第八話「危険なアンダーグラウンド」
10月も半ばを過ぎたある日のことだった。素灰田ムツバ、花輪チエミ、村井ムサシ、私の生徒会フルメンバーは学校の裏山を暢気にハイキングしていた。午後の授業をわざわざ抜け出して。
いや、何かあるのはわかっているのだが、おっとりとした会長がそういう気分にさせる。彼女は目的地とやらに着くまで私達に何も教えなかった。花輪先輩だけは知っているのかと思いきや、さっきから会長会長と連呼している。
「会長、いい加減教えてくれませんかぁ」
「頑張って、もうすぐだから」
素灰田会長はにこにこするばかりだ。
鳥がさえずり、虫が鳴いている。おまけに猪でも出てきそうな山道だった。人間の手の及ばぬところかと思いきや、やがて小さな倉庫のような建物が見えてきた。そこが終着点だと会長は言った。
倉庫の前まで来ると森が開けていて地面がアスファルトだった。山の中にこんな場所があったとは。校舎からは盲点だった。まるで都合悪くて隠されたみたいな。やはり何か裏がありそうだ。
そこに大小見たことのない人が集まっていたからだ。身長が高いのは大学生で低いのは中等部の子だろうか、違う制服を着ていた。
「来たか!」
両手が鉄拳の青年がそれをブンブン振る。
「待たせちゃいましたか?」
「いや、我々も今来たところだ素灰田君!」
快活で爽やかそうな受け答えだ。私はその隣にいる者を見てぎょっとしてしまった。なんと顔まで銀色の金属で覆われていたからだ。村井が左腕の包帯を取ろうとしてそれを会長が制止する。
「井之頭さんなら大丈夫。彼は全身機械だけど脳は人間のままだから」
「驚かせたようならすまない……俺は井之頭テツオ。大学二年だ。こっちは一つ上の相原先輩」
「相原ケンジだ! よろしく頼む!」
最年長の爽やか青年は私たち一人ずつ握手を求めた。私も左手で受けたがずっしりとして重みがあった。
その後私は自分より背の低い少年を見た。彼は両腕のあるべきところから四本ずつ、計八本の触手のようなものを生やしていた。
「中等部三年の九頭リュウタです。俺のことはリュウタって呼んでください」
後の方を強調していった。きっと苗字とはいえクズなんて呼ばれたくないのだろうと察した。その後ろで女の子がもじもじとしている。
「おい光条、お前も自己紹介」
「あっ……同じく三年の、光条レイです……よろしくお願いします……」
消え入りそうな声だった。見た目は普通で一見どこが機械化されているかわからない。リュウタ君がこの少女の腹を差して言う。
「お腹のレーザー砲、見せないのかよ」
「そんなの……はしたなすぎます……」
光条さんは同学年の男子の背中に隠れて人目を避けようとした。随分恥ずかしがり屋だ。人とやっていくのに苦労しそうなタイプに思う。
私達も続いて軽く自己紹介をする。私の番になると年少のリュウタ君が目を輝かせた。
「すげー本物のガトリングガンだ、カッコイイ~」
「おい少年、ワイの刀もカッコイイやろが!」
村井の奴は何対抗心を見せているんだ? 相原さんもその通りだとどっちに言っているのかわからないが頷いている。男子という生き物がよくわからない。
それにしても顔合わせのためにこんな山頂近くに集まったのではないだろう。遠くの式島学園を見下ろした後、倉庫の方を見つめる。すると素灰田会長がようやく本題に入った。
「聞いている方もいるでしょうが、皆さんにここに集まってもらったのは、この建物の地下を調査してもらうためです。最近になってここの地下通路が広大で学園の方まで伸びているらしいということがわかりました」
「なんやそれ、宇宙人の地下帝国でもあるんかいな?」
「村井君、鋭い。ひょっとすると人形遣いの隠れ家があるかもしれない。そういう可能性を考えて、相原さん、井之頭さん、村井君、我藤さん、九頭君、光条さんの6人で探ってみてほしいの」
