第一話「そのガトリングをぶっ放せ」
泥のような眠りから解放された。
体が重い。特に右腕が。ずっしりと引きずって、起き上がる。
この見慣れた天井も、見納めか。
私はベッドの傍に置いてある眼鏡を掛けた。もう必要のないものだが、習慣というものは中々変えがたい。それに見えすぎる目を大人しくさせる暗示のような役割を今では担っている、気がする。
殺風景な部屋のカレンダーに焦点が合う。今日は2040年9月1日。ちょうど夏休みも終わりだ。
洗面所まで歩いて、ぼさぼさの髪を左手に持った櫛でときながら、鏡を見た。大人でもなければ子供でもない年頃の女が忌々しくもみずみずしく映っている。やはり見えすぎるな。顔の産毛まで確認できてしまう。自分の顔は好ましくない、仏頂面が板に付きすぎている。意識的に視界を右下に移す。
その物々しい右腕を注視する。これは私の体の中で唯一惚れ惚れとする部位だった。
美しい光沢で彩られた鋼。生々しい左腕と違って素晴らしい。その代わり手の感覚が失われてしまったが些細な事だろう。先端は鉄の棒が組み合わさって、穴が開いている。それを鏡に向けてみた。
その形状を百人に聞いたら百人ともこう答えるだろう。ガトリングガン、と。
私は世にも珍しい、右腕がガトリングの少女。
「バン」
言ってみただけだ。撃ちはしない。だがこうすると人は震え上がるようだ。
私の両親はそうだった。
この体になったのは一週間ほど前だ。突然だったし、痛みもあった。巷で流行っているキカイ病というのはそういうものだと知った。私は救急で病院に運ばれ、そのまま入院となった。そして色々と検査を受けた後、医者は右腕の切除を勧めてきた。
いや、勧めるなんてもんじゃないな。切れ、という圧を感じた。キカイ病の進行を止めるためだのなんだの言うが、ようは恐れたのだ。ガトリングなんて物騒なものをぶら下げた私を。両親も医者に同意した。私のためを思って、らしい。世間体を思っての間違いじゃないだろうか。実際、社会的生活を送るには不都合だというのは理解する。が……
「冗談じゃない。私の体にメスを入れさせるものか」
同じことを病室で叫びながら、銃口を彼らに向けた。彼らのしたことと言えば、警察への通報だ。だが警察の前でも私は意地を曲げなかった。結構な騒ぎになったと思う。それからようやく話が分かる奴が現れ、私の要求を呑んだ。
ピンポンと玄関の方からチャイムが聞こえてきた。彼が来たのだ。私はもう一度顔を見る。その目も、琥珀色の金属製に変わっていた。
でも私は元々変わっているんだ。
普通なら突然右腕がガトリングになったら戸惑い、恐怖し、そして医者の言う通り切除してもらうのだろう。だが私はこの腕を受け入れ、失いたくないと思った。あまつさえ使ってみたいと思った。異常者だからだ。
髪のセットだが、長くしていたのを肩までバッサリ切ったのが功を奏した。洗面所を離れ玄関まで行き、あらかじめ旅支度を整えたトランクケースに手を掛ける。父も母もすでに仕事に出ている。昔からそうだ。家庭よりも仕事。もっとも、子が親にガトリングを向けた時、完全に親子の情が消え失せてしまったせいかもしれなかった。
一旦トランクから手を離し、玄関の扉を開ける。当然右腕が普通に使えなくなって不自由さはある。
すると相手が開いた扉を支えてくれた。
「おはよう、我藤リンコちゃん。公安機械科の郡野レギオです。今日は君を迎えに来ました」
「どうも」
「調子はどう? あれから何か変わったことは?」
「可もなく不可もなく」
「それなら良かった」
背広を着た、すらっとして180センチくらいの男性が気安く話した。確かに声を聞けば男性なのだが……機械化されて視力の上がった目で観察しても女にしか見えない顔立ちをしていた。かなり彫刻じみた美青年だからか。病院でも見たが改めてそういう感想を抱いた。さらに言えば私と同じキカイ病のはずだが、見た目ではわからない。
そんな郡野さんと会うのは二回目で親しい間柄でもないが、緊張することもなかった。彼が病院で私のガトリングを救ってくれたのだが、さほど恩義も感じない。あれは取引だった。彼の取引に応じた結果、私はこの家を後にすることになった。だが未練も感じない。
「荷物はそれだけかな?」
「ええ。服とかこまごまとしたものとか」
「じゃあ車を用意してあるので乗って」
私は一歩外に出て、郡野さんに閉めてもらった扉に鍵をする。もうこの家には戻らないだろう。別れというのはえてして突然なんだ。
さようなら、人間だった頃の我藤リンコ。
車は赤いオープンカーでおおよそ警察の物とは思えなかった。郡野さんの私物なのだろう。風を感じすぎるほど感じながら高速道路を走る。人によっては気持ちいいのだろうが、私はそう思わない。ただ茹だるような暑さを和らげてはくれる。
郡野さんは運転しながら時折話しかけてきた。
「それで、確認なんだけどこれから行く式島学園についてはどれぐらい知ってるのかな?」
「ネットで調べました。なんでも絶海の孤島にある中高大一貫校とかで、キカイ病患者を隔離しているんですよね」
「それは誤解だよ。一般の学校ではなかなか受け入れてもらえないキカイ病の生徒が全国から学びに来ているんだ。自らの意思で」
「私は学校に通いたいなんて一言も言ってませんが」
「君はハッキリとした物言いをするね」
よく言われる。日本人にしては異質なんだと。
だが郡野さんは気に障った風ではなく、柔らかい口調のまま、しかし強く念を押すように言う。
