第九話「多々良サナ」
秋らしい秋は短く、もう虫の鳴き声は聞こえない。11月に入るとめっきり寒くなった。
その頃には素灰田会長も回復して生徒会室で会うようになった。腕を失くした分は花輪書記がフォローしている。彼女達の関係は少し羨ましくも思えた。私はそこまで他の人と深く付き合えない。今まではそれでいいと思ってたのに。
だからだろうか、サナが休日山に写真を撮りに行くから付き合ってほしいという誘いに二つ返事で了承した。
「えっ本当に? リンコちゃんのことだからてっきり別にいいとか興味ないとか言うと思った~」
「サナは私を何だと思っているの?」
「親友! でも最近は生徒会の方で忙しくて疲れてると思ってたから、あっ、無理なら無理でいいんだからね」
「いいよ。私だって生徒会ばかりやってられない。息抜きがほしい」
「なら決まりだね! 楽しみだなぁ」
最近はサナが作り笑顔なのか本当に笑っているのかの判別がつくようになった。今回は後者だ。すると私も少しだけ嬉しくなった。
本当に、息抜きが必要だ。一人になるとヨハネ先輩や人形遣いのことばかり考えてしまう。どうにもならないことをどうにかしようとしても、嫌な気分になるだけだ。たまには忘れたって罰は当たらない、よね?
約束の日が来た。私が相変わらず遅くに起きるとサナが弁当を二つ作って待っていた。外で食べるのだという。今度こそ、ハイキングらしいハイキングになりそうだ。
私達は一緒に寮を出て学園の裏山へと向かった。サナはやはりツインテールにしていたが最近短く切っていた。一方私は髪を伸ばしている。深い理由はない。結構重装備のサナに対し私は身一つだった。代わりに警戒する。いつでもガトリングを撃てるようにして。
思い出されるのは液体金属の宇宙人だ。山にああいうのが潜んでもいないとも限らない。私がサナを守る……と気を張っていたが、今日は鹿にも猪にも出くわさなかった。
道中鳥を見かける度サナはカメラに収めた。バードウォッチングが今月の写真部のテーマらしい。ただサナはその辺の山の木とかも撮っていた。ちょうど紅葉の時期で流石の私も自然の美しさを感じていた。
時々サナは振り返って自然の中に私の姿を収めた。不意打ちのシャッターに私は軽く怒ってみせるが、サナはごめんごめんと思ってもいないことを口にしながらけらけら笑うだけだった。次第に呆れて私も何も言わなくなった。
太陽が真上に昇った頃合いにサナは山の中腹でリュックを下ろし、シートを地面に敷くと弁当を取り出した。私の料理は壊滅的なので基本的にサナが全部作っている。スプーンを受け取ろうという時、サナの奴、弁当の中身を掬ってそれごと差しだしてきた。あーんと言って。仕方なく口を開ける。
「どう、お味は?」
「……いつも通りかな」
「えー、そこはおいしいって言ってよ~」
「いつも美味しい」
「よろしい」
サナは胸を張っている。実際のところいつもより美味く感じられた。彼女の気合が入っていたのか、外の空気が美味しいからか。やっとスプーンを受け取ると自分のペースで食べた。
空になった箱とシートをまたリュックに仕舞って、サナは山を下り始めた。もういいのかと私は声を掛ける。
「あっ、今日は街でも海でも撮ろうかなと思って」
「それはちょっと……欲張りなんじゃない?」
「貪欲に生きよう! がモットーだよ。島の全てを撮っておきたいんだ、私。はいチーズ」
またサナは私を撮った。その出来栄えを確認して、彼女は喜んでみせる。
「今の顔は良かったよ~リンコちゃん、すごく自然体だった」
「そう」
やれやれと私は肩を竦めた。どんな風に映っているのやら。
休日の街は活気があった。中等部から大学まで、暇を持て余した生徒達で溢れかえっている。中にはカップルもいた。そういう客相手に、商店街の面々も売り文句に熱が入る。
山から下りてきてすぐ疲れたから休憩しようとサナは言い出した。そういうわけで前に来たカフェの屋外席に座り込む。サナは時折ティーカップに口を付けつつ、そこから道行く人を撮っていた。
「人間なんか撮って楽しい?」
ふと私は質問してみた。サナは何もわかってないなぁリンコちゃんはと小生意気に言う。
「人はいろんな顔を持っているから見飽きないよ。被写体としては素晴らしいんだよね」
「それってイケメンとか、ブサイクってこと?」
「あはは、全然違うよリンコちゃん」