リュウタ君が苗字を呼ばれてむっとした。悪気はないのだろうが。そういえば会長は書記の花輪先輩しか名前で呼ばない。
「会長、なんで黙ってたんですか!」
「サプライズにしたくて。ごめんねチエミ」
「いいですけど……私達は留守番ですか」
「何かあった時の保険。最悪のケースを想定しないといけないから」
素灰田会長は笑顔で物騒なことを言う。それもそうか、もしかすると敵の本拠地に乗り込む、ということになりかねないから。命懸けとなると気が引き締まる。
私達は倉庫の中に入る。長年使われていないのは見て明らかだったが、誰が何のために山の中に設置したのかということを考えると随分怪しかった。素灰田会長が六本の脚で床の隠し扉を開くと、地下への階段が出現した。一同唸る。
「よっしゃ、いっちょ行ってみるぜ!」
「待って、置いてかないで……」
真っ先にリュウタ君が足を踏み入れる。光条さんがそれに引っ付く。
「若いって元気でよろしい!」
「暗いから気を付けような」
続いて相原さんと井之頭さん。そして村井が手招きする。
「ワイらも行くで我藤」
最後に私は飛び込んだ。秘密の地下世界へと。さて、鬼が出るか蛇が出るか。
長い階段を降りると古めかしい地下トンネルがどこまでも続いていた。
最年長の相原さんが先頭を取り、リュウタ君と並んでいた。その次に井之頭さんと村井、私と光条さんが後ろだった。相原さんと村井の二人がライトを持ち、暗闇を照らしていた。もっとも私の機械製の目は暗視が効く。井之頭さんもおそらく似たようなもので目が発光していた。
いかにも大昔の坑道でいるのはネズミかモグラかと言ったところだが、私には全て嘘くさく見えた。根拠はないのだが。
「相原さんって何かスポーツやってるんですか? めっちゃ鍛えてるように思うんすけど」
「昔はボクシングをやっていたが今は陸上だ! 生身を使って駆け抜けるのは気持ちがいいぞ!」
「へーすげーカッコイイっす!」
相原さんとリョウタ君は談笑している。ボクシングを辞めた理由は彼の鉄拳を見れば察するが、その挫折を乗り越えているように朗らかだった。
「ワイも中学まで剣道やってたんやで。爺ちゃんが稽古つけてくれてなぁ、井之頭さんも何かやってたんすか?」
「俺は卓球を少しかな」
「へー意外ですねー温泉行ったら勝負してくださいよ」
「リュウタ君、腕に自信ありかい?」
「ないけど気合っす!」
村井と井之頭さんも会話に加わり、男子組はすっかり親交を深めているようだ。
「あの……我藤先輩は趣味とか……おありですか?」
「特にない」
「そう、ですか……」
一方で光条さんとの会話はすぐに終わってしまう。相手もよく話せるタイプではないが、私は人との交流には向いていないらしい。これなら彼女は石とでも会話した方がマシだろう。
地下通路を歩いているとやがて分かれ道に差し掛かった。そこで二班に分けることになり、相原さんと中等部組、井之頭さんと私達高等部組の編成になった。
地下は想像よりも広大で複雑怪奇であった。その後幾度となく現れる分岐路を虱潰しで当たっては行き止まりで引き返して正解の道を三人で進んだ。
相原さん達と別れて20分か30分は経って、私達はそれまでと打って変わって新しい綺麗な通路に着いた。明らかに異常だった。SF映画で見るような景色だ。井之頭さんも「当たり」じゃないかと警戒を強める。
そして突き当りに明かない扉があった。村井が私にぶち壊せと言ってきた。私は扉の前にガトリングを構える。そして蜂の巣にした。井之頭さんが突進してボロボロの扉を突き破る。
すると随分開けた場所に出た。闇の中、私の琥珀色の瞳が捉える。ずらりと並ぶ奇妙な円盤の数々を。
これはあれだ。本土から式島学園に行く途中で出くわした、UFOにそっくりじゃないか。さしずめここは宇宙人の秘密基地であった。
「すげ~なんなんやこれ!」
村井の奴は能天気に驚嘆してライトを振り回している。そんな彼の口を突然井之頭さんが塞いだ。
「しっ、何かいる」
