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第四話「接触、人形遣い」

 9月も末になって、厳しい暑さも多少和らいできたところだ。一ヵ月近く経てば式島学園での生活も大分慣れてきた


「リンコちゃん、朝だよ。起きて」


 ベッドに横たわる私をサナが揺するが目を(つむ)ったまま無視するのもいつものことだ。


「もう、また遅刻しちゃうよ? 最近私よりだらけてるよね……それじゃあ先に行くからね」


 サナが離れると私はようやく目を開けて彼女の背中を見る。サナは近頃髪が伸びてきてツインテールにしている。一方私は鬱陶しくて前より髪を短くした。

 こうして遅刻することでサナと一緒にいる時間を減らすのは、あの時からしていることだ。私は彼女と距離を置きたかった。構われたくない。その資格もない。

 一人になってからようやく起き出して着替える。サナが用意してくれた朝食を取ってから重役出勤をした。

 遅刻してもクラスの連中は何も言わない。不良だと扱われてますます溶け込めなくなったがむしろ好都合だった。

 近頃のクラスは学園祭に向けて一丸となろうとしている。しかし生徒会の私は準備から外されていた。生徒会は特別。異質。ようはつまはじき者であった。

 かといって生徒会でも特別学園祭運営の仕事を任されなかった。副会長の蝶野さんという人なんかは鬼のように忙しいらしく私はいまだ会ってすらいない。村井ムサシともしばらく顔を合わせていない。ここでも私は仲間外れというわけだ。

 その方が楽だ。私は孤独を好む生き方をしている。一人で放課後パトロールをするのにも慣れた。もし敵性宇宙人と出会っても、誰も巻き込まなくて済む。

 今日は午後から雨模様で私は傘を差して校庭を見回っていた。当然誰もいない。ハッキリ言って意味がないと思うが、一応だ。サボってるつもりじゃない。

 ところが何か光る小さな虫みたいなものが雨に紛れて飛んでいるのが見えて、私はついそれを追いかけた。蛍にしては季節外れだし、何か様子がおかしい。それは随分と不規則な飛び方をしている。そう……まるで式島学園に行く途中で襲撃してきたUFOのように。

 未確認飛行物体を追って、校舎裏の方へ方へ。もうすぐで追いつきそうってところで私はそれを見失ってしまった。パッと消えた、としか思えない。代わりに背後から人の気配がして私は振り返る。すると傘を差して一人。顔は見えない。

 生徒じゃない。その服装からして教師か、あるいは不審者だ。私は後者の場合を考えて警戒する。そいつは口を開いた。


「お嬢さん、お尋ねしてもいいかね?」


 甘ったるい声だった。男のように聞こえるが低い女の声かもしれない。どことなく得体が知れない。しかもその口ぶりからして教師ではないのは確定した。

 返事をしてやらなかったが、そいつは構わず続ける。


「お嬢さんは生徒会の者だろう。何か不満はないかね? 生徒会は抑圧していないかね?」

「何を言う」

「お嬢さんの抑えがたい気持ちを押さえつけようとしているのではないのかね? 首輪まで付けて」

「……どちら様で」

「お嬢さんの仲間ですよ」


 私の琥珀色の瞳なら傘越しに顔色が見えるかと思ったが、何故か見れなかった。こいつには何かそういう能力がある。キカイ病患者だからか、それとも……


「私達は仲間だと思わないかい。この世の破壊を望む、仲間だと」

「破壊を望む?」

「そう、そのガトリングを思いっきり使ってみたいと思っている。違うかね?」

「これは……そう簡単に使えない」

「いや間違っている。その贈り物は好きに使ってこそなんだよ。私の仲間ならそれが思い通りにできる」


 そいつが傘から顔を覗かせた時には、もう手と手が触れる距離まで接近を許していた。私は一歩下がる。その顔があまりにも美形で、この世の者とは思えなかったから。

 右腕のガトリングをそいつに向けて言う。


「そんなことはできない」

「ああ、ARチョーカーなら外すことができる。実績がある。私を信じて体を預けてはくれないか」

「こちら我藤、人形遣いと接触」

「馬鹿ではないね、お嬢さん。しかし賢明な選択とは言えないな」


 奴が手を伸ばして私の生徒会バッジに触れようとしたから、さらに退いた上で持っている傘を投げつけた。ちょっとした目くらましだ。


「これ以上近づいたら撃ち殺す!」

「お嬢さんには撃てないよ」


 傘が宙に舞う。なおも奴は手を伸ばして、ガトリングの銃口に触れる。こいつは危険だ、撃つ!

