を取り合う機会は減っていき、高校生からは一度も連絡を取り合ったためしはない。
もっと言えばだ、今の北條星良は私にとって憎き泥棒猫でしかない。
「チッ……」
できる事ならあんな女と会話なんてしたくない、それが私の本音ではある。
だがこのタイミングでの連絡、間違いなく今日の昼間、中島先輩達が誠也を襲った事への言及についてだろう。
流石にここでシカトは不味いかしらね。
ここで露骨な無視を決め込めば、明日は学校で私を問い詰めてきかねない。
数時間前の中島先輩とのメッセージやり取りを見る限り、誠也には脅しをかけて相談できない状況を作り出したと報告があった。当然だが私の指示だという事も漏らしてはいない。
無論、スマホのメッセージもすぐに消去している。当然、中島先輩達にもメッセージは即時破棄するように指示を出し、備えは万全だ。
「いいわ北條、受けてたとうじゃない」
画面の向こうに居る北條の狙いを警戒しつつ、私は通話ボタンをタップした。
◇◇◇
「良かったんですかお嬢? あいつ等を解放しちまって」
護衛に残った構成員の1人が、どこか不安気な顔で私に問いかけてきた。
「もう少し丁寧に教育した方が良かったんじゃ……。下手をしたら今日の事、あのガキ共、親に相談したりするんじゃ」
「それはダメよ。目立つ傷を残しては私たちの立場、引いては誠也君にまで迷惑が被る可能性があるのだから。それに……彼らに反抗心なんて一ミリもありはしないわ」
「まぁそうですね。それに南条さんが送っていくなら大丈夫ですかね」
中島先輩達から洗いざらい情報を吐き出させた後、私は彼等を解放した。被害に遭った中島先輩の肩は手慣れている南条にはめ直してもらい、それ以上の危害は結局加えなかった。
元々、私の狙いは真実の暴露、そして二度と誠也君に馬鹿な真似をさせないために恐怖で縛る事であり、必要以上に彼等を痛ぶる気などなかった。中島先輩の肩を外したのも、真実を確実に暴露させるためで、尚且つ、南条なら簡単にはめ直せると知っていたうえで行った。
この一件が外部に漏れる心配もないだろう。
南条に頼んで、こちらに委縮した有象無象共の拘束を解いたのち、自宅付近まで彼等を送り届けるように指示を出した。勿論、先輩達には今日の夜の出来事については、墓の下まで隠し通すように〝説得〟した。
あの壊れた人形に様に揃って首を上下に振っていた姿を見る限り、誰も今日の出来事を口外する事はないだろう。
だが結局、私は極道としての力を行使してしまった。
もしかしたら、集団で誠也君を襲った連中と同罪なのかもしれない。
その時、私の頭の中では、誠也君があの日に言った言葉が蘇る。
――『俺の為に星良にはやっぱり汚れてほしくないよ』
ズキリッ……胸が痛んだ気がした。いや、気ではなく痛んだのだ。
ごめんね誠也君。きっとこんなやり方、あなたは望んでいないよね。
それが分かっていながらも、私には我慢ができなかった。
1秒でも早く彼にとびかかる火の粉を払ってあげたかった。
だがこれで円満解決、とはまだ言えない。
肝心の黒幕はまだ、誠也君を苦しめようと目論み続けているのだから。
「……まさか、友達じゃなく〝敵〟として話すことになるなんてね……」
スマホを取り出し、私はある番号に連絡を入れた。
『はいもしもし。一体何の用なのかしら?』
しばし呼び鈴が鳴り響いたその後、かつては友人であり、幼馴染であった彼女がスピーカーを通して返事をしたのだった。




