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第二話「式島学園」

 絶海の孤島に築かれた式島学園はとにかく巨大で圧倒的だった。

 中等部・高等部・大学で敷地が分かれているが高等部だけでも前の学校の二倍は広いんじゃないかと思われた。更に隣接する寮棟がずらっと並んでいて団地のようになっている。その外には学生向けの小さな街もあるが、島の大部分は学園の敷地だ。

 私は寮に割り当てられた自分の部屋に荷物を置きに行きたかったが、例のUFO襲撃でトランクケースも車と運命を共にしたから手ぶらで確認しただけになった。一応式島学園の制服だけは部屋に用意されていて、私はささっと着替えるとその場を後にする。

 そうして真っ先に高等部の保健室を目指した。私をここに連れてきた郡野レギオという公安の刑事がそうするようにと言っていたからだ。逆らう理由はない。ただ彼の意にそぐわない行動をすれば首に付けたARチョーカーが今にも爆発しそうな気がして、少し嫌な気分になった。折角ガトリングの右腕を手に入れたのに死んじゃいられない。

 とにかく学園が広くて砂漠の中で水場を探すが如しだったが、なんとか保健室を見つけて入った。

 すると目の細い、がっちりとした体格の保険医が椅子に座って私を迎えた。


「転校生の我藤リンコさんだね」

「そうですが」

「私のことはドクと呼んでくれたまえ。さぁ座って。その腕をよく見せて」


 言われるがまま私はドクの目の前の椅子に座ってガトリングを突き出した。


「ほう、これはすごい……触ってみてもいいかな?」

「触るんですか」

「嫌かい?」

「嫌です」

「でも触ってみないことにはわからないからね」


 私の意思は無視してドクは触診を始めてしまった。金属の肌を彼の指がなぞる。先端から付け根まで、執拗(しつよう)に。


「よし、大体わかった。弾はあるのかい?」

「どうやら私の体内で作られているみたいです」

「そうか。撃ってみて、と言いたいところだけどここが滅茶苦茶になると困るからなぁ……また今度見せてくれるかな。私の携帯番号を渡しておくから」


 そう言ってドクは名刺を差し出した。彼の本名が書いてあるが興味はない。保険医のドク、それ以上でも以下でもない。


「何か体に不調があったらすぐに私に連絡するように。24時間どこでも私か救急スタッフが飛んでいく。サポートは万全でいるつもりだ。本当に、ちょっとした違和感を覚えたとかでもいいからね」

「お世話にならないようにします」

「そう祈っているよ」


 私の物言いに不快になるどころかドクはにっこりと笑ってみせた。なんとなくやりにくくて私は速足で退出する。

 それから職員室に顔を出した。一瞬、中にいた教師たちが唖然としたのを私の琥珀色の目は見逃さなかった。担任ではないが案内役の教師が出てきて、私を自分のクラスまで導くことになった。2-Bの教室の前へと着き、そこで担任と入れ替わった。

 担任の教師はぼさぼさの髪に眼鏡の理系っぽい男の教師だった。数学か生物が担当かもしれないなと思った。それで聞いてみようと思ったが、彼から日本史の教師だと紹介された。


「それじゃあ入って」


 担任はぶっきらぼうに言って教室の扉を開けた。私はそれに続く。

 生徒達は一斉に私を見て、私も彼らを見た。正確に言えばお互いの機械化された部位を観察していた。ここの生徒は皆キカイ病患者と聞いていたが、指先が少し金属化しているくらいで普通に見える者もいれば、両足が機械だったりして目立つ者もいた。一方彼らは私の右腕を見て騒然としていた。