 しかし弾が出なかった。それどころか私のガトリングが分解され、金属片が散らばる。


「そん、な」


 信じられない。何これ。こんなことが起こりうる? 私は何をされたのか理解が追い付かなかった。キンと金属が地面にぶつかる音が幾重にも重なる。雨粒が当たってキラキラと乱反射する。

 私のガトリングが、私のガトリングが。


「安心したまえ。お嬢さんが私の真の仲間に生まれ変わったなら、これより強大な力を手に入れるだろう。そして人間共を的にして楽しもうじゃないか」


 人形遣いの異様に長い指が私の首元に触れようとする。その時だ。一瞬雨が止んだ。

 違う。頭上を何かが覆っていた。上を見上げると、金属の脚が六本の異形が落ちてくる。人形遣いは猛スピードで飛び退いた。すると目の前に彼女が降り立つ。


「ようこそ生徒会へ、人形遣い。やはり我藤さんを狙ってきたわね」

「蜘蛛の糸を張っていたというわけか、素灰田ムツバ。私をどうする気かね?」

「無論、罪を(あがな)っていただく。チエミ」

「お任せを、会長」


 私の背後から、花輪チエミがチェーンを飛ばしてきた。体に内蔵してあったのが解放されたのだろう。そのチェーンは人形遣いを捉え、瞬時に巻き付き拘束する。


「私を捕らえることはできない」


 人形遣いは私にしたようにチェーンを分解して逃れる。その数秒の動作の間に素灰田会長は奴に接近し、組み付こうとする。これは惜しかったがまたも俊敏に逃げられた。

 奴は会長からは逃げの一手だ。明らかに警戒している。


「逃さない」

「来るがいい」


 会長が飛び掛かった瞬間、人形遣いのいた地面から全身刃物人間が飛び出してきた。暴走させられたキカイ病患者だろう。花輪チエミがチェーンを伸ばして会長の脚一本を捉え、引っ張って敵の攻撃を避けさせた。


「危ない会長!」

「ありがとうチエミ」

「私を守れ、いいな」


 人形遣いは刃物人間に隠れ逃げ出す。それを追おうとする素灰田会長を奴の手先が突き刺そうとする。

 会長は飛び上がり、腹部から空間を歪ませる何かを下に向けて撃った。

 すれば相手はひしゃげて、ただの金属の塊へと変貌した。まるでダリの絵画のようにぐちゃぐちゃだ。


「私を組みつかせまいと対策したのだろうけど、波動砲はこれくらいの距離でも威力を出せる。これで終わ……」


 しかし人形遣いが呼んだ手下はあれだけでなかった。

 見ればいつの間にか前方にも後方にも異形頭の者が立っている。全身機械化されているがそれぞれ男子と女子の制服を着ていた。挟まれた! 後方の敵は素早くチエミのチェーンをかわし、私に襲い掛かってくる。

