第十話「絶望にようこそ」
「……やけど、校長室の場所なんて聞いてどうするんや?」
「村井君、あなたには関係ない。私の問題だから」
「ちょ、待てや我藤!?」
村井との通信を切って、私は校長室へと向かう。
仰々しい扉が神経を逆撫でにした。鍵はかかっていない。一応ノックすると何だねと声が返ってきた。うるさい。こじ開けてやる。
中には井戸マガト校長が一人でいた。私はガトリングを奴に向ける。
「動くと撃つ!」
「どうしたのかね、君は……」
「いいや撃つことには変わりない。人形遣い。ここがお前の墓場だ」
「待て、ええと、我藤リンコ君だね生徒会の……君は勘違いしている!」
何を言うか人形遣い。あの時街を出歩いて、サナを暴走させたんだこいつは。今すぐにでも撃ち殺してやりたかったが、一応言い分を聞いてやる。
「頼む、殺さないでくれ……私は無実なんだ……」
「いいや人形遣い、お前が無実だというなら世の中の犯罪者は全員無実になってしまう。お前ほど悪いことをした奴はいない。そうでしょ!」
「違うんだ本当に、私は人形遣いに会ったんだ! 私じゃない!」
「どういう言い訳?」
「奴はわざわざ学校に滞在する許可を求めたのだよ、私の家族を人質に取って……顔も見た! 素灰田君が描いた似顔絵と確かに同じ奴だった! そして奴の仮の姿は……」
と言いかけて、校長の体に異変が起こった。手の先が金属へと変わり、全身から歯車が突き出し始めた。
「いやだ……私は健康だったのに……助けてくれ、お願いだ助けてく」
とうとう井戸校長は頭部まで歯車へと変わる。全身肥大化して倍くらいの体格になっていた。
校長は人形遣いではなかった。しかしこうなっては取り返しがつかない。生徒を襲う前に撃たなければ。
リンコチャンタスケテ。
サナの異形の姿がフラッシュバックする。こんな時に、やめてくれ。目の前にいるのは校長の成れの果てのはずなのに、サナの顔がちらついて離れない。
元校長は歯車を回転させ校長室の窓を壁ごと粉砕した。そいつは飛び降りようとする。逃げられる。その前に撃たなければ。
しかし、撃てなかった。どうしてかわからない。弾が、出ない。
「おい我藤、何してんねん!」
その時村井ムサシが部屋に飛び込んできた。と同時に校長は壊れた壁から地面に降りた。
「ヤバイ、ヤバイで我藤、撃て!」
「撃てない……」
「なんやて? しゃーない、なるようになれ」
村井は校長の後を追って同じように飛び降りた。
壁際まで行って地面を見下ろすと、彼が校長の成れの果てを腕の刀で両断しているのが見えた。しかし彼もまた無茶な飛び降りのせいで怪我をしてしまっていた。
「ホンマ何やってんねん我藤のアホー!」
彼の叫びは耳から通り抜けた。私は無力感に襲われてへたり込んでしまった。
村井に半ば連行されて、私は生徒会室に辿り着いた。そして素灰田会長と花輪書記に昨日のことから全て話した。
それを聞いて会長は溜息をつく。花輪先輩は怒り心頭だった。
「我藤、独断で先走った行動がどれほどの危険と迷惑を振りまくかわかっているのか! 生徒会失格だぞお前!」
「チエミ」
「会長からも強く叱ってください! 今までの努力が水の泡なんですよ!」
「いや、我藤さんはよくやってくれているわ。後は私達に任せて休んだ方が良さそうね」
「休め、ですか。休んでいられない……私は人形遣いを」
「謹慎だ!」
花輪先輩に唾を浴びせられる。まぁそれ自体はどうでもよいが、目の前が真っ暗になったみたいだった。
「我藤さん、厳しい言い方になるけど……ガトリングを撃てないあなたはこれからの戦いについていけないわ」
「それならドクに直してもらいます。私に任せてください会長」
