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第十一話「最後の希望」

 泥のような眠りから解放された。

 体が重い。特に右腕が。ずっしりと引きずって、起き上がる。

 見知らぬ天井だ。そういえば、村井ムサシの部屋に泊まったんだっけ。

 豪快な寝息が聞こえる。その部屋の主は床に大の字になって眠っていた。その周りにエナジードリンクの缶が二つも落ちていて、限界まで起きて私を監視しようとしていたのが伺えた。

 そんな彼の寝顔に、私は右腕のガトリングを突きつける。違う、こんなの私の意思じゃない。でも腕が勝手に、彼を。


「やめろ!」


 生身の左腕で右腕を押し込む。それで射線がズレたが弾は発射された。部屋の床に穴を開ける。


「我藤!?」


 今ので村井は目を覚まし、私の右腕を持ち上げた。するとガトリングは窓際の方を向いて壁を粉砕した。


「止まれ止まれ止まれ」


 私は強く念じながら呟く。願いが通じたのか、撃ち尽くしたのか、ガトリングは停止した。ようやく右腕を下ろし、膝をつく。

 もう駄目だ私は。素灰田会長を殺し、あまつさえ村井君を殺そうとするなんて。人形遣いの手駒でしかないんだもう、本当に。きっとどこかであいつが嘲笑っている。


「村井君……わかったでしょ。私を殺して」

「そないなこと言うな! 気にすんな我藤、今がどん底なだけや。なんとかなる、必ず助けたるからな」


 村井は私の背中を優しくさすった。


「ここにおっても仕方あらへん。学校行って花輪先輩と相談しようや。我藤が落ち着いたらやけど……大丈夫か、立てる?」

「ええ」


 立ち上がるには立ち上がったが、不意に頭痛がしてよろめいた。なんだか頭がかち割れそうなくらい痛い。


「おい、我藤!」


 村井が血相を変えて私の体を支える。その時痛みは治まった。なんだったんだろうか。いや……私にはわかる。頭まで機械化される前兆なんだ。もう私がまともに思考できるのも後僅かのことなのかもしれない。


「本当に、私が化物になったら殺してね。躊躇(ちゅうちょ)したら駄目だって村井君が言ってたんだから……」

「その時はその時や。考えんなや我藤。人形遣いを倒した後のことでも考えとけ」


 村井は笑顔を作ってみせたが、私を安心させようとして取り繕っているのは明白だった。あるいは彼自身安心を得たかったか。

 だがそれも崩れる。突然部屋がグラグラして、私と村井は離れてしまう。地震、それも結構大きい。ほどなくして揺れは治まったが、ボロボロの部屋は更に崩壊した。


「なんや地震やなんて、大丈夫か我藤」

「平気、でも……」


 何か妙な感じ。私はいつぞやの地下のUFO基地の光景を思い出した。関係あると考えるのは穿(うが)ちすぎだろうか。

 倒壊の危険もあると村井が言って、私達はすぐさま部屋を出た。あの振動が終わりの始まりの合図だとも知らずに。




 式島学園は端的に言って地獄と化していた。

 校庭を逃げ惑う生徒達。追いかけるのは頭部まで機械化した怪物。そこかしこで悲鳴が響き、血の臭いがした。


「なんやこれ……なんなんやこれ!」


 村井は叫びながら襲われている生徒に割って入って重症化した元生徒を一刀両断にした。

 人形遣いのせせら笑いが聞こえてくるようだった。ついに奴は大規模に仕掛けてきた。それに対し私達はあまりに人手不足だろう。


「村井、我藤聞こえるか、無事か」


 通信用バッジから花輪チエミの声が聞こえてきた。あからさまに余裕のない早口だった。


「花輪先輩、どうなってんねやこれ!」

「人形遣いに聞け! 中等部の生徒会にも応援を頼んだが向こうも手一杯らしい、私達で暴走者を排除しつつ校庭に生徒を誘導する」

「言うは易しやけど!」

「やってみせろ、私もすぐ行く!」


 それで通信は切れた。村井は駆け、異形の化物に向かっていく。私もガトリングを構えた。

 だが照準は村井の背中に合わさる。駄目だ、今の私は人形遣いの手先、このままでは彼を撃ってしまう。そんなのは絶対駄目だ!

