第六話「地に墜ちて」
文化祭で賑わう式島学園から離れ、私とヨハネ先輩は閑散とした街中を歩いていた。手を繋いで。
こんなの、遠い昔に親にしてもらった以来だ。人に見られたくないと思いながらも、手を離せない。幸い人気は少なかった。でもそういう問題じゃない。
さっきから急かすように鼓動が早い。何を焦る必要がある。私はちらっとヨハネ先輩の方を何度か見たが、いつでも微笑んでいた。サナや素灰田会長のどことなく張り付いたそれとは違ってすごく自然体に見える。彼は本当に頭がお花畑なのかもしれない。
街からも外れ、私達はやがて砂浜へと辿り着いた。するとようやくヨハネ先輩は手を振りほどき、私を置いて海へ向かって歩く。それを追う。
彼はさすらう波に脚を突っ込んで両手を広げた。
「海はいいね。空のようにどこまで広がっていて果てしないのに、空と違って肌に感じることができる。それはもう、とても心地よいよ」
「副会長は……能天気ですね」
「よく言われる」
彼はこちらを向いてはにかむ。こうしていると年頃の少年、よりもさらに幼く見えた。
お気に入りの場所があるからもう少し付き合ってとヨハネ先輩は言って波打ち際を歩く。私は少し離れて浜辺で並行する。
しばらくして、テトラポットが集まって岬みたいになってる場所が見えてきた。お気楽副会長は口笛を吹きながらテトラポットの上に乗る。そして海へ向かって一歩一歩進んだ。あんまり離れるわけにもいかず、私もテトラポット岬に乗った。
「ここは僕の相方が教えてくれた場所なんだ。気に入ったから、それを君にも共有したくて」
「相方って?」
「見佐田イリオ。彼は僕に島から出ようと言ったんだ。でも……」
ヨハネ先輩は背中を向けたまま右手を海に伸ばす。だがすぐ腕を下ろした。
「僕は行けなかった。飛べなかったんだ。だから彼は行ってしまったよ」
振り向けば、ヨハネ先輩は今まで見せたことのない物憂げな顔を見せた。
「ねぇ我藤さん、君はどこに行きたい? 空か、海か。外か、それとも学校か」
「私は……どこかへ行けば居場所があるなんて思ってない。私は異常者だから」
つい、そんなことを口から滑らせてしまう。でも彼を前にして引き出される。心の内を。
「でも案外私って普通じゃないかと最近思えるんです。ああ、落ち込んでますよ人並みに。サナに言われなくたって……ガトリングがやっと見つけた私の存在証明だと思ってたから……」
「異常だとか普通だとかって何を基準に決めるんだろうね」
「どういうことです?」
「僕は生まれつきこの髪の色だけど……個性だと思っているよ。でも個性は色々な要素が合わさって出来るもので、一つ欠けたところで大きく影響しない。ガトリングを失ったとしても、我藤さんは我藤さんだよ」
「そういうものですか」
「あくまで一つの物の見方だね。ただ君にはガトリングによらない幸せがあると思うんだ。君や村井君や、後輩達には幸せになってほしい。そういうお節介だよ。気に入らなければ捨てちゃえばいいさ」
ヨハネ先輩は随分さみしそうに笑った。その瞳にはどこか悲しみを讃えている。相方を失ってしまったことだろうか。私にはわからない。幸せになる道なんてもっとわからない。
「ヨハネ先輩、私には……」
その時言い終わる前に、前方の海上に上がった水飛沫の音が掻き消した。すればヨハネ先輩はこの上なく真剣な面持ちで私に向かって走り、抱きかかえて飛んだ。彼の背中の四枚の美しい羽根が展開して。バーニアを吹かす音。そして……
円筒がテトラポットにぶつかって爆裂し、凄まじい風と爆音が私達を襲った。
「何?」
「ミサイル、まさか……」
海の中から巨大な海蛇のような何かが浜辺に打ち上げられる。それは最低でも10メートルくらいはあって、体は金属で日光を反射してキラキラしていた。そしてその先端には人の顔のようなものが付いているのが小さく見えた。
