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第五話「文化祭」

「我藤さん、腕どうしたの?」


 珍しく遅刻せずに登校してきた私に、クラスの中心的なグループの女子が話しかけてきた。


「ちょっと壊れただけ」

「え~カワイソ~」


 確かクラス委員長を務めていた眼鏡の女子が言う。どことなく(あざけ)るように聞こえる。


「あなた達には関係ないこと」

「ねぇ、そんな言い方ないんじゃない」


 (とが)める視線をかわし、私は席に着こうとする。すると目の前に一人の男子が躍り出て、


「ズババババババ!」


 右腕をかざしてガトリングを撃つ物真似をしてきた。私をからかっているのだろう。小癪(こしゃく)な。


「おい、やめとけ。殺されるぞ」


 もう一人男子、そいつの友達らしい、が制止する。(わら)いながら。

 ガトリングを失くした途端、舐められてしまっている。全く嫌気が差す。人間というのはこうも矮小(わいしょう)な生き物なんだろうか。

 とはいえクラスの連中を恨んでも仕方ない。悔しいのは人形遣いに後れを取った自分だ。

 授業が始まって、左手でミミズのような字を書く。前からこうのはずが今はただ不自由に感じられた。

 退屈な時間はすぐに過ぎ去って昼休みのチャイムが鳴る。最近は購買でパンを買って一人で食べていたが今日は食堂に行った。サナに会えるかと思ったが出くわさなかった。写真部の方で食べているのかもしれない。文化祭が近く部でも何か出し物をすると言っていたのでその準備でもしているのだろう。

 午後の授業はあまりにつまらなくて寝ていた。ホームルームが終わって放課後になるとようやく意識がハッキリしてきた。

 いつもの習慣で生徒会室へ足を運ぶ。でも見回りはどうするんだろう。腕のガトリングを失った私はクビになるまである。そうなったら……どうするんだろうな、私は。

 生徒会室の前まで行くとちょうど扉から村井ムサシが金髪頭を覗かせた。


「おう我藤、ワイは用事あるからまたな」


 村井は背中を向けてその場を離れようとする。つい私は呼び止める。


「待って村井君、巡回は」

「それなら蝶野先輩が一緒にやってくれるって。中で待っとる。失礼ないよう挨拶せえよ」


 振り向いてぶっきらぼうに言った後、彼は頭を戻して生徒会室を後にした。

 私はノックしてから生徒会室に入った。


「失礼します、我藤です」

「我藤さん、こんにちは」


 素灰田会長が出迎える。昨日垣間見せた激情はちっとも連想できない、いつもの穏やかな雰囲気だった。隣には相変わらず花輪書記がべったりしている。

 そしてもう一人、見慣れない男子が部屋の中にいた。すらっとした体型で白髪が目立つ、切れ長な目の美少年だった。


「君が我藤さんだね。初めましてかな」


 優しい声色だ。村井のドギツイ関西弁とはえらく違う。

 会長は彼を差して紹介する。


「ああ、彼は副会長をやってもらっている蝶野ヨハネ君。私達と同じ三年生なの」

「僕のことはヨハネでいいよ」


 優美な副会長が握手を求め、私は左手を差し出す。彼は手も綺麗だ。私が恥ずかしくなるほどに。


「君の活躍は聞いているよ。右腕のことは辛いだろうけど、君が生き延びてくれて良かった。会えて嬉しいよ」


 蝶野ヨハネはにこやかにして私の手を握る。私がそそくさと手を離そうとすれば彼も引き留めるようなことをせず合わせてくれた。


「我藤にはこれまで通り巡回してもらうがしばらく副会長に護衛に付いてもらう。二人一緒で行動するように」


 花輪チエミが眼鏡をくいっとやる。ヨハネ副会長は軽快な動作で扉に向かっていった。その時彼の背中を見たら……機械で出来た羽と思わしき物体が折りたたまれていた。全部で四つある。