「やめとけ我藤。会長はお前の身を案じているんやで。そんなこともわからへんほど頭パーになったんかいな」
村井も冷めた目で私を見ているが、私は引き下がれなかった。
「保健室へ行ってきます。すぐ戻りますのでご安心を」
「おい我藤!」
「村井君、好きにさせておきなさい。彼女の気が済むまで」
「せやけど会長……」
村井はまだ何か言っていたが、もう聞こえなかった。何も聞こえない。聞きたくない。
私はどん底の気分で生徒会室を出て、一人保健室へと向かった。
「心的外傷によるストレス障害、としか言えないかな。君の話を聞くに」
保険医のドクは私の症状をこう診断した。
「直るんですか? 私のガトリングは」
「治るかどうかはわからないね。色々と療法はあることにはあるが最終的には君次第ということになる」
「ドクには直せないってことですか」
「我藤さん、残念だが私は万能じゃないんだ。治せる、とは断言しないよ」
「そう、ですか」
ドクにそんな風に突き放されたら私は誰を頼ればいい? 本土の方の医者か、技師か。
戦力外通告を私は重く受け止められた。今の私は確かに虫も殺せない。撃てないガトリングはただの枷だ。
気持ちの問題なら撃とうと思えば撃てるはず。なのに今は全く撃てる気がしなかった。どうすればいい、サナ。私はどうすれば……
保健室をノックする音が聞こえて、私はハッと顔を上げた。音が何か変だった。随分扉の下からしたような感じだ。脚でノックしそうな人物には一人覚えがある。
ドクがどうぞと言うが入ってこない。するとまたノックが聞こえた。痺れを切らしたかドクが扉を開けに行く。すると次の瞬間、素灰田会長が六本の脚でドクの体に組みつき、床に叩きつけた。
「会長!?」
まさかの乱心に私は驚く。しかし会長は今まで聞いたことのないような冷徹な声で言い放った。
「そこまでです、人形遣い」
「な、何を言っているんだい……」
「今更とぼけるのはやめていただきたい。ずっとあなたのことを張っていた。全校生徒の情報を有し常にアリバイのなかったあなたを。そして重症化した生徒全員が24時間以内に接触していたあなたを」
「状況証拠、じゃないのかね」
「多々良サナさんの件が決め手だった」
私はハッとする。確かに昨日、サナと私はドクに出くわした。ドクはサナの体に触ってもいた。まさか、でもそんなのありえない。
いつも親身なドクが、前に私のガトリングを直してくれたこともあるドクが、人形遣い? そんな話、通らないんじゃないか。
「私が校長のように冤罪だとしたらどうする? 君は人殺しになる」
「そんなの今更。次の候補を殺すだけです」
会長は凄む。鬼の形相だった。
「君は腕を失ってヤケになっているんだ、お茶でも飲んで落ち着きたま……ぐっ」
「もう喋るなブタ野郎」
六本の機械の脚がギリギリとドクの体を締め付け、今にも腹部波動砲を撃たんとする。狂犬素灰田とはこのことか。
「やめてください会長、冷静になって!」
私は素灰田会長を止めようとして体が勝手に動いていた。しかし彼女は言い捨てる。
「我藤さん、こいつはこの状況で汗一つかかない。人間じゃない……我藤さん?」
気が付けば、私はガトリングの先を会長の首筋に突きつけていた。
違う、そんなつもりじゃない、体が勝手に、私じゃない!
「いや、やめて……」
しかし私の撃てないはずのガトリングは火を噴いた。よりにもよって、会長に向かって。
素灰田会長の首が胴体から離れて宙を舞う。鮮血が会長の体から噴き出して白い天井を赤く染め上げていく。
何これ。何なのこれ。これは一体何? こんなことが、私が会長を撃ち殺すなんて!