「なにあれ、ガトリング?」

「やばくない?」

「こわ~」


 口々にそんなことを言っているのが聞こえてくる。

 教卓に手をついた担任が自己紹介を促す。私は手短に言う。


「我藤リンコです。見ての通りの右腕と目です。よろしくお願いします」


 しばしの沈黙が流れる。担任が促してようやくクラスメイト達は拍手をした。だがすぐに止んで、私は空いている席に座る。

 それでいつも通りらしいホームルームが始まって、話し終えると担任は出ていった。2-Bの生徒達は新たなクラスメイトを質問攻めにしたりする……なんてことはなく、部活などで彼らもそそくさと出ていく。何か私の方を見て話をしながら。

 誰一人、私に近づかない。早くも浮いてしまったのは明らかだった。まぁ流石に腕が凶器なのは私だけだからか。同じ病気の集団でも、私は異質だった。

 でも慣れている。学校に馴染めないのは昔からだ。

 クラスメイトと仲良くする、そんな必要性を私は感じなかった。だから誰かと深く付き合うことはなかったし、大抵空気のような存在だった。

 ただ小学校5年生の時、クラスでいじめが問題になって学級会が開かれ、そこで私の意見を求められたことがあった。そこで言った。

 いじめた側には「クラスではいい顔をしてるがその裏では陰湿で卑劣な人間だ」と。

 いじめられた側には「グズでとろまでいじめられるのは仕方ない人間だ」と。

 私はクラス全員から睨まれた。教師からの評価はこうだ、我藤さんはハッキリと物を言いすぎると。口はわざわいの元。あれ以来、自分を表に出さないようにしている。

 我藤さんって冷たいよね。中学ではこう言われていた。私は無視され、あるいはいじめられない程度には恐れられる生徒でもあった。

 まぁ別にいいけどね。人付き合いとかしたくないし。私は学園に潜む敵性宇宙人とやらにガトリングを撃てればそれでいいんだし。

 私もさっさと寮に帰ることにした。




 寮の自分の部屋に入った途端、パシャっとシャッターを焚かれた。反射的に左手で顔を防ぐ。だが撮られた後にしても無駄だ。

 カメラを構えた女子が私が出迎えた。そうだ、同居人がいるというのを郡野さんから聞いていた。全く不本意であったが。そのルームメイトはカメラを下ろしてはにかんでみせる。


「ごめん、つい……自然体の良い絵が撮れると思って……我藤さん、だよね? 私多々良(たたら)サナ。サナって呼んでね」

「はぁ」

「あ……怒ってる?」

「怒ってませんが」

「それなら良かった! 私写真部なんだ~今の一枚は良い感じだと思うよ。我藤さんも見る?」


 多々良サナを名乗る女子は厳めしくレトロチックなカメラを裏返して見せに来る。だが私の視線はこの時引きずった彼女の左脚に注がれた。シンプルな金属の棒といった感じで歩くには不自由そうに見えた。だがそれを気にするようには見えない。