サナは腹を抱えて笑う。ギャグセンスがあるとまで言われてしまった。少し腹立つ、が私は平静さを装う。
だが崩れる。私の見えすぎる目が人ごみの中に井戸校長の姿を捉えてしまって。
「校長が……なんでこんなところに」
「えっ校長先生?」
「ごめんサナ、私ちょっと見てくる」
コーヒーを一気に飲み干して私は席を立った。
素灰田会長はかつて言っていた。あの恰幅のいい老校長こそ人形遣いではないのかと。私は目が離せなくなる。
「待ってリンコちゃん!」
サナの声が後ろから聞こえた。でもそれより校長の行方が気になる。あいつは何食わぬ顔で道端を歩いている。
こっそりつけるつもりだったが、突然校長が振り返った。人混みに紛れているが見られたかもしれないと思うと緊張した。そしてそれに気を取られすぎていて、人とぶつかってしまった。
「我藤さん、歩く時は前を見たまえ。危ないよ」
「すみません……って」
その声、その顔はドクだった。今日は白衣じゃないが彼に間違いない。急な遭遇に面食らってしまう。その間にサナが追い付いてきた。
「もうリンコちゃん、先行かないで……あっこんにちはドク」
「おや多々良さんも一緒なのかい。そういえば君達はルームメイトだったよね。休みの日にお出かけかい?」
「はい、リンコちゃんに付き合ってもらってるんです。なのに急に飛び出して」
「それは良くないな我藤さん。君は多々良さんのナイトなんだろう?」
「はぁ」
ドクが冗談めかして言うものだから私は少し気恥ずかしかった。まぁナイトというか、護衛のつもりではいるんだけど。
「余所見には気を付けなさい。最近はその……物騒だからね」
「はい」
「多々良さん、我藤さんは無理しがちだから気遣ってやってくれ」
ドクがサナの肩をポンと叩く。するとサナったら大袈裟に敬礼のポーズなどしてみせる。
「はっ任せてください!」
「それじゃあ私は用事があるので失礼するよ」
ドクは気をよくして去っていった。彼が私の緊張を解いてくれたが、同時に校長を見失ってもしまった。
でも気にしすぎても仕方ない……か?
折角サナと一緒の休日なんだから楽しまなければ損だ。サナならきっとそう言うだろうな。
「リンコちゃん、何だったの? 校長先生にお話が?」
「いや、なんでもない」
サナを血生臭い仕事に巻き込みたくはない。私は適当に笑ってごまかす。
「それより、写真撮ろう。時間も惜しいでしょ」
「そうだね~あっそうだ。リンコちゃんも撮ってみたら?」
「えっ私?」
「たまにはいいと思うんだ、はい」
サナはカメラを手渡してくる。断る理由もないので私は左手で構える。しかし片手で上手くシャッターを押せない。するとサナが手を伸ばしてきて代わりに押してくれた。
撮れたのは間近のサナの顔だ。しかしブレブレだ。サナが覗き込んでくる。恥ずかしい。
「まぁ最初は誰でもそんなものだよ。練習あるのみ、だね。携帯のカメラでもいいから挑戦してみてね」
「うん……」
「それじゃあ、行こー」
サナが元気よく右手を挙げる。その後カメラを返したが、彼女が持っていた方がやはりしっくりくる。私にお似合いなのは所詮ガトリングだな、と思った。
喧騒の街から外れると、砂浜と海が見えてきた。また、ここか。私は海には良い思い出がない。なのでなんとなく億劫で歩く速度を遅くしてしまう。
「リンコちゃん、海、好きじゃない?」
サナに気取られてしまった。私は急いで誤魔化そうとする。
「別に、そんなことない。どうしてそう思うわけ? 海が嫌いな奴なんている?」
「リンコちゃんが早口になると怪しいよね」
「そっそんなこと」
「あはは」
サナは笑って水平線をカメラに収めた。
「私、海は好きだよ。いろんな景色を見せてくれるんだ」
サナにいつかのヨハネ先輩の姿が重なる。やめて、思い出したくない。
「リンコちゃん大丈夫? お疲れ?」
サナは私の些細な感情を読み取ろうとしてくる。そんなことしなくていいのに。
「私は大丈夫、平気、いつも。気にしないでいいから」
「まーた強がりを言う。リンコちゃん、私ね、リンコちゃんのことが本当に……」
サナは続けようとした言葉を切った。それから頭を押さえる。
「うっ痛い……頭が割れそう……」
「どうしたの、サナ」
「嫌だよ、私、今が幸せなのに、こんなのってないよ……」
サナは頭痛がひどいらしく髪を掻きむしっていたが、私が近づこうとしたら突然突き飛ばしてきた。わけがわからない、一体どうしたのサナ?