力を失くした六本脚が転がり込んで、拘束から解かれたドクがゆっくりと立ち上がる。しかしその顔はいつか見た、この世の者とは思えぬ美青年のものになっていた。
「私の弟を殺してくれた罪は贖ってもらうよ。素灰田ムツバ」
「人形……遣い……」
「これで君は晴れて私達の仲間だ。喜びたまえ」
よくもおめおめと。私は急速に怒りを充填しガトリングを奴に向ける。しかし今度はまた撃てなかった。流石に自身の異変に気付く。
「私の体に何か、した?」
「ちょっとした細工だよ。君の腕を復元した時に、こちらでコントロールできるようにした。君は君の意思でガトリングを撃ってきたと思っているがそれは違う。私の掌の上で踊っていたに過ぎないんだ」
だから会長を殺してしまったのか? 私が、この手で。サナも。
私の体は磔にされる。ガトリングどころか手足の自由も効かない。私は精一杯睨んでみせるが無力なのは明らかだった。人形遣いに嘲笑われる。
「何も私達は地球侵略だとか人類滅亡だとかを企んで宇宙を旅してきたわけじゃない。少なくとも私にとっては遊びだ。君は悪意を持ってアリの巣に水を流し込むかい? それと同じさ。地球人が私の祝福を受けた時どう変貌を遂げるか、そして周りはどんな反応を示すか……面白い見世物だったよ」
人形遣いめはつらつらと語り始める。同じ言語を使っているのに何一つ理解できない。遊びだと? ふざけるんじゃない。
「しかし何かが欠けていると思っていてね……君が来るまでは。君は破壊の化身だった。君のガトリングには心底痺れたよ。私は理解した。君を主人公に物語を紡ごうと。だから直接接触もしたしガトリングも直した。君は期待通り私の手駒を次々と倒してみせた。実に良い働きだった……友人と殺し合う悲劇も楽しませてもらったよ」
この外道は私に近づいて耳元で囁く。やめろ、何も聞きたくない。だが全く抵抗できなかった。私は操り人形だった。ずっと前から。
人形遣いは容易く私の首筋に触れ、ARチョーカーという最後の楔を外してみせた。
「これで君はいつでも全身を機械化できる。きっと頭から足の指までガトリングになるだろうね。物語も佳境だ、終末の日を楽しみにしているよ」
それから悠々と人形遣いは保健室から出て行った。奴に自由を完全に奪われた私と、変わり果てた会長だけが残される。
「あは、あはは」
どうしてか笑ってしまう。そんな状況じゃないのに、あまりに滅茶苦茶すぎておかしくなる。
私は自分の頭にガトリングを向ける。
けれどやはり、撃てなかった。私はもはや我藤リンコでさえなくなっていた。ただの人形。きっと命じられれば仲間をも撃ち殺す。そして、止まれない。
私の体はまた勝手に動き出していた。
「ムツバ、ムツバ、ムツバ!」
花輪先輩は先程からずっと素灰田会長の生首に縋りついて泣いていた。流石に村井も呆然としている。
「嘘やろ、ドクが人形遣いで、会長が死んで、我藤が操られとる……」
どうやら会長の死を伝えることが私の仕事の一つだったらしい。
そして、これから彼ら生徒会を殺すかもしれなかった。
ああ、その前にどうか……
花輪先輩はこちらをキッと睨むと背中からチェーンを乱舞させて私の無防備な首筋に巻き付けた。
「花輪先輩? 何やってんねや!?」
「我藤は生かしておけない! もう人形遣いの手先なんだ、放っておけば私達だけで済まない犠牲が出る!」
「アカン、アカンで花輪先輩!」
村井は左腕の刀でチェーンを切った。私は締め付けから解放されて膝と手を床につき、息を大きく吐き出す。
「村井、お前!」
「我藤はまだ人間や! ワイらが先に人形遣い倒せば助かる! ワイは人殺ししたくあらへんし花輪先輩にもしてほしくないんや!」
村井は私の前に出て庇い立てる。でも彼は間違っている。甘すぎる。それでは駄目だ……
「村井君、私を殺して」
「何言ってんねや我藤、しっかりせえ!」
