36話 虎の尾を踏んだんだよ(南条視点)
中島達と別れた2年のサッカー部員の1人、伊豆大生は帰路についていた。
「うわっ、もうすっかり遅くなっちまったな」
サッカー部の練習終わり、すっかり日も沈みかけて辺りは薄暗くなっていた。
普段であれば練習終わり、まだ明るいうちに自宅に到着しているのだが、練習終わりに俺たちは明日の予定について盛り上がり、すっかり時間を忘れてしまっていた。
俺たちが話していた予定、それはサッカー関連のことでない。
三日月ちゃんを傷つけた忌々しい1年の大道誠也の制裁方法についてだ。
色々と話し合った結果、明日は精神的な嫌がらせを決行する事となった。具体的には下駄箱や私物など、人目がない場所への嫌がらせ行為だ。本当なら教室の机などにも色々としたいが、流石に1年のクラスに乗り込み嫌がらせを働くのはリスクがある。
とはいえだ、自分の知らぬ場所で嫌がらせを受け続ける、これはかなり精神を追い込めるはずだ。
「それにしても大道のヤツ、マジで学校辞めるんじゃねぇのか?」
俺は思わずくつくつと笑い声を出していた。
そもそもがおかしかったんだよ。あんな地味で陰キャそうなモブが、あんな可愛らしい後輩から愛されるだなんて。それどころかあっさり他の女に乗り換えて、マジで身の程知らずにもほどがあんだろ。
思い返せば屋上でもそうだ。ヤツに制裁行為を働いていると、助けに入って来たのは1年のアイドルと呼ばれている北條星良ちゃんだった。
三日月ちゃんといい、北條ちゃんといい、何であんな地味そうな男が美少女に好かれんだよ!?
最初は昼休みの誠也の無様な姿を思い返し上機嫌だった伊豆だが、次第に彼が可愛い女子に好かれている事実に苛立ちが増す。
「よーし、明日は朝練よりも早く登校して、大道の下駄箱を念入りにコーディネートしてやるよ」
「へえ、誰の下駄箱をコーディネートするって?」
「え?」
独り言で言ったはずの言葉に何故か返事が来た。
一体いつからいたのだろう。気が付けば俺は黒スーツを来た怪しげな男共に囲まれていた。
「え、な、なんですかあなた達?」
明らかに堅気とは思えない風体の連中は少しずつ詰め寄り、まるで俺をどこにも逃がさぬように取り囲みだす。
何故こんな状況に自分が立たされているのか理解はできないが、それでも身の危険には違いない。俺は大声を出して近隣住人に助けを求めようとしたが……。
「おっと、悪いが大人しく付いてきてもらうぜ」
俺が叫び出すよりも早く、猿轡をされて声を封じられてしまう。
そのまま流れるように、男達は近くに停車されている黒塗りのバンに俺を押し込む。
「んー!? んんー!?」
「おい、連れてけ」
リーダーと思しき男がそう指示を出すと、他の連中は無言で頷きそのまま俺を乗せ、バンを出してしまう。
バンの中で目隠しまでされ、俺は視界も声も奪われたまま、行先も分からず連れ去られてしまった。
◇◇◇
「さて、こっちも連絡しねぇとな」
部下たちと一緒に標的を拉致したその後、助手席に座った俺はある人に連絡を入れていた。
スマホで連絡を入れると、5秒もしないうちに繋がった。どうやらずっとスマホを傍に置いて、俺からの連絡を待ち続けていたらしい。
『もしも……』
『もしもし南条? 予定通り事は進んだのかしら?』
通話に出ると同時、俺が言い切るよりも先にスマホ越しから作業確認をされた。
相当にご立腹なのだろう。彼女は怒ったとき、食い気味で話をしてくる癖がある。
まぁ、電話越しの彼女――お嬢が怒髪天だというのは分かりきっていた。
学校が終わり組に戻って来た時、お嬢の表情は目に見えて憤怒に染まっていた。出迎えに出てその表情を見た瞬間、俺は彼女の怒りの根源を瞬時に悟る。
こりゃ間違いなくお嬢の彼氏さんに何かあったのだろう。
ハッキリ言ってお嬢はあまりにも優しすぎる。ごく最近までは、この極道の世界には向いていないと俺を含め舎弟も全員がそう思っていた。
組長の奥さんが亡くなったその後、北條家に引き取られこそしたが、果たして自分たちの様な荒くれ者に囲まれやっていけるか不安だった。
だが最愛の人へ危害が加わるとき、彼女の瞳は組長と同じ獰猛な〝獣〟の瞳となる。
思い返せば親父もそうだった。
今は亡き姐さん、そして幼かったお嬢に火の粉がかかるまいとあえて別居し、彼女が裏の世界に巻き込まれぬように親父は手配していた。
今ではこの街で北條組に噛み付く狂犬は消え去ったが、一昔前まではウチに牙をむく駄犬はそれなりにいた。そんな連中がウチの弱みを握ろうと、姐さんやお嬢に目をつけただけで、親父はその無法者どもを〝処理〟してきた。
大事な人を護るためならば修羅と化す、そんな父親の姿をお嬢は見事に受け継いでいた。
「ちょっかいを出す相手が悪かったなガキ共。お前等が踏んだのは普段は大人しい猫だが、場合によっては虎へと変貌してしまう、二面性を秘めた生き物の尾を踏んでしまったんだよ」
俺の憐れみを含んだ言葉に、荷台で転がっているクソガキはただ震える事しかできないでいた。