「久しぶりだな……」
こともあろうか、そいつは喋った。合成音声のような金切り声で。
「相変わらずお高く留まって、見下しているんだなヨハネ」
「イリオ……」
ヨハネ先輩はそいつの名前を呼ぶ。さっき聞いた名だ。彼の相方とかだった。
「覚えていてくれたのか、律儀だな」
「我藤さん、あれは人形遣いが脳まで弄くった成れの果てだ。イリオの死体が喋っている」
「違う! あの方は俺にパワーをくれたのだ。この力は素晴らしいぞヨハネ。やろうと思えば島を丸ごと吹っ飛ばすことができる!」
「ならなぜそうしなかった?」
「お前がいたからだ」
それを聞いてヨハネ先輩は明らかに動揺した。かつて見佐田イリオだったものは言葉を続ける。力を込めて。
「しかぁし! お前は新しい女を連れてきた! おかげでもう未練なくお前を殺せる! さらばだなぁ蝶野ヨハネェ!」
イリオの長い体についているミサイルハッチが一斉に開く。
「我藤さん、振り落とされないでね、しっかり掴まって」
ミサイルが計8発発射された。どれもこれも寄ってたかって私とヨハネ先輩めがけて飛んでくる。対して先輩は私を抱いたままぐんと上昇する。本当に振り落とされそうなぐらい早い。そしてミサイルをいくつか引き付けて、直角に曲がった。
2発のミサイルが互いにぶつかって爆発する。だが6発がまだ追いかけてくる。振り切ろうとさらにヨハネ先輩はスピードを出し、不規則な軌道で飛んでみせる。また2発、ぶつかり合って花火になった。
雲の上まで届きそうな勢いだ。誘導ミサイルを避けている間、ヨハネ先輩は会長にバッジで連絡を取っていた。彼の顔を見れば余裕がある。成程、私の護衛を任されるだけはある。
全てのミサイルを誘爆して、ホッと胸を撫で下ろした時だった。ヨハネ先輩が私に血を吐きかけた。どうして? 一体何が? 考える余裕もなく、彼の背中から生えた翼が一枚、付け根から折れて取れた。
別のところから狙撃されたらしかった。ヨハネ先輩はバーニアを吹かしながらなんとか崩れた体勢を立て直し、眼下の街に降下する。そして膝をついた。
「先輩、大丈夫ですかヨハネ先輩!」
私は今朝見た夢を思い出した。あれが正夢になるなんて思いもしない。必死に彼の身体をさする。だが彼は私を見ていなかった。口をパクパクさせながら空を見ていた。
「僕は……飛べたのか? 本当に……」
「ヨハネ先輩!」
「我藤さん、君は、生きて……」
そして彼は頭を撃ち抜かれた。温かい血が飛び掛かる。ぶちまけられる脳漿。動かなくなる。急速に冷たくなっていく。私は彼の手を持って祈る。もう全て、どうにもならないというのに……
野次馬が集まってくる。だが銃声と共に瞬時に散った。代わりに一つだけ、気配が近づいてきた。敵の気配だ。私の目は十分離れた距離でも補足できた。
ヨハネ先輩を狙撃したのは、両手が銃剣の男だった。頭にも銃剣が生えていて、キカイ病患者の行き着く先であった。距離があるとはいえ向こうの射程に入っている。一方私はガトリングも持たないひ弱な人間だった。
足を動かすことさえできない。動かなきゃという意思とは反対にへなへなと座り込む。奴は銃口をこちらに向けながら、されど撃つことなくゆっくりと獲物を追い詰める。その口元が笑っているのだと気付いた時、弄ばれているのだと悟った。
怒りが湧いてくる。でも同時に恐怖を覚えた。本能的な恐怖。抗えない。もう駄目だと思えた。
「あの方は仰った。遊び場を荒らす生徒会は全員抹殺すると決めたと」
銃剣男は低い声で告げる。その時、別方向からも声がした。
「我藤!」
左腕の刀身を剥き出しにした村井ムサシが降ってきて、ガンソードマンに斬りかかった。敵もまた銃剣でこれを受け止め弾く。村井の体を吹っ飛ばすくらい力が強い。しかしそれで堪える村井でもなく、再び刃を走らせる。