 ガトリングを下ろす。しかし再び頭痛が襲ってきた。頭が割れそう……いや実際額が裂けて中から新たなガトリングが出ようとしていた。

 くそ、くそ、人形遣いめ、理性を失った化物になんかなりたくない……私はお前の人形じゃない!

 吐き気がした。最悪に気分が悪い。あまりの理不尽さに私はだんだん怒り狂いそうになってきた。左手で頭のガトリングを押し戻そうとする。


「我藤!? 大丈夫か?」

「私によらないで村井君! 大丈夫、なんとかしてやる……」


 よし、頭は引っ込んだ。私は正気なうちに村井から離れ、走り始める。なんで私がこんな目に遭わなきゃならない。ヨハネ先輩やサナや会長が死んだのも、私の病気が進行するのも、全部人形遣いのせいだ。あいつを殺してやる。

 しかし奴の居場所なんて知らない。ただ無我夢中になって走り抜け、私は体育館裏に来た。そして地面に向けてガトリングを撃つと、地下への階段が姿を現した。こんなのわかっててやったわけじゃない。体が勝手に動いている。それが腹立たしくも嬉しくなった。

 人形遣いは私を呼んでいるのだ。奴に導かれるまま、私は階段を降りた。好都合だ、決着は必ずつける。




 地下深くに潜ると、私は再びあのUFOの格納庫に辿り着いていた。爆破されたのではなかったのか。人形遣いは校長と繋がっていたから、根回ししてやめさせたか。まぁいい、全部壊してやる。

 私がガトリングを向けた先に、奴は現れた。この世の者とは思えない美貌はまさしく人形遣いのものであった。奴が両手を差し出すと、私はまた金縛りにあった。頭が痛い。


「よく来たね我藤リンコ。君を待っていたよ」


 人形遣いがゆっくりと私に近づいてくる。気合でもってガトリングを撃つつもりだったがどうにもならなかった。奴は私の左手を手に取り、一機のUFOの中へと招き入れる。こんな屈辱は人生初めてだ。

 UFOの内壁は全てモニターになっているのか、外が丸見えだった。人形遣いが操縦することなく勝手に動き出すと、格納庫の下が扉になっていてこれまた勝手に開いていった。そのテクノロジーは人類の文明の遥か先を行っている。

 やがて真下に海が見え、UFOは着水ギリギリまで降りた。そして頭上を見れば驚くべきことに巨大な金属の板が浮いていた。私達が出てきたところだから、島のはずだ。そう、島が浮上していた。大量のバーニアを噴かせて。

 唖然(あぜん)とする私の向かい側に人形遣いは腰掛ける。UFOは直進し島の影から出て上昇した。一気に式島学園が見下ろせるところまで。


「良い眺めだろう、世界の終焉というものは。いや世界は大袈裟だな、私の箱庭と言い換えておこう」

「いつの間に、こんな……」

「私達にとっては児戯だよ。未開の地求人にはわからなくても仕方ない」


 島はただ浮いているだけでなく、移動していた。北へ。


「一体どうする気なの」

「名残惜しいが東京にぶつけることにした。まぁ彼らも迎撃するだろうがね、中々の見物になると思うよ。ともかく重要なのは次のステージに移ることだ。私もいい加減生徒会と戯れるのも飽き飽きしていた」

「ふざけるな……ぐっ」


 頭が痛くて仕方ない。再び機械化が始まっているようだった。少しずつ額からガトリングが生えていく。


「受け入れれば楽になるよ。君はガトリングそのものになって地べたを這いずり回る虫共を潰して回るんだ。それはそれはとても気持ちのいいことだろう」

「そんなわけ、ない」

「いいや君は知っているはずだ。ガトリングを撃つ快楽を。その快楽に身を委ねるがいい」

「ぐぅ!」


 抑えがたい痛みの中で、私はふと楽になりたいと思った。人格なんてなくしてガトリングになってしまえばいい。悪魔の(ささや)きだ。もういいじゃないか我藤リンコ、私に出来ることはもう何もない……