 彼が振り返って微笑む。


「それじゃあ行こうか、我藤さん」

「はい」


 なんだか良い感じの人だ、というのが第一印象だった。決して顔が好みだったから惚れたわけではない。村井某と比べて良い、というだけだ。

 我藤リンコは冷血、そうそう人を好きになったりはしない。




 ヨハネ副会長はパトロールの途中校庭に着くとベンチに座り込んでしまった。私にも横に座るように促す。逆らう理由はないのでその通りにする、がこれでいいのだろうか。


「ヨハネ……先輩は忙しいって聞きましたけど、いいんですか? こんなにゆっくりして。私に付き合ったりして」

「ああ、文化祭のことならいいんだ。君の方が大事だからね」


 恥ずかしげもなくそういうことを言うから、こちらの方がなんだか気恥ずかしくなる。


「まぁ正直に言えば、無防備な君は格好の的だ。もう一度人形遣いに狙われる可能性もある。その魔の手から守るのが半分、餌として利用するのが半分って会長のシナリオなんだけどね」

「そういうことですか」

「今人形遣いが現れた時間に全生徒・教員のアリバイを調べているんだ。普段は学園に通う誰かに成りすまして溶け込んでいる、という推理を元に。その聞き込みとかは村井君にもやってもらっているから安心して空を眺めていていいよ、我藤さんは」

「はぁ……」


 その話を聞くと人形遣い探しを手伝い気持ちになる。のんびりなんてしていられない。

私は立ち上がる。しかしヨハネ先輩は本当に空を見上げていて動こうとしない。


「あの……副会長?」

「まぁまぁ慌てない。君の人生は長いんだから。楽しんでいこうよ。見て、あの雲の形、カバに似て面白いと思わないかい?」


 ああ、良い感じの人だと思っていたがそれは誤りで変な人だ。私は肩を竦める。


「楽しむ必要なんてないです」

「それはいけない」


 急にヨハネ先輩は立って少ししゃがみ、私と目線の高さを合わせる。そんな風にされると彼の瞳に吸い込まれそうになる。


「必要じゃないことこそ大切なんだよ。そういう余裕を見失った時、人は獣に戻ってしまう」


 妙に真剣な顔をするものだから、納得させられそうになってしまう。唾を飲み込む。その音を聞いたヨハネ先輩は途端に笑顔に戻って言った。


「文化祭、楽しくなるといいね」

「そう、ですね」


 心にもないことを私も言ってしまった。




 とりとめのない夢を見た。

 私の体は軽くなり、宙を舞う。両手を広げ空を飛ぶ。私の右腕がガトリングじゃなくて生身なことを夢を見ている時はおかしいと思えなかった。

 下を見れば都会のビルや、森や、海が広がっていた。学校も通り過ぎていく。屋上で手を振っている人と目が合ったが、それはサナだった。よく見れば村井ムサシの金髪頭もあって何か喚いていたが聞く耳持たなかった。

 そしていつの間にか、右手に誰かの手が繋がれていた。視線を向けるとヨハネ先輩が一緒に飛んでいた。彼は微笑む。放課後パトロールの時みたいに。

 だがヨハネ先輩の機械の羽は途中で燃え尽きて、墜落する。彼を(すく)い上げようとするが重さに耐えられない。つい、手を離してしまう。


「ヨハネ先輩!」


 私はそこで目が覚めた。無い右腕を天井に突き上げているのにも気づいた。なんて夢だ。確かにここ数日は放課後一緒にいたのだが、こんな風に無意識に存在を刻みつけていたなんて。