 しかも相手は私の右腕すらごく自然かのように気にする素振りを全く見せない。


「どう?」


 感想を求められても私の姿はガトリングしか褒められるところがないので黙ってしまう。サナはその沈黙を答えと受け入れたのか、質問を変えた。


「えーっと、我藤さんって下の名前は?」

「リンコ」

「じゃあリンコちゃんって呼ぶね」


 どうぞご勝手に。だが付きまとわれる予感がして、それは嫌だった。一人にしてほしい。

 けれどサナはニコニコしてそれを許してくれない。


「お祝いしなきゃ! ごめんね、ケーキとかはないんだ。でも夕ご飯はちゃんと二人分作ったから一緒に食べよ~立ち話もなんだし、ささ」


 サナはフンフンと鼻歌を歌いながら奥へと入っていく。そのまま突っ立っているわけにもいかないので私も後に続いた。テーブルを挟んで手前に座り込む。

 サナの方には箸が置かれていたが、私にはスプーンが用意されていた。利き腕で箸を持てなくなったのを悟っているかのようだ。


「あっ、私は両手が使えるから、困ったことがあったら言ってね。手伝うから」

「別にいい」

「遠慮しないでいいんだよ~いただきます」


 サナはこれ見よがしに手と手を合わせた。本当に、私の腕がガトリングになったからといって困るものか。サナをじっと睨んでみたが、彼女は動じないで食べている。


「リンコちゃんって目力あるね~」


どうやら随分お気楽な性格のようだ。


「あっ、拍子抜けって顔してる。もっとリラックスしていいんだよ、ここがリンコちゃんのうちなんだから。そうそう……」


 それからというものの聞いてもいないのにサナは自分のことを語りだした。五人家族で姉と弟がいることや、中学に上がった記念にカメラを買ってもらって写真を撮るようになったこと、好きな俳優のこと、島での生活を始めた頃のこと……どれも興味があまりなくて適当に相槌を打って聞き流していた。

 だが病気の話になった途端、私はサナの一言一句を聞き逃さないようにした。


「……でもうすぐ卒業って時に脚がキカイ病に冒されて、最初はちょっと戸惑っちゃったな~もう駄目かもって思ったし。でも脚一本で済んで。カメラは持てるからいいかなって。だから高校は式島学園にしたんだ~写真部もあるし」

「サナは私のことを憐れんでいる?」

「いや、全然、そんなつもりで言ったんじゃないよ! リンコちゃんもリンコちゃんの腕もカッコイイと思う」

「カッコイイ? どこが?」

「だって首輪付けてまでありのままの自分を選んだんだもん」


 そういえばサナはARチョーカーを付けていない。彼女は私を気遣っているのかもしれないが、やはり相容れない気がした。サナは普通の人で普通にハンディキャップだと思っているのかもしれないが、私は違う。このガトリングは神の賜物(たまもの)だと考える異常者だ。だから首輪を付けられている。

 私は銃口をサナに向けた。流石の彼女も突然の行為にビクッと肩を震わす。はい普通。


「どうしたの、リンコちゃん。何か私、気に障ったこと言っちゃった?」

「サナ、私に近づかない方がいい。私のこれは狂暴だから」

「そんなの……使う人次第だよ。リンコちゃんは正しく使える人だと思うから」

「そんなことわからないじゃない。どうしてそう言える?」

「リンコちゃんの友達になりたいから。友達を信じるのは当たり前だよ」


 友達、ね。自分とは縁のないものだ。人と仲良くする必要性なんて感じない。ただこれ以上トラブルを起こしたくなかったからガトリングは降ろす。するとサナはニコリと笑った。


「リンコちゃんっていい人だよね」


 我藤さんって冷たいよね。そう言われるのが普通のはずなのに。なんで? なんなの多々良サナ。

 サナが食器を片付ける間、私は何も言えなくなった。




 学園生活二日目が幕を開けた。

 昨夜早くに寝たので珍しく気怠さがなかった。中学の頃から朝食べる習慣がなかったのだがサナがどうしてもと言うのでトーストだけ口にした。登校も彼女と一緒で、とりとめのない話を私は聞き流していた。構われたくない。まぁそのうち向こうも暖簾(のれん)に腕押しだと思ってやめるだろう。

 2-Bの教室の直前でサナと別れ、ようやく私は一人きりになった。教室に入っても誰も挨拶してこない。それが普通だ。猛々しいガトリングが私を孤独にしてくれる。

 授業が始まって早々、板書を写すのは諦めた。郡野さんが折角文具一式用意してくれたのだが左手ではミミズのような文字しか書けない。授業の内容を半分くらい頭に入れておく。成績は悪かった試しがないのでそこまで問題ではないはずだ。決してハンデなんかじゃない。

 午前の授業はあっという間に過ぎ、昼休みのチャイムが鳴る。ぞろぞろと出ていく集団の後を付けると食堂に辿り着いたので何か腹に入れておくことにした。

 左手では箸が使えないからラーメンなどは食べれない。でもそんな気分じゃないし。無難にカレーで様子見する。

 左手だけでトレーを持つのは思ったよりバランスが難しく、のろのろとした動きになってしまう。そうしている内に視力の良すぎる琥珀色の瞳は人混みを掻き分けてブンブンと腕を振るサナの姿を捉えた。