 もっとも前方の敵を瞬殺した会長が組みついてきてこれまた波動砲の一撃で倒した。


「チエミ、GPSは?」

「すみません会長、発信器を付けたんですが……奴め、今反応が消えました」

「そう、ご苦労」


 雨の中、花輪書記は項垂(うなだ)れる。素灰田会長も拳を握って、


「私の生徒達をこんな風にして、よくも、クソカス野郎が……」


 普段の穏やかな会長とは思えない口汚さで怒りの形相を見せる。だがすぐに仮面を被って私に話しかけてきた。


「でも我藤さんが無事で良かった。大丈夫? 立てる?」


 手を差し伸べてくれる。しかしその手を取れない。左手で、右腕の付け根を押さえる。失ってしまった右腕の。

 その喪失感から立ち上がることもできず、へたり込む。


「ドクを呼ぶわね。チエミ、一応だけど人形遣いの捜索は続けて。おそらく奴は姿も形も変えて隠れるだろうけど」

「わかりました……」


 花輪チエミの声にいつもの覇気はなかった。彼女はその場を離れる前に私の耳元で(ささや)く。


「我藤、気を確かに持てよ」

「我藤さん、あなたは助かったのよ」


 会長もそう言うが、私は生きた心地がしなかった。

 だって、私の存在価値を今、失ったのだから。




 白い天井を眺めて30分が経っただろうか。いや正確にはもっとかかったかもしれない。ようやく起き上がる気になって上体を起こす。


「どう、落ち着いたかい?」


 ドクがティーカップを持ちながら私に声を掛ける。顔を合わせたくなくて、保健室の窓を見る。雨は今も降り続いている。


「痛みはあるかい?」

「別に」

「体はそうだろうが、心はどうかな。ショックだったろう。でも安心するんだ。君の腕は治してみせる」


 軽妙な金属音がして、私はドクの方を見た。すると彼の机には機械の部品が並べられていた。あれは間違いない、私のガトリングだったものだ。


「初日に君の右腕を触らせてもらって、構造を大体覚えた。パーツは全て回収したから後は組み立てるだけだ。本土から技師を呼んだ。今すぐにとは言えない、最低でも三日くらい待ってもらいたいが……必ず復元してみせるよ」

「本当、ですか?」

「ああ。お茶飲むかい? ホッとするよ」


 ドクがもう一つティーカップに紅い液体をなみなみと入れ、私に手渡してきた。左手で受け取って口を付ける。さっと飲み干す間にドクは席を外し、入り口まで行ってコンと扉をノックした。

 すると扉が開いて金髪の男子が姿を現した。左腕の刀に包帯を巻いている。久々に見る。

 村井ムサシはつかつかと歩いてくる。いつもみたいに怒った顔をしないで、神妙な面持ちなのが似合わない。私のすぐ前まで来ると突然、頭を下げた。


「スマン我藤! ワイがお前を一人にしなければ、こんなことにはならへんかったのに……」


 一体どうしたことか。あの村井ムサシが私に謝るなんて。地球がひっくり返ったかと思った。


「村井君、扉の向こうで君が起きるのをずっと待ってたんだよ」

「ドク、それは言わんといてや!」

「ははっ」


 ドクが悪戯っぽく笑うと村井は顔を赤くして抗議していた。村井ムサシ、こういう一面もあるのか。


「クソ、我藤までワイを笑って……」

「私は笑ってない」

「鏡見いやアホ! ほなワイは生徒会室に戻るからな、我藤はまっすぐ帰れよ」


 村井ムサシは大袈裟(おおげさ)な怒り肩をして保健室を出ていこうとする。私はその背中に声を掛ける。


「村井君」

「なんや」

「あんたのせいじゃないから。私がドジを踏んだ。一人じゃ……何にも出来ないのに」

「あんま自分を責めんなや」


 そう言って村井は扉の向こうへ消える。私もベッドから降りる。ドクに空のティーカップを返し、部屋から出ていく。


「お世話になりました」

「礼はいいさ。いつでも使ってくれ。私達はそのためにいるんだから」


 手を振るドクを尻目に私は廊下に出て、誰もいないことを確認した後左手で自分の頬を打った。

 これは制裁だ。弱い自分への。

 強がったって、一人で生きていけない。

 気分は最悪だった。

 ないはずの腕がじんと痛んで、私はうずくまる。

 だが足音が迫るのが聞こえて慌てて立ち上がる。金属を引きずる独特の足音だ。その持ち主をよく知っている。

 多々良サナが曲がり角を曲がって私を見つけると、急いで近づいてきた。


「リンコちゃん、大丈夫? 保健室に運ばれたって、今さっき村井君に会って聞いて……腕が……」


 サナは私の右腕が失われているのに気づいてはっと息を呑む。


「ああ……でも全然大丈夫だから」

「リンコちゃん!」


 突如サナは私に抱き着いてきた。


「無理しないでいいから……」


 そんな風にされたら、私……

 誰にも見せたくないのに。冷たい金属の目から涙が溢れ出てくる。こんなのバグだ。私はこういう人間じゃないのに。でも止める術を知らない。


「でも無事で良かった、本当に良かった……」


 サナも泣いている。サナが泣く必要なんて全然ないのに。どうしてだろう。

 どうしてこんなに、温かいんだろう。

 空っぽの右腕の代わりに左腕でサナを抱き返した。欠けた心を埋め合わせるように。

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