 ベッドから起き上がってカレンダーを見る。もう10月になっていて今日という日に丸が付いている。ああ、文化祭の日だっけ。途端に気が重くなる。

 寝直そうとしたところ、サナが来て私の掛布団を引き剥がした。


「もう、リンコちゃん! 二度寝しちゃ体がなまっちゃう! 今日は文化祭だし学校行こ」

「行かない」

「えっ?」

「文化祭の日なんでしょ? 休んでも誰も文句言わない」

「リンコちゃん……えい!」


 サナは私の左腕を掴むと無理やりベッドから連れ出した。私は片腕なので抵抗できない。いやしないだけだ、みっともないから。

 トーストを私の口に押し込んで、サナは鼻歌を歌う。随分ご機嫌じゃないか。


「リンコちゃんと回る文化祭、楽しみだなぁ」

「わらひにひょひへんわひゃいのね……むぐっ、サナは写真部の出し物とかあるんじゃないの」

「あるけど写真を展示してるだけだし……それより文化祭こそシャッターチャンスなんだよ! 見て回らなきゃ」

「じゃあ私お邪魔じゃない?」

「全然そんなことないから。我藤リンコ、今日一日君を私の助手に任命する!」

「はぁ」


 サナのノリにはついていけないが、どうせ喧騒に飛び込むなら隣にサナがいる方がマシかなとも思えた。


「わかった、わかったから」


 そういうわけで私はサナと寮を出て、式島学園高等部の敷地に向かった。でかでかと文化祭と書かれた看板が入り口に置いてあった。制服を着ていない地元の人も来ていていつもよりも賑わっている。人が多いのは好きじゃない。でもサナははしゃいでカメラのシャッターを押している。

 人だかりが校庭に並ぶ出店に出来ている。焼きそば屋やたこ焼き屋といった定番の物が並んでいて、食べ物の焼ける音と共にソースの匂いが漂ってくる。


「うわーすごいね! ちゃんと今年も文化祭やれてるよ、出店もいっぱいだ」

「ちゃんとやれない時もあるってこと?」

「わかんない……でも先月はたくさん重症化して死んじゃったから……」


 そう言われて沢田ニカというサナの目の前で私が殺した生徒の名を思いだした。それだけじゃない。人形遣いに腕を壊された時に三体も暴走した生徒を見た。彼らの犠牲があったにも関わらず学校行事がやれているのはよくよく考えると奇跡的じゃないか。

 生徒会は人形遣いに屈しない、そう素灰田会長は力強く言っていた。文化祭を例年通り開催するのはそういう意思の表れでもあるのかもしれない。

 こんな時だからこそ楽しまなきゃ、とサナは言う。まぁ私は文化祭に楽しみを見いだせないが、今のところは。

 そこそこ良い絵が撮れたらしく、サナは満足して校舎の中に誘う。教室も喫茶やお化け屋敷になっているという。私のクラスは確かメイド&執事カフェをやるとか言っていた気がする。まぁ見に行くつもりはないが。

 サナがお化け屋敷に入ろうと言ったので私も付き合うことになった。入り口で吸血鬼のコスプレをした男子に本当に怖いから泣いても知らないぜ、なんて注意喚起をされたがいざ中に入れば暗いだけで安っぽいセットが待っていた。次々と生徒が脅かしに来るが全然怖くない。まぁ琥珀色の瞳が見えすぎるせいで台無しになっている感も否めない。


「わーすっごい怖かったね~」


 これは嘘だ。サナも冷静にお化けの写真を撮っていたじゃないか。そういえば心霊写真なんかを撮ることもあるんだろうか、少し気になったが聞くのはやめておいた。

 次にサナはダーツ屋を見つけて挑戦しようと言った。ダーツなら子供の頃一回だけやったことがある。が、二度とやろうとは思わなかった。しかし空気に流されて黒い矢を手に取る。