 気付かないふりをしようとも思ったが、向こうから左脚を引きずりながらやってきた。


「リンコちゃん、運ぶの手伝おうか?」

「いい」

「こっち来て、一緒に食べよ!」

「いい」


 しかし問答無用でサナは私のトレーを取り上げてしまった。仕方ないので彼女についていく。サナが確保していた席に置いてあったのは味噌ラーメンだった。何がそんなに嬉しいのか、ニコニコしている。ちょっと当てつけみたいだ。


「ここのラーメン美味しいんだ~あっでもカレーもいいと思うよ」

「そう」


 私はスプーンでカレーを掬って一口含む。想像通りの安っぽい味だった。前の高校の食堂とレベルは大差ないようだ。別に構わないが。


「授業どうだった? 難しい? 進んでる分のノート見せてほしかったら帰って見せるね」

「別にいい」

「リンコちゃんって遠慮のかたまりだよね。困った時はお互い様だよ。でも私、実は成績はそんなに良くないんだよね……」


 サナは少し気恥ずかしそうに下を向いてラーメンをすする。ヘラヘラしてるだけじゃなくてこういう顔も出来るのか。

 会話が一旦途切れて、再開させないために私は食事に集中してみせた。そうしているとふと校内アナウンスが私の名前を呼んだ。


「2-Bの我藤リンコさん、我藤リンコさんは至急生徒会室に来てください」

「リンコちゃん、生徒会から呼び出しだ! 何だろう」

「ああ、私、生徒会に入ることになってて」


 こうなることはわかっていた。郡野さんとの取引の条件の一つがこれだ。式島学園に転入したら生徒会に入れ、と。理由は詳しく聞いていないが行けばわかるだろう。


「そうなんだ……やっぱり……リンコちゃん、気を付けてね」

「気を付けるって?」

「生徒会はその……すごく大変だから……」


 サナは言い(よど)む。今まで見る限りで一番暗い顔をした。まるで私が刑罰でも受けることになったみたいに。


「サナ、生徒会室ってどこにあるかわかる?」

「あっ、それなら案内するよ~ちょっと待ってね」


 慌ててサナは椀を持ってグイっと麺を胃に流し込んだ。私もその間に食べ終わるようにした。トレーを返却するとじゃあ行こうかとサナが私の肩を軽く叩いた。その頃には笑顔に戻っていたが、薄っぺらく張り付いているような印象を受けた。

 生徒会ってのはそんなに「大変」なところなんだろうか。私は軽く考えていた。正直どうでもいいので適当にやり過ごしたい。でもそれを許さない環境だったりするのか。

 なんにせよ、首輪を付けられた今逃げることはできない。生徒会室の前まで来たところでやたら仰々しい扉の取っ手に手を掛ける。


「それじゃあ私はクラスに戻るから。頑張ってね、リンコちゃん」


 サナは私の背中をポンと叩いてから、手を振りつつ去っていく。私は私で扉を開けて中に入る。


「失礼します、我藤です」

「ようこそ生徒会へ、我藤リンコさん」


 凛とした声が響く。私を出迎えたのは三人だ。窓際の中央に一人、脚が六本あって下半身が異形の割に穏やかな表情をした女子。そのすぐ傍に一人、眼鏡越しに睨んでいるキツそうな女子。一見普通の見た目だが中央の生徒や私と同様にARチョーカーを付けている。そしてもう一人、少し離れたところにやはりARチョーカーを付けた、右腕より長い左腕に包帯をグルグル巻いている金髪の男子。個性的というか、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類に見えた。

 そして彼らは私の右腕のガトリングを見ても驚きもしなければ恐れ(わなな)きもしなかった。それで理解した。彼らは私と同じだ。

 異常なキカイ病患者の中でも更に異常者共の集まり。それが生徒会だった。

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