でもその理由はすぐにわかってしまった。
サナの頭が金属で覆われ始める。キカイ病の進行に間違いない。でもおかしい、サナは左脚で、さっきまで元気だったのに。こんなのおかしい。
おかしい、おかしい、おかしい!
でも現実はどこまでも残酷だった。サナは変貌していく。その頭頂部から新たに一本機械の脚が生えて、地面を踏みしめ、サナを逆さまに吊った。手も機械の脚に生え変わる。カメラが落ちて、頭の巨大な一本足がそれを踏み潰した。
見た目は完全に怪物だった。きっとその心も、もう……
「あ、ああ、嘘だこんなの……嘘だ……」
私は立ち尽くすことしかできなかった。
「サナ、サナ、答えてよ。笑ってよ。さっきまでサナだったじゃない。ねぇ」
縋るような言葉が出てくる。でもサナは答えない。もう笑わない。
キカイ病は頭やられたらもう助からん。介錯してやらんと被害が広がる。前に村井ムサシが言っていた言葉が脳裏を駆け巡る。嫌だ。倒せというの、私にサナを。
「きゃあああ!」
声がしてはっと我に返って振り返ると、一人の若い女性が震え上がっていた。それにサナだったモノも気づいて一本の脚で跳ねる。そしてその人を踏み潰した。さっきのカメラと同じように。
鮮血が飛び散り、足の裏にグチャグチャの肉が引っ付いている。私が躊躇したから人が死んだ。これからも人が死ぬ。サナが殺していく。それは……駄目だ。
私はやっとのことでガトリングを怪物に向けた。するとそいつは動きを止めて、確かに彼女の声で鳴いた。
「タスケテ、リンコチャン、タスケテ……」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
撃つ。ガトリングを撃つ。ぶっ放す。あらん限りの弾を込めて。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
絶叫で銃撃音を掻き消す。消し飛ぶはサナ。サナとの思い出。サナへの気持ち。
「ふざけるなあああああああああああああばかあああああああああああああああ」
何もかも吹き飛ばしてしまう。サナの笑顔も、全て。
そして私と私のガトリングと金属片だけが残された。
こんなこと、ある?
だってさっきまでサナと語らい、休日を楽しんでいたじゃないか。
それが全部なくなってしまった。
もう何も残っていない。幸せは何も。
それでも。
「人形遣い! 私はお前を許さない! 必ず私が息の根を止めてやる! このガトリングで! だから出てこい! 隠れてないで私と勝負しろぉ!」
叫ばずにはいられなかった。声が枯れるまで。
サナのいない部屋に帰ってきて、私はベッドに体を埋める。
どこか期待していた。いつものようにサナがおかえりと言って出迎えてくれて、あれこれ話してくるのを。でもサナはいない。一緒に出掛けて、一緒に帰ってこれなかった。
サナはことあるごとに私のことを親友って言ってたっけ。私には全然そんな気なかったのに。我藤リンコは冷血で人の心がわからない怪物で、友達なんてできるはずないのに。
でも好きだった。サナのことは。そんなの当り前じゃないか。
好きになるんじゃなかった。誰にも心を開かなければ良かった。こんな思いをするくらいならいっそ……
「うう、ああ」
機械の目の癖に、涙が溢れて止まらない。こんなの道理じゃない。私は泣きたくなんてないのに。
私に一生癒えない傷を負わせて、サナは逝ってしまった。
彼女を憎もうとさえしたが、そんなことができるほど私は強くもなかった。
翌朝はいつもより早く、きっぱりと目覚めた。遅刻する理由も、朝食べる理由もなくなった。
私はささっと制服に着替え、誰もいない部屋を後にする。
今日でケリをつける。
私は決意を胸に、最後の登校に臨んだ。




