106話 鍛錬後のシャワー室で……
「ん……んん……」
闇の中に沈んでいた俺の意識がゆっくりと浮上していく。
あれ……俺……何してたんだっけ?
未だに意識が半覚醒状態の中、重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。
「あっ、起きた誠也君?」
「星良……え、何で俺はこんな状態になってるの?」
目を開けると俺の視界に入って来たのは不安げな星良の顔だった。間近に映り込む彼女の顔、そして後頭部の柔らかな感触から自分が膝枕をされている事に気付く。
彼女からの膝枕という嬉しいシチュエーションに戸惑っていると、次第に意識が途切れる直前の記憶が蘇る。
「あ……思い出した。南条さんに鍛錬つけてもらっていたんだっけ……」
強烈な背負い投げをされる直前でプツリと途切れた俺の記憶が鮮明となる。
そこから連動して鍛錬中の一方的にしごかれた記憶も細々とぶり返ってきた。
「いや~……マジで情けなかったな俺……」
素人ながらも必死に喰らい付こうとしたが、蓋を開ければ完全に大人と子供のような一方的な展開だった。いや、別段素人同然の俺が南条さんに一矢報いる程の大健闘ができるとは思っていない。だが何も残せず気絶した事実が恥ずかしかった。
俺が自分の貧弱ぶりを嘆くが、逆に星良は腹を立てるように南条さんへと不満を吐露する。
「私からすれば南条は容赦がなさすぎるよ。普通は素人相手にここまでしごくなんて考えられない」
「いや、南条さんは何一つ間違った事はしてないよ。徹底的に鍛えて欲しいと頼んだのは俺の方なんだからさ。だから星良もあまりあの人のことを責めないでくれ」
「む~……誠也君は少し甘すぎるよ」
ぷりぷりと怒る星良だが、ひとまずはこの場に居ない南条さんへの怒りを引っ込めてくれる。
そして今更ながらに星良に介抱されている現状を思い出し、様子を見てくれた彼女に礼を言っておく。
「星良も起きるまで傍に居てくれてありがとうな」
「恋人として当然だよ」
「よいしょっとぉ……ん?」
まだ疲労が残留している体に鞭を打って起き上がると、すぐに自分の汗の臭いに気付いた。
「うわっ、今の俺めちゃくちゃ汗臭いな。ごめん星良、服に臭いとか移ってないか?」
乾いた汗の独特な臭いに我ながらしかめっ面となる。
同時にこんな鼻腔を刺激する臭いを放つ自分のことを星良はずっと膝枕していた。もしかしたら不快な思いをさせたのではないかと不安になるが、むしろ星良は頬を緩ませて笑みを浮かべ答える。
「全然変な臭いなんてしないよ。むしろ……頑張った誠也君の匂いに包まれて凄く落ち着いたかも♡」
「そ、そうか。喜んでもいいのかなそれは……」
恍惚な笑みと共に言われた恋人からの危ないセリフに返事が詰まる。
とはいえだ、いくら星良が気にしないと言ってもやはり臭う。ハッキリ言ってしまえば自分が臭くて仕方がない。
「家に帰る前にちょっと臭いを落としたいな……」
「あっ、それなら道場の横にシャワー室があるから使っていいよ」
「ん、それじゃあお言葉に甘えようかな」
「それじゃあついてきて。場所を案内するから」
道場を出て星良の案内の元、俺はシャワー室までやって来た。
俺が汗を流す間、星良はタオルを持ってくると言ってその場を後にする。
「ふぃ~……やっぱり運動後のシャワーって気持ちいいな~」
南条さんとの鍛錬……まぁ実際はほぼ叩きのめされただけだが。それでも乾いてベタベタした汗を温水で流し快感に包まれる。
思い返せばここまで体を酷使したのは久しぶりかもしれない。体育の時間以上に肉体に疲労と痛みがまだセットで残っているが、それもまたなんだか気持ちよかった。
俺がシャワー室で汗を流してしばらくすると、扉の向こう側から星良の声が聴こえてきた。
「誠也君~タオル持ってきたよ」
「おっ、ありがと。じゃあ扉の前に置いてくれる?」
「うん分かった。それじゃあタオルはここに置くね」
扉越しにやり取りを星良と交わす。
あともう少し温水に打たれてから出ようと考えていた時だった。
シャワー室の扉がガラリと開く音が聴こえてきた。
え……何でこのタイミングで扉が開く音が聴こえるんだよ? まだ俺が居るのに……。
「えへへ……せっかくだし私も一緒にシャワー浴びようかな?」
混乱する俺を置いてけぼりに、星良の弾んだ声が〝浴室内〟に響いたのだった。




