105話 若頭からの鍛錬
星良の実家である北條組は巨大極道組織。広大な敷地内には大きな家屋が連なっていおり、その内の一画には組員達の鍛錬場も設立されている。
北條組は任侠を重んじる極道集団であり、彼等は物事を解決する為には時として力を必要とする場面は多々ある。その為に北條組の中には鍛錬の為の道場もあるのだ。
「ぐばっ!?」
そんな組員達が日頃鍛えあげる道場の畳の上で、誠也は苦悶の声と共に無様に転がっていた。
道場着を纏った彼はもう全身が汗だくで、畳の上で仰向けになりながら必死に呼吸を整えようとする。
「そろそろ終了にしますか誠也さん?」
同じく道場着を纏った南条が畳の上で転がっている誠也に気遣いの言葉を投げる。
もう満身創痍の誠也とは対極に彼は至って平然としている。呼吸の乱れすらない。
「いえ……あと少しだけお願いします」
「いい心構えです。根性面は合格ですね」
フラフラの状態に活を入れて誠也は起き上がる。
どうして彼が北條組で指導を受けているのか、その理由は誠也自身が望んだことだからだ。
数日前のデートで晒した自らの情けなさ。それ以上にいざという事態に大切な人を護れない己の弱さが許せなかった。
そこで星良を経由して北條組の南条さんに特訓を付けてもらうように頼んだのだ。
最初は誠也のこの頼みを星良は強く拒んだ。
巨大な極道組織の若頭である南条さんは部下への指導は厳しい。例え誠也相手でも特訓とあれば手を抜かないと星良は知っていたのだ。
だがそんな彼女を押し切り、誠也は南条さんに鍛錬を付けてもらう事を認めてもらえた。
――『指導とあれば誠也さん相手でも手心は加えません。それでも構いませんか?』
そう告げながら垣間見せる南条さんの表情は見慣れた気さくなものでなく、極道組織の若頭としての修羅の顔だった。
その圧力に思わず足が竦んだ。それでも星良に相応しい男に成長する意思が勝り、誠也は弱音を押し殺し彼に鍛えてもらう道を選んだ。
「はああああああッ!!」
雄叫びと共にせめて一矢報いようとする誠也。
残る力を全て注いで南条へと向かっていく彼だが、相手は武道派極道のトップに立つ人間。気合だけで向かってくる相手など敵ですらない。
「ふんっ!」
誠也の伸ばした手を躱し逆に腕を取る。
そして宣告通り一切容赦のない背負い投げをされてしまった。
「がはッ!?」
受け身も取れず誠也は背中から叩きつけられてしまう。
強烈な衝撃と痛みに意識が混濁し、肺の中の空気を吐き出すと同時に意識は闇に沈んでいった。
◇◇◇
「少しやりすぎてしまったか?」
完全に意識を手放した誠也さんを見て大人げなかったかと反省する。
とはいえだ、事前に手加減はできないと警告は入れていた。その上で誠也さんは自分に鍛錬を頼んだ以上、過剰な振る舞いとも思わなかった。
とにかくいつまでも転がしておくわけにはいかない。
道場の端まで運んで安静にさせようとするが、そこへ1人の人物が道場内へとやって来た。
「誠也君お疲れ様。もうそろそろ休憩に……あぁぁぁぁぁッ!?」
誠也さんの様子を伺いに来たお嬢が道場へとやって来た。だが床に倒れている誠也さんを見るなり気が動転し始める。
「せせ、誠也君大丈夫!?」
持って来ていたタオルや飲料水のペットボトルをその場に落とし、お嬢は青ざめた表情でこちらへと駆け寄って来た。
慌てふためくお嬢をひとまず冷静にさせようと口を開こうとするが、俺が言葉を発するよりも早くお嬢がこちらへと噛みつき出す。
「ちょっと南条、これはどういう事なの!?」
「落ち着いてください。誠也さんは少し気を失っているだけです。取り立てて外傷などはありませんので」
「ちょっと気を失っているだけ!? あなたは加減というものを知らないの!! 素人の誠也君を気絶させるまで痛めつけて!!」
まるで親の敵でも見るような非難の眼を向けられる。
しかし、自らがこのような状態になる事を覚悟のうえで誠也さんは自分に指導を求めたのだ。ならば生意気覚悟の上で毅然と言い返さなければならない。
「お嬢、たしかに少々誠也さんにはご無理をさせたのかもしれません。しかし、自分は最初に誠也さんへ忠告しました。いくらお嬢の彼氏さんと言えど、鍛錬を付けるならば容赦はしないと。その事を了承した上で彼は私に指導を求めたのです」
「でもここまで追い込まなくても……」
「生半可な鍛え方など誠也さんは望んでいません。その証拠に鍛錬中、どれだけ苦痛を伴っても彼は一度として弱音を吐きませんでした」
そう、何度畳に叩きつけられても彼は泣き言など言わなかった。
本気で強くなりたい、その信念を瞳に宿す彼に対し、生半可なトレーニングなど北條組の若頭として許せるわけもなかった。
「誠也さんはお嬢の為に必死に強くなろうと努力しています。お嬢も本当に彼を想うなら支えてあげてください。そして目を覚ました時、一番に励ましてあげてください」
普段は決してお嬢に反論などしないが、今回ばかりは誠也さんの男気を護る為にも意見した。
その言葉にお嬢も完全に納得した訳ではないのだろうが、必死に強くなろうと努力する誠也さんの気持ちを優先したのだろう。それ以上のお咎めは特になかった。
「……正直あなたの言う事も一理あるわ。でも流石に今日はここまでよ」
「分かっています。自分はこの後も組の雑務があります。申し訳ありませんがお嬢、誠也さんはお任せしてもよろしいでしょうか?」
「言われなくてもそのつもりよ」
もう行きなさいと手でジェスチャーするお嬢に頭を下げ、俺は先にこの場を後にする。そして道場には誠也さんとお嬢の二人だけが取り残された。