村井から三度目のビンタを食らう。わかってる。甘えているのは私の方だ。でもサナを殺して、素灰田会長を殺して、私に生きる資格なんてないじゃない。それでも生きろなんて残酷すぎるよ。
「もう嫌だぁ、仲間を失うのは嫌ぁぁぁぁ!」
物言わぬ会長を抱きしめて花輪チエミは泣き崩れる。いつもの厳格な姿は取り繕ったものに過ぎなかった。剥き出しの彼女を見ていられない。
この世に希望なんてない、と私は悟る。
「我藤のことはワイが責任持つ。せやから三人で人形遣いを倒そうや。それしかないんや……」
そう言う村井も項垂れていた。人形遣いを倒そうなんて言葉、むなしく響く。もはや私達には手が負えないのは明らかだった。
事後処理は花輪先輩に任せて私は村井に連れられるがまま男子寮に入った。
村井の部屋は雑然としていて散らかっていた。男子だからこうなのか。彼はくつろげと言ったがそういう気分でもなかった。生きた心地がしない。
いつ村井を撃つかもわからない。右腕のガトリングが重い。
彼はテレビを付けてバラエティ番組を見ながら時間を潰していた。私も見てはいたが何も感じなかった。
一緒に食事もしたが味がしなかった。
夜になると村井は自分のベッドに腰かけて、リラックスしていた。私は向かいに腰を下ろしてぼうっとしていると、不意に彼が笑い出した。
「なんや、借りてきた猫みたいやなぁ」
「何がおかしいの」
「いや、なんか我藤がこうするのなんて、出会った時は思いもせえへんかったからな」
言われて私も村井とのファーストインプレッションを思い浮かべる。正直最悪だった。向こうから突っかかってきたのだから。
「あん時は悪かったな。ワイは気が立ってた」
「別に、今更……」
「せやな」
村井は遠い目をした。ふと私は彼が飾っている写真に目が行った。家族写真のようだ。四人いて大人二人は彼の両親だろう。彼がまだ金髪じゃなかったのが少し意外だった。隣の少し背が低い少年は弟だろうか。私が凝視しているのに彼も気づいたか、言及する。
「ああこれ、気になるんか? ワイがまだ中学ん時に撮った奴でな、これが最後やった」
「最後?」
「あいつなんかまだ10歳やった。せやのに随分生意気でなぁ、ムカつくからよういじめとって親父とオカンに怒られたわ。でもこれ撮った後すぐな、みんなワイを置いていってしまった」
村井は随分寂しげな顔をした。なんとなく察する。彼は自身の左腕を見つめる。
「重症化したキカイ病患者に襲われてな、ワイだけが生き残った。ワイも発症してな、親父達を殺った奴を返り討ちにしたんや。過剰防衛やってんけど、その辺は公安機械科の人が何とかしてくれて、ワイをこの学校に入れた。才能あるなんて言われたけど、全然嬉しなかったな」
「そう」
村井が自分のことを私に話すなんて初めてだったが、こう辛い過去だとは思わなかった。彼もまたきっとトラウマを抱えて生きているのだろう。それを打ち明けることで私を慰めようとしたのかもしれないと考えるのは、思い上がりだろうか。
「入学した頃のワイは相当跳ねっ返りやったけど、会長も副会長も刃先輩もようしてくれたと思う。ええ人達やった」
「うん……」
「ワイは人形遣いを許さへん……それはそうとして我藤、休むのも生徒会の仕事やからな」
村井はベッドに寝っ転がって、背を向ける。しばらくして、彼は上ずった声で捲し立てた。
「何してんねや我藤寝るんやったらはよ入れ、ベッドこれしかあらへんからな」
「いい、床で寝る」
「まぁお前はそういう性格の女やと思ってたけどな……」
村井は急に立ち上がってベッドから飛び降り、逆に床に横たわった。彼の厚意を無下には出来ないだろう。私はベッドに移った。
寝てる間に暴走したらどうしようなどと考えても仕方がなく、ほどなくして私は眠りに落ちたが、先に彼の寝息を聞くことはなかった。