 今なら的がよく見える。外す気がしない。ド真ん中を狙って投げた、しかし計算と違って随分下の方に刺さってしまう。

 右腕のガトリングだったら絶対外さないのに。パシャっとシャッター音が耳元で鳴った。


「リンコちゃん、悔しがってる」

「悔しくない」

「ふーん」


 その後サナもダーツをやったが盛大に外していた。人のことは言えないじゃないか。しかし彼女は私と違ってそれでも楽しいようだ。


「次はあそこ、メイドカフェ行ってみようよ」


 サナが指を差したのはよりにもよって2-Bの教室だった。


「うちのクラス……」

「えー? 行こうよ行こうよ」

「いい」

「まーた遠慮のかたまり、そう言わずに」


 私は梃子(てこ)でも動かない気分だったが実際にはサナに押し切られてしまった。客引きをしていたクラスメイトがこっちを見る。ああ嫌だ。もう逃げられない。


「我藤じゃん、友達連れ?」

「初めまして、親友の多々良サナです」

「へーかわいいじゃん、サービスしてくよ……じゃねーわ、サービスいたしますお嬢様方」

「おかえりなさいませ、お嬢様……って我藤さん!?」


 スーツやエプロンドレスを着こんだクラスメイトが次々と私をじろじろと見る。私はなるべくサナを見て視線を合わせないようにする。


「衣装かわいいよね。リンコちゃんのメイド姿も見たかったなぁ……」

「似合わないと思う」

「えーそんなことないよ」

「ご注文はどうなさいますか」

「あっ、私カップケーキとアップルティー!」

「我藤さんは?」

「……アイスコーヒー」


 注文を済ませると溜息をつく。サナの奴、私の気持ちは考えずに暢気(のんき)に写真を撮っている。


「リンコちゃん」

「何」


 突然サナはカメラを私に向ける。


「楽しもうよ」

「楽しんでる」

「やっぱり腕がなくなってショック? こんなことじゃあ全然埋め合わせにならない?」

「別に、そんなんじゃないし」

「辛い時でも笑おうよ。ピースピース」


 サナはシャッターを押す。私は笑えない。それはサナの処世術だ。私には出来ない。

 注文していたコーヒーが届く私は一気に飲み干す。それを見たサナは少し悲しげな顔をしてカップケーキを頬張った。その後大袈裟なリアクションをしてみせる。

 2-Bのカフェを出ると私はほっと一息つく。逆にサナは少し気を落としているように見えた。


「良かったね~カフェ」

「ああ、うん」

「今度はバンドの演奏見に行く?」

「騒がしいのはちょっと……」

「えーっと、えーっとじゃあ……」

「我藤さん、こんにちは」


 その時人の群れの中から声を掛けられた。目立つ白髪の美男子は蝶野ヨハネ副会長だ。


「あっ、ヨハネ先輩」

「そちらは?」

「ルームメイトの多々良サナ。サナ、こっちは生徒会副会長の……」


 と言いかけてサナがヨハネ先輩を凝視していることに気付く。


「リンコちゃん、私、ちょっと自分のクラスを見に行かなくちゃ」

「どうしたの、急に」

「ごめんね。ヨハネ先輩、リンコちゃんを頼みます」

「いいよ」

「ちょっと、サナ?」

「リンコちゃん……頑張ってね」


 サナは私に耳打ちすると、笑顔で去ってしまった。サナってば何か勘違いしている!

 しかし取り残されてはどうしようもない。ヨハネ先輩は私の護衛でもあるし、彼と行動を共にするしかない。


「じゃあ文化祭、見て回る?」

「……はい」

「楽しくないのかい?」

「いえ、そんなことは」

「来てほしいところがあるんだ」


 ヨハネ先輩は歩き始める。彼の後を私は否応がなくついていくことになった。

 彼は校舎を出て、どんどん喧騒から遠ざかっていく。不審に思いながらも私はその背中を見失わないようにする。とうとう校門まで戻ってきてしまった。そうして彼は言う。


「文化祭、ボイコットしようか」

「え?」

「楽しくないんだろう? じゃあ楽しいところに連れていくよ。いや、君が気に入るかどうかはわからないけど、気に入らなければ部屋に帰ればいいだけだし」

「あの、ヨハネ先輩?」


 その時ヨハネ先輩は私の左手を強引に握った。そして学園内から連れ出そうとする。

 足がもつれる。だがすぐに歩くようになった。体が少し軽くなった。飛べそう、とまではいかないけれど……

 ドキッと心臓が高鳴る意味を、私は理解できなかった。

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