私の方でも確認した。一機のUFOの上に人が立ち上がったのを。機械仕掛けの目を望遠モードにして覗き込む。そいつは井之頭さんのように銀色の肌をした、2メートルの長身の男のようだった。それから手に何か持ってぶら下げている。それが何であるか理解した時、私は愕然とした。村井が私の傍に寄って耳打ちする。
「おい我藤、何が見えたんや」
「笑ってる……相原さんと、リュウタ君と、光条さんの首を持って……」
「なんやて!」
奴が手を離し、三人の頭が地面に転がり落ちた。と同時に室内の電気がついた。目が眩む。その隙に奴もUFOから飛び降りた。
瞬時に敵と判断し私はガトリングを放った。奴の体が吹き飛ぶ。
「やったか我藤!?」
「いや」
井之頭さんはすぐに否定した。私にもわかった。飛び散った敵の破片がドロドロに溶け液体となり……集まってまた2メートルの男の姿に戻ったことが。
液体金属! それこそ昔映画で見たことがある。こいつは暴走したキカイ病患者ではない。金属生命体、そう、宇宙人だ。人形遣い本人か、彼奴の同類。
そいつはニィとほくそ笑んで、こちらに向かって走ってくる。私は再びガトリングを奴に向けて撃つ。しかし今度は自ら分解し、弾丸を避けて、また合体してみせた。なんて奴!
「ガトリングが効かない!」
「ここは俺に任せて二人は行け!」
「アカンって井之頭さん!」
井之頭さんは液体金属に向かって突進する。そして相手を組み伏せようとした瞬間、奴は全身が刃物に変貌し井之頭さんの機械の体をも切り刻んだ。本能が理解する。あんな奴には勝てない。
「嘘やろ……」
「村井君、逃げる!」
私は慌ててUFOの格納庫を出た。村井も後に続く。宇宙人も当然追いかけてくる。
「走れ我藤、追いつかれるで!」
「走ってる!」
「クソ、みんなやられてしもた……来んなや!」
村井は左腕の包帯を解きブンブン振り回しながら走った。奴が追い付いて私の体に触れようとする。その手を村井が切り落としてくれたが、液体金属、すぐに再生してみせる。
村井が奴の股間を思いっきり蹴り飛ばす。宇宙人は転んだがさりとて悲鳴を上げるわけでもない。すぐに体勢を立て直して追跡してくる。
「金蹴りは普通動けなくなるんやで、どうなってんねや! なぁ我藤、あいつを倒す方法はないんか?」
「映画では……確か溶鉱炉に落としたら死んだ……」
「それや! ここが地下ってことはマントルがあるはずや、マグマに突き落とせばええんや!」
「馬鹿なの? どれだけ深くだと思ってるの? 大体マントルは岩石で出来ているんでしょ!」
「じゃあ火口はどうや? 島ん山は火山やって聞いたで」
村井の奴は本当に馬鹿っぽいがこの提案には乗るしかなかった。私だって他の作戦を考えている余裕はない。狭い通路に来るとガトリングを後ろに向けて撃つ。相手は避けきれないで吹っ飛ばされる。再生まで10秒もかからないが、少し距離は稼げるので撃ちながら逃げた。
しかし元来た道を戻っているつもりが違う道に迷い込んでいた。途中上りと下りの階段が分かれているところがあって火口を目指すならと私達は上った。まるで地獄の綱渡りだ。もう振り返る余裕もなくなってきてひたすら二人で走る。
するととうとう地上の光が差し込んできた。私達は外に出る。すると最初の倉庫とは違う、岩壁に囲まれた場所に出た。頭上を青い空が覆う。逆に空から見ればおそらく窪みで、なるほど、作戦通り火口には着いたのだった。奇跡的に。
だが物事はそう上手くいかない。周りを見ればマグマが噴き出しているなんてことはなく、秋の涼しい風が吹き渡っていた。
「活火山やなかったんか……」
村井は気を落として膝に右手を置き、荒々しく呼吸する。私はもっと息が上がっていた。でも皮肉の一つ言いたい。
「活火山、だったら、ガスで、死んでるわよ、私達」
「せやかて我藤!」
「それより、奴は……」
振り返って暗い地下道を凝視する。しかし追ってくる気配はなかった。しまったやられた……
