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第三話「撃つなガトリング」

 生徒会室という箱を開けてみればびっくりどっきり人間の巣窟であった。窓際にいたポニーテールの女子生徒が六本の機械の脚を動かして私に迫った。


「初めまして我藤さん。生徒会長をやらせてもらっている3-Aの素灰田(すはいだ)ムツバよ。以後よろしく」


 生徒会長は微笑んで右手を差し出してくる。求められたから私は生身の左手で握手をした。するとこの素灰田ムツバの傍にいた眼鏡の女子もにじり寄ってくる。


「三年、書記の花輪チエミだ。お見知りおきを」

「どうも」


 同じように握手をしたが、花輪チエミはずっと私を睨んでいる。正確には私の右腕を。まるで値踏みしているかのような視線だ。あまりじろじろ見られるのは好きではない。

 一方金髪の男子は動かない。素灰田会長が彼の名を呼ぶ。


「村井君」


 返事はない。自己紹介の代わりに会長が紹介をする。


「あっちは村井ムサシ君。あなたと同じ二年生。そしてあなたの相方になる子」

「会長、ワイはこんな奴とは組まへんで!」

「おい村井、言葉を慎め!」


 やっと花輪書記は私から視線を外し村井ムサシを咎めた。まぁまぁと素灰田会長は(なだ)めるように言う。


「生徒会ではいかなる状況にも対応しやすいようにツーマンセルが基本、そうでしょ村井君」

「せやけど……ワイの相棒は刃先輩だけなんや!」

「刃君は死んだでしょ」


 声色こそ穏やかな素灰田ムツバだが言葉は冷たい。村井ムサシはぐっと唾を飲み込む。

 生徒会長は何か合図をすると書記が机の方に一旦向かって何かを取ってきた。それを私に無造作に手渡す。どうやら生徒会のパンフレットと……バッジだ。


「これ、後で読んでおいてね。それとこのバッジも付けておくように。小型の通信機になっているから、何かあればすぐ連絡を取ってね」


 ARチョーカーといい、制約が多くなってきた。まぁいい。言われた通り胸元にバッジを付ける。それを見て会長はまた微笑した。


「生徒会の仕事は生徒を守ることだ。公安から聞いているだろうがこの学園には生徒を食い物にする『人形遣い』が潜んでいる。生徒会はこれを許さない。奴も奴の手先も全て倒す。持てるものを使ってな」


 花輪書記がハキハキと説明する。OK、ようするにこのガトリングで悪い宇宙人を撃ち殺せばいいんだな。それ以外の重荷は押し付けられそうになくて安心した。


「我藤さん、初めに言っておくけど私が生徒会長になってから一人死んで一人失踪してる。気を付けて、ね」


 驚かすように会長が言う。しかしそれを聞いても恐ろしくはなかった。自分が圧倒的に強いという自信があるからか。

 すると黙っていた村井が口を挟んできた。


「なんやさっきから喋らんでおすまし顔で、世の中舐めてますって目しくさって、そんなんやったら真っ先に死ぬで」

「私は……死ぬつもりはない」

「なんやいけ好かんやっちゃな!」

「そこまで。我藤さん、放課後また生徒会室に来てくれる? そこで村井君と落ち合ってパトロールに出てもらうから。村井君、いいね?」

「……はい」


 関西弁の小僧は会長の言うことには従うそぶりを見せた。不服そうなのは顔を見れば明らかだが。こんなに私に対して当たりの強い人間、初めて見る。こう嫌われては私とて好印象は持てない。

 村井ムサシは用が済んだとばかりに部屋を出ていって、会長は授業が始まるからと言って私にも退室を促した。(きびす)を返し私はその場を後にする。


「使えますかね会長?」


 扉を閉める直前、花輪チエミの声を聞いた。まぁ自分の力を彼女らに証明するとかはどうでもいい、もう一度ガトリングを撃てるならそれでいい。




 その日の授業が終了して再び生徒会室を訪れると、扉の前で村井ムサシの奴がもたれかかっていた。


「ガトリング、言っておくけど今日だけやで。巡回ルートを教えるだけやからな。後は……」

「一人で構わない」


 その方が気は楽だ。私はいつも一人なのだから。


「ほら、誰ともつるまへんって態度や。せやから組みたなくなるんやわ」


 村井めはチッと舌打ちして私の琥珀色の瞳を凝視すると、金髪頭を振って背中を向けた。


「はよついてこいやガトリング。迷子になっても知らんで」


 速足で歩きだす。関西出身はせっかちだと何かで見たような気がする。ともかく私も早歩きで彼を追う。

 私達はまず人の集まる部室棟から見て回った。それから体育館にプール、炎天下のグラウンドから日陰の怪しい校舎裏までくまなくチェックする。

 随分歩き回った気がする。何しろ式島学園はマンモス校でやたらめったら広い。おかげで空も赤みを帯びてきた。するとふと村井が立ち止まって質問をしてきた。


「なぁガトリング、ワイらの敵は何やと思う?」

「何って宇宙人……人形遣いでしょ」

「人形遣いのクソはコソコソ隠れて滅多に出てこうへん。その代わりアイツはウチの生徒の脳を弄くってバケモンにしやがる。大抵はこの元生徒と戦うことになるんや……」

「そう」

「忠告しておくけど躊躇(ちゅうちょ)したらアカンで。キカイ病は頭やられたらもう助からん。ワイらが介錯してやらんと……被害が広がる」

「倒せばいいんでしょ」

「せやけど……せやけどなぁ」


 村井ムサシは何か怒ったように口を尖らせた。彼は私に何を期待しているんだ?