 心から屈しそうになった時、サナの顔が脳裏によぎった。幻の彼女は言う。


「駄目だよリンコちゃん、自分を強く持って」


 無理だよサナ、私は弱い人間なんだ。だから誰とも関わることが怖くて、逃げて生きてきたんだ。

 でもサナと出会ってからは少し向き合えるようになったと思う。他人とも、自分とも。全部もう、なくなってしまったことだけれど。


「まだ終わってないさ。君は飛べ。飛べなかった僕の分も」


 ヨハネ先輩の姿も浮かび上がる。ああこれ、走馬灯か。


「我藤さん、後は頼むわね」


 素灰田会長、私には重すぎる。とても受け止めきれない。


「我藤、お前は人間やろ。人間だと思う限り、人間なんやで!」


 何よ村井、あんたはまだ死んでないでしょ。

 ああ、私もまだ生きている。生きているんだ。だから……

 頭部のガトリングが引っ込んでいく。私の機械化は逆行し、元の(さや)に収まった。


「馬鹿な……制御しているのか?」


 人形遣いは驚いた風に私を凝視していた。だがすぐに感嘆の息を漏らした。


「素晴らしい。人類は私達の祝福を克服しようとしているのか。我藤リンコ、やはり君を主人公に選んでよかった。しかし!」


 人形遣いは初めて顔を歪ませた。


「私の意に背くというのなら、ここで死んでもらうしかない!」


 奴が手を伸ばす。それは鋭い刃に変形をし、私の首を()ねんとした。私は咄嗟(とっさ)に屈みこんでこの一撃をかわし、右腕のガトリングを人形遣いに向けてぶっ放した。

 全弾命中しUFOの装甲をも撃ち抜いて空を見せる。しかし奴の息の根は止まらない。その体は液状になっていて、弾丸をすり抜けていた。


「死なないねぇ、液体金属だから!」


 あの地下で遭遇した宇宙人と同じ。兄弟! 奴は全身を針にして私を突き刺そうとする。

 私は生身の左腕を向ける。それが自分の意思で金属化し、もう一つのガトリングガンを(かたど)った。


「二つあってもなぁ!」


 奴が迫る。この状況下で私は少しも動揺することなく、左腕の新ガトリングを撃った。すると弾丸の代わりに熱と光が飛び出した。


「馬鹿な、ビームガトリングだと!?」


 逆に人形遣いは慌てふためいた。奴の攻撃は全て光線が消し飛ばした。体を穴だらけにして再生もさせない。熱が液体金属をも溶かす。


「やめろ、撃つのをやめろおおおおおおおおおお」

「命乞いなんて聞いてやらない、報いよ」


 人形遣いの体が完全に蒸発するまで私は撃ち続けた。UFOは半壊し、高度を下げる。そしてそのまま海に墜落した、私諸共。

 ガトリングが重い。このまま沈むのか、私は……それもいい。人形遣いを倒すのが使命で、その後のことなんて考えてなかったし。

 しかし私の体は浮き上がっていく。何かに押されるように。海面に出ると、ガトリングから生身に戻っていた腕で水かきして浮力を維持した。

 まだだ。島をなんとかしないと。

 私は琥珀色の瞳で島の底部にあるバーニアを見定めると、再度左腕をビームガトリングに変形させ、一つずつ撃ち落とした。すると島は重力に引かれて落下していく。

 それから私は死に物狂いで泳いで浜辺に戻った。


「はぁ、はぁ……やっぱり海は嫌いだ……」


 疲れ果てて大の字になる。隣でヒトデが真似をしているのが見えた。そこで意識が一旦途絶えた。




 あれから私は本土に戻され、色々な病院で検査という検査を受けさせられた。キカイ病を克服したことで世間では奇跡の少女なんて言われたが正直どうでもよかった。私は式島学園のことばかり考えていて、あそこに帰ることが許された時にはとっくに新年が開けていた。