「私達は後回しにされた……会長達が危ない!」
「どういうことや?」
「奴だって私達を送り込んだ相手がいるだろうって、推測くらいはする……」
「なら連絡せな! こちら村井、会長応答願います……会長! アカン、なんでや通じへん!」
私も素灰田会長や花輪書記に連絡を取ろうと襟元のバッジを弄ったが、電波妨害か何かで通じなかった。もしくは……
すでに始末されてしまった、か。
嫌な想像が頭を満たす。ヨハネ先輩を失った時の光景が思い出される。そして先程殺された相原さん達の姿も。背筋が凍る。
「助けに行かんと……」
村井はすぐに踵を返す。私もそうしたかったがしかし、体がついていかない。ここに来るまででヘトヘトになってしまっていた。駄目だ、なんて情けないんだ。
「おい我藤、大丈夫か」
フラフラとする私に村井が肩を貸した。
「村井君、私を置いていって」
「そんなことできるかい! あいつが来たら殺されてしまうで! ゆっくりでいいから、歩けるな?」
「うん……」
村井の力も借りてなんとか私は歩き出せた。全く、自分が嫌になる。しかし自己嫌悪に浸っている場合でもない。ことは一刻を争った。
しかしあの液体金属を倒すすべを私達は持たない。会長達のところまで戻れても仲良く殺されるのではないか。ガトリングのことを無敵だと思っていたが、どうしようもない敵の出現に私の気持ちは揺らぎ、不安になる。
だがこの先待ち受けていたのは意外な結果だった。
ようやくあの小屋まで戻ってきた時には、空は赤く染まっていた。小屋まで戻ってきたと言っても建物は壊れてぐちゃぐちゃになっており、地面には血痕が飛び散っていた。
その中央で素灰田会長が倒れていた。花輪先輩が縋りついて泣いている。一足も二足も遅かった。
会長にはあるべきはずの生身の腕が二本ともなかった。
「会長、しっかりしてください会長!」
「チエミ……大丈夫だから……村井君、我藤さん、無事で良かった……」
「会長! どないしたんや! 宇宙人は!?」
「それなら安心、して……私が倒した……」
会長達の近くでへしゃげた金属の塊が落ちていた。素灰田会長の腹部波動砲を受けたのだろう。しかしギリギリの死闘だったのは破壊された倉庫と会長の腕を見れば簡単に想像できた。
花輪先輩の袖も千切れていたがそれは会長の腕の切り口を止血するのに使っていたのは見てとれた。血も止まっているが出血のせいで会長はぐったりしている。私達の疲れなんて比べ物にならない。
それなのに、会長は微笑んでみせる。
「私、ハンコ、押せなくなっちゃった……我藤さん、頼めるかしら?」
「そんなの、私がやりますから……だから会長、もう喋らないでください……」
花輪先輩が懇願する。見ていて痛々しい。
会長が相原さん達は、と言う。村井は悔しそうに首を横に振った。
「そう……うっ」
「会長!」
素灰田会長は呻く。こんなに弱々しい彼女を見ると素直に生存を喜べなかった。
やがてドクら医療班が来て、会長を担架に乗せる。ドクはこの惨状に顔をしかめた。
「酷い有様だね……あれは宇宙人の死体かい? おい、あれも回収しろ」
ドクの指示の元、金属の塊も運び込まれる。後で分析でもするのだろうが、今は放っておけばいいのにと思った。
「我藤さん、大丈夫かい? 君も随分顔色が悪い。息も切らしている」
「私は平気です。それより会長をお願いします」
「ワイからも頼むでドク!」
「ああ、私達に任せてくれ。彼女は助かるよ。ただ君達も無理しちゃいけないからね」
医者であるドクの言葉を信じるしかなかった。この時は。
こうして地下探索は多大な犠牲を払って終了した。後日、あの秘密基地のUFO群は爆破されることになったと聞いた。しかし私にはあれだけなんて到底思えない。液体金属の宇宙人が人形遣いだったかも疑問に残る。もし別人なら最悪だ。あんな奴らが複数いるってことなのだから。