「人の情も持たなあかん。刃先輩が言うとった。刃先輩はワイが入学したてで右も左もわからん頃から色々教えてくれた。戦い方を叩きこんでくれたから今のワイがある。でもワイは未熟やった。だから刃先輩を死なせてもうたんや……」


 彼は右腕を震わせて元相方を回想しているようだった。想像は出来るが私には関係のない話だ。


「ガトリング、お前はいけ好かんやっちゃけど死なせはせんで。いざって時はワイが守ったるわ」

「結構よ。自分の身は自分で守れる」

「ホンマ……ホンマいけ好かん奴やな! 新入りの癖に調子こいてんちゃうで!」


 村井の奴は思いっきり唾を飛ばした後、そっぽ向いて走り出した。私を置いていく気だ。その後を追おうとすれば向こうから「解散や解散」と巡回の終わりを告げられた。

 これだから男子は。呆れる。村井ムサシ、私だってあんたとは相容れない。

 日が暮れないうちに寮に帰った。翌日の放課後、村井は宣言通り私の前に姿を現さなかった。




 式島学園に転入してから一週間が経った。この複雑怪奇な城の構造も大体把握して、放課後のパトロールも一人でこなせていた。

 何も起きてない。時折人の気配を感じて振り返ることがあったが誰もいないことが多かった。そう過敏になることでもないなと一週間も経てば気付く。

 早くも飽き始めていたのもあって、今日の放課後はサナの写真部を一度見に来てほしいという勧誘に乗ることにした。

 サナとは休日に一緒に街に出かけた。土曜は半日授業なので日曜一日のことだけだ。この島では式島学園以外にも学生向けの商売をやる人間が集まって商店街を形成していた。ごく小さく数時間であらかた見て回れるものだったが。カフェで一服したりしたが、そこの店員も指が金属でキカイ病患者だったことに気付いた。学生達の卒業後の進路のうちの一つなのだろう。

 サナは将来的には実家のパン屋を手伝うみたいなことを言っていた。彼女は家族との繋がりを捨てていないようだ。同じ場所にいながら、まるで別のところにいるかのような感覚があった。その時生徒会の面々はどうなんだろうと思ったりした。村井ムサシはあの性格だと勘当されていそうだ、などと考えると留飲が下がった。

 そう心に思っていると急に笑ったようにサナには見えたらしくどうしたのと笑われてしまった。まぁサナの方はいつも笑顔なのだが。私は笑ってない。断じて。

 休日のことを思い出しながら部室棟の方へ歩く。校舎と校舎の間の渡り廊下まで来ると、向こうの角から元気いっぱいのサナが手を振りながら現れた。


「あっリンコちゃーん! 来てくれたんだね」

「サナ」


 私は目を丸くした。サナの背後から何かが迫りくるのを琥珀色の瞳で捉えた。

 識別する。それはサナの体格の二倍は大きく、頭部は金属に覆われ蝉みたいな顔付きをしており、腕部が肥大化して蟹の(はさみ)のような形をしていた。子供の頃見ていた特撮番組に出てくるなんとか星人みたいな奴だ。人間じゃない。


「サナ、後ろ!」

「えっ、きゃあ!」


 そいつはサナの胴体を蟹みたいな右腕で挟み込み、軽々しく持ち上げてみせた。


「は、放して、苦しい……」

「サナ!」


 私は右腕のガトリングを前に向ける。すると化物はサナの体を盾にするように突き出し、こちらに向かってきた。

 よく見ればコイツ、左腕の鋏から血を垂らしている……すでに誰か(あや)めてきているんだ! コイツはサナを盾に私を殺して、その後も学園の生徒達を殺し回るに違いない。

 生徒を守るのが生徒会だ、と書記は言っていた。パンフレットにも書いてある。

 撃つ、べきか。

 サナごと。

 躊躇するな。どこぞの誰かも言っていた気がする。私はガトリングを構える。

 ……撃つ。

 その直前だった。渡り廊下の窓ガラスが割れて、外から誰か乱入してきた。あの金髪頭とアンバランスな左腕は間違いない、村井ムサシだ。


「撃つなガトリング!」


 村井は叫び、左腕の包帯を解く。すると煌びやかな刀身が露出した。彼は左腕の刃を振るって蟹の化物の腕を切り落とす。金属で出来ているだろうにいとも容易く切断してみせた。