金属の小気味よい音と共に刃と刃がぶつかり合う。村井は猛る。
「こなくそ、やれるもんならやってみい!」
「村井君!」
「おい我藤無事か! 蝶野先輩は?」
私は言葉に詰まる。それを返事と村井は受け止めた。
「……許さへん、絶対許さへんでお前!」
「動きが単調だ、素人だな」
ガンソードマンは勝ち誇って銃剣を振るう。一方を村井は防ぐが相手は両腕が銃剣だ、もう一方刃が迫る。揺れる金髪のすぐ下、首筋を狙って。
しかし切り落とされたのはガンソードマンの腕の方だった。
「ぐぅ、何と!」
「ムサシやなんて名前負けしとる思うてたけど、ワイは二刀流なんや」
見れば村井の右腕の肘からも刃が飛び出していた。隠し小太刀とでも言ったところか。
「南無三。これくらいやらんと気済まへん。次は首切るで!」
村井が凄むとガンソードマンは後退した。いや距離を取っただけだ。撃たせまいと村井も追うが敵は人間離れした俊敏さだ。撃たれる。しかし激しい金属音と共に村井の刀が弾丸を切り落としたのが見えた。彼の業も人間を超えている。
ガンソードマンは更に建物の隙間へと逃げ込んで私の視界から消えた。「逃げんなや!」と村井の怒声が聞こえた。しかし彼はその後すぐ慌てて私のところに戻ってきた。近くで爆発が起こった。ミサイル攻撃か。
「我藤、ヤバイ、撤退するで!」
村井に言われても私は動けない。全然立てないでいる。彼は焦った風に私の左腕を掴んで引っ張り上げた。
「おい我藤、爆弾が飛んで来とる!」
「……行けない」
「ああ?」
「だって、ヨハネ先輩を置いていけない」
そう言った途端村井は私の頬をぶった。
「バカか! アホか! 蝶野先輩は死んだ! お前はまだ生きとるやろが!」
強引に彼に連れ出される。しかし数秒のロスが仇となった。ミサイルが飛んできてすぐ近くで爆裂し、私の体は吹っ飛ばされる。
そして……意識が途絶えた。
気が付けば白い天井を見ていた。また、ここか。
鉛のように重い体を起こす。するとドクが椅子を回してこちらに向いた。
「目が覚めたのかい」
「ええ……」
ふと、私は気付いた。無いはずの右腕の感覚がある。見れば、ガトリングガンが復元されてくっついているじゃないか。
動かせるか、とドクが効いたのでこの重い腕を上げてみた。軽々しく。しっくりくる。本当に元通りみたいだ。
「君が頭を打って気を失っている間に接続させてもらった。撃てるかどうかはわからないけど」
「撃てます。ありがとうございます」
弾丸がリロードされた感覚があった。それは喜びであった。そして全てが夢だったように思えてきた。
「あの、ヨハネ先輩は? 私と一緒にいたんですが」
ところがドクの沈痛な面持ちが現実を突きつけてきた。
「蝶野君なら……爆発後をくまなく探して歯形が見つかったよ。8時間前のことだ」
窓を見れば真っ暗だった。時間の経過がずしりと重く効いてくる。
「そんな……もっとよく探してください。歯形だけなんてことないですよね?」
「残念だけど……起こったことは変えられないんだ」
ドクが私の分の紅茶を手渡した。それを左手で取ろうとするが震えて上手く取れず、落としてしまった。カップの破片が赤く塗れる。血のように。
私はそれを見てヨハネ先輩の死体を連想した。加えて腕を切り落とされた仇の姿を……
あんなものでは済まされない。あの人が死んで奴らがのうのうと生きているなんて許せない。
私の中で急速に怒りが渦巻く。ドクは割れたカップをあらかた拾うと、扉の前まで行って一回叩いた。デジャブだ。当然中に入ってくるのは金髪頭の少年だった。
「我藤……もうええんか?」
「ええ」
私は村井ムサシの前で立ち上がる。すると彼も呼応して爛々とした眼差しを向けてくる。
「リベンジいくで。我藤も付き合うやろ」
「当然」
私は決意した。ヨハネ先輩の仇を討つ。必ず討つと。
撃ち抜いてみせる。このガトリングで。