「本当に良いのかい。今の君なら普通の学校に通うという選択肢もある」


 島に向かう船の上で群野レギオの一人が言った。


「冗談でしょ。卒業したらあなた達のところに就職するから、学校ぐらい好きに通わせて」

「君からそういう言葉が聞けるとは思わなかったよ」


 郡野さんは感心した風に手を組んで頷いているが、本心はどう思っているか知らない。でもどうでもいい。

 潮風が心地良いが、冷えてかなわない。私は白い息を両手で受け止める。温めた手を離すと、指先に白い雪がとまった。


「降ってきましたね」

「そうね」


 今年になってからは初めてかもしれない。通りで寒いわけだ。けれど島に着くのが待ち遠しくて、甲板に居続けた。

 島に着くと出迎えがあった。眼鏡を掛けた柔らかな笑顔の女子と、かつての金髪頭が黒々しくなっていた男子の二人組だった。


「我藤、よく帰ってきたな!」


 いの一番に花輪先輩が抱き着いてきた。なんというか意外だ。こういう性格ではなかったはずだ、彼女。もっとも今までは生徒会での立場から肩ひじを張っていただけなのかもしれない。

 一方で村井は妙にもじもじとしていた。何を今更、戸惑っているんだ。私の右腕がガトリングじゃないからか?


「おい我藤……その……なんや……」

「何、村井君」

「色々あって、良かったとも言い切れんし、でも……ワイは嬉しいで。お前とはもう会えんと思うてたからな」

「私もできれば会いたくなかった」

「なんやて我藤!」

「冗談よ冗談」


 クスクスと笑ってやると、村井はいつもの調子を取り戻す。


「せやけどお前、なんか変わったな」

「そう?」

「いや悪くなったわけちゃうで、むしろ明るくなったというか……」

「全然そうは思わないけど」

「そういう突き放し方は我藤やけどな」


 そう言って村井は肩を竦めた。ああ、帰ってきたって気がするな。

 私は二人と並んであの巨大な学園棟の方に向かった。




 時は2041年4月15日。新学期が始まってほどなく生徒会選挙が行われ、私が当選した。圧倒的な得票数に驚いたがともかく今日の全校集会で就任演説をすることになっていた。

 一応新しいクラスの担任に原稿を手伝ったりしてもらったが、いざという時になってそんな当たり障りのない文を読むのもどうかと思った。なので捨てた。


「それでは新生徒会長の我藤リンコさんの挨拶です」


 私は壇上に上がる。全校生徒の三分の二は私を見ている。残りの三分の一は興味がないのか下を向いていたり友達と談笑していたが。


「えーこの度は生徒会長に就任した我藤リンコです。よろしくお願いします」


 情けないことに声が上ずる。こういう時は自然体で、とサナに言われている気がして、一旦深呼吸をすると、勝手に口から言葉出た。


「私は正直生徒会長なんて向いていません。口下手だし、独りよがりだし、他人と関わるのなんて嫌だったし。今でもそう。でも素灰田前会長や花輪臨時会長から託されれば、その思いを踏みにじることもできませんし、何よりも挑戦してみたいと思うようになって、それで今この場に立っています」


 言葉を紡ぐ。思いのままに。


「私達は今まで大切な人を失い続けてきました。その傷は今でも癒えないと思います。私もよく夢でうなされます。そして脅威は完全に去ったとは言えません。これからもまた同じ惨劇を繰り返すかもしれません。でも、だからこそ、私は努力を惜しまないつもりです。皆さんを守ります。守ってみせます。このガトリングで」


 私は両腕をガトリングへと変形させ、掲げた。もう全校生徒に見られているかもしれない。プレッシャーはあるけれど続ける。


「だけど私一人ではどうしようもない事態に屈するかもしれません。だから生徒会長だなんていったって、皆さんの力をお借りしたいのです。そうすればどうしようもようなことだって乗り越えられるかもしれません。どうかお願いします。そして未来を……ええと……」


 言いたいことは言えたのだが、どうにも締まらなかった。しかしぽつぽつと拍手が出てくると、やがて大きなうねりとなった。歓声が私を包み込む。

 やれる自信はない。でもやってみせる。

 私の学園生活はまだ始まったばかりだ。全てはこれから。私は演説を終えて、腕のガトリングを下ろした。(了)

ここまで読んでくださってありがとうございました。

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