 サナが解放されて床に転がる。暴走したキカイ病患者はもう片方の腕の鋏で村井ムサシの首筋を狙ったが、逆に切り落とされた。今だ。私はガトリングを放つ。奴を蜂の巣にし、頭も破壊した。

 状況は一瞬にて終了。私はサナの無事を確認するために歩み始める。一方で村井ムサシが立ちはだかるように私に近づいてくる。

 サナの前に村井が立って、私を睨む。


「何?」


 次の瞬間、鋭い痛みが私の頬に走った。村井が右手で私をぶった。


「ワイの平手は男女平等や……なんでぶたれたか、わかるかぁ!」


 村井の奴はそのまま私の襟元を掴み、怒声を浴びせる。


「友達を撃とうとする馬鹿がどこにおるんや! わかってんのか!」

「意味がわからない……躊躇するなって教えたの、村井君でしょ」

「せやけどなぁ……せやけど! 人の心はないんか? ワイらは人を傷付ける武器を手にした以上、それを制御せなあかんねんで! じゃないと猛獣や。コイツラみたいにな」


 村井は左腕の刀でかつて人だったものの残骸を指し示す。私達の成れの果て。私達とは……


「私は違う……猛獣なんかじゃない」

「じゃあ冷血漢や! ホンマに……」


 ぎゅっと村井が私の襟元を締め付ける。そうしていると彼の後ろでサナがゆっくり立ち上がろうとする。


「違うよ……リンコちゃんは間違ってないよ……そんな風に言わないで」

「サナ!」

「おい、大丈夫か!」


 再びサナがバランスを崩して倒れそうになったので、慌てて村井が私から手を離して彼女を支えた。その姿を直視することができず、私は顔を背ける。


「ワイはこの子を保健室に連れていくわ。ガトリングは会長に連絡して全部報告せえよ。わかってるな?」


 村井はサナに肩を貸して私を通り過ぎていく。その時サナの顔が怖くて見れなかった。もしもいつもみたいに、作り笑顔をしていたら……

 急に自分が最低の人間に思えてきて、ガトリングを撃った解放感などは消え失せてしまっていた。




「そう」


 生徒会室で私の話を聞き終わった素灰田会長は短く頷いた。彼女は村井ムサシのように私を糾弾しなかった。感情が上手く読み取れない。会長は自分というものを押し殺している印象を受けた。


「会長!」


 扉が開いて花輪チエミが入ってきた。彼女は素灰田ムツバにぐっと近づいて何か耳打ちする。すると会長はありがとうと花輪書記に礼を言ってからその内容を告げた。


「暴走した被害者が判明したわ。沢田ニカ、一年生。彼女の部位は両手で軽度の物であったから、人形遣いによって重症化させられたと考えるべきね」


 素灰田会長の声は穏やかで、淡々としすぎさえある。一方で書記の花輪は感情に露にして机を叩いた。


「新入りの我藤を狙って威力偵察のつもりだろうが、生徒を食い物にして……」

「落ち着いてチエミ。起こったことはどうしようもない。今回村井君と我藤さんが解決して被害も最小限に食い止められた、そう考えましょう」

「会長……でも悔しいです……」

「そうね」


 会長は花輪チエミを手繰り寄せて頭を撫でた。二人はそういう仲らしい。途端、サナの顔が頭によぎる。


「素灰田会長……会長は私を責めないんですか?」

「どうして? ああ村井君が何か言ったんでしょう。あまり気にしないでね、彼も悪気があるわけじゃないの。ああ見えてこの一週間我藤さんのことを見守っていたし」


 ああ、一人で放課後巡回中に感じた気配は村井のものだったのか! だからあの時もすぐ駆けつけたのか。

 しかしそれももう終わりな気がする。決定的に嫌われてしまった。

 多分、サナにも。

 我藤さんって冷たいよね。

 人の心はないんか。

 そんな風に言われるのは慣れている。心は痛まない。


「……我藤さん、大丈夫? 今日は帰って休むといいわ」


 会長は私の顔を覗き込む。でも今は誰にも顔を見られたくない気分だった。


「大丈夫、慣れていますから」




 寮に帰ると一人だった。私は早々にベッドに潜り込む。それからほどなくしてサナが帰ってきたが、寝たふりをした。

 するとサナは私の傍に寄って、(ささや)きかけた。


「リンコちゃん、私は大丈夫だから……今日のことは気にしないでね。私も気にしてないから……」


 目を(つむ)ってサナの方には決して振り返らない。


「それじゃ、また明日ね」


 また明日、か。そのサナの明日を私は奪おうとしたのに。サナがどうしてまた明日なんて言えるのかわからない。

 右腕のガトリングが、重い。初めてこれが呪わしく思えた。

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