「リンコちゃん、将来的には公安機械科に入ってもらうけど、今は学生だ。それを拒絶するなら……君にも生活があるだろう。君は生きているんだから。歩く銃刀法違反には寛大な処置だと僕は思いますがね」
そんなことはわかっている。これが取引だ。私のガトリングを認めてもらう代わりに郡野さんの示す人生設計に従うことが。
でも学業には興味がない。私はその後について質問してみる。
「公安に入って、何をするんですか? 犯罪者と戦ったりするんですか? 私の腕を活かして」
「機械科はキカイ病患者が患者の尻拭いをする部署。戦う相手は僕達の成れの果てということになるね」
「暴走したキカイ病患者?」
「それと……いや後で説明しよう。先にこれを付けてくれませんか?」
郡野さんは何やら輪っかのようなものを渡してきた。腕に巻くには大きすぎるし首に付けるチョーカーだろうか。その予想は六割くらい当たっていた。
「ARチョーカー。君の脳まで機械化が進行した場合、即座に爆発する仕組みになっているよ。これを付けることが式島学園に転入する条件となる」
「強烈な首輪ですね」
「それだけウチは君のガトリングを買っているということだよ、リンコちゃん」
まるで猛獣扱いだが仕方ない。私はその首輪を迷いなくはめた。
俗に言うキカイ病についてはわかっていることがあまりない。感染症なのか遺伝病の類なのかもはっきりしない。何故体の一部が機械に置き換わるのかも。ただ一つわかっていることは、脳まで機械化した患者はもれなく狂暴になって人を襲いもする、ということだ。
それが広まった当初は社会が大分混乱した、ということは幼い私でもなんとなくわかっていた。今は法整備もされて多少人々は冷静になったかもしれない。とはいえ差別は抑えようがない。キカイ病患者は軽度でも鼻つまみ者だ。いわんや右腕がガトリングの女子高生なんて……
そんなにも恐ろしい存在になってしまったことが笑えてくる。
右腕を空に突き上げて、私は顔を上げる。眼鏡がズレて雲の模様が良く見えた。その雲間を泳ぐように飛ぶ鳥まで見える。
いや、よく見れば鳥じゃない。鳥はあんなに高度を取らないし、形も丸まっていない。翼がないのに飛んでいる。あれは円盤だ。動きも不規則だし、光っている。そう、一般的なイメージでは……
「郡野さん、UFOが飛んでます。何ですかね」
「……感付いたのか」
郡野さんは突如ブレーキを踏んで車の速度を落とす。すると前方の車が突然爆発した。
「あぁ!」
驚いて思わず声に出た。しかし郡野さんは動じずハンドルを左に切って思いっきりアクセルを踏む。後ろを走っていた車は対応できずそのまま炎上する車にぶつかってしまった。
一体何事なんだ? 私は空を見上げると、UFOが大分近くまで来ていた。本能的な恐怖を感じる。まさかとは思うが、今の事故と関係がある?
UFOは何か棒状の物を突き出していて、その先端が光る。するとまた近くの車が爆発した。
いや正確にはこの車が狙われていて郡野さんのハンドル捌きで回避した、といったところか。激しく揺れる。次にUFOの銃口が光った時、車の前部が撃ち抜かれて吹き飛んだ。
車が宙返りをして私の体は外に投げ出される。その時郡野さんが私を掴んで抱え込んだ。
「リンコちゃん、あれを撃ち落と」
それから少し、記憶が飛んだ。
気が付けば、派手に横転して炎上した車がぐちゃぐちゃに倒れていて、その炎に炙られた熱さで呻く。ああ、ただでさえ残暑厳しい日なのに。
だが不思議と怪我はしていなかった。代わりに郡野さんだった物体が私のクッションになっていた。
死体、というよりは壊れたロボットだった。機械的な部品があちこちに散乱している。キカイ病患者の成れの果てがこれか。
私は生身の左手を使ってゆっくりと体を起こした。暑い。こんなところにはいられない。めちゃくちゃになった高速道路を歩く。しかしどこも燃えているじゃないか。
すると頭上を例のUFOが飛び去った。全長は10メートルくらいある、巨大な円盤だ。それが獲物を狙う鷹のように、私を見下ろしている。
あれを撃ち落とせ。
私は右腕をUFOに向けて構えた。割れた眼鏡を左手で外して、琥珀色の眼で照準を合わせる。そして。
「くたばれクソ野郎」
ガトリングをぶっ放した。撃つ。撃つ。撃つ。体の中に蓄えられた弾丸が一気に外に出ていく。そしてUFOの装甲を撃ち抜いていく。
と同時にとめどない快楽の波が押し寄せてきて脳を痺れさせる。なにこの感覚。気持ちいい。とてつもなく気持ちいい。
ガトリングを撃つのがこんなにも気持ちがいいなんて。
私は絶頂によがり足をガクガク震えさせる。一方でUFOは炎上し墜落した。道路のどこかに落ちてめいいっぱい光る。最期の輝きだ。私はついに立っていられなくて膝をついた。
快感。これほど完璧な悦楽は今まで人生で得たことがない。
右腕を下ろす。このガトリングは神の贈り物だ。
それと引き換えに、私はとんでもない化物になっていた。
ふと我に返ると途方に暮れた。燃え盛る高速道路の中、車も郡野さんも失った私はどこへ行けばいい? 歩く気力さえ湧かなかった。
すると再び何かが空から近づいてきた。今度は未確認飛行物体ではなくただのヘリコプターだ。撃ち落としてやろうかと一瞬思ったが、乗っている人物の顔が見えて止めた。
あの中性的な容姿は郡野レギオに酷似していた。でもすぐ傍で死んでいる。双子の弟か、妹か。
耳を劈くような音が迫る。ヘリは私の目の前で停まった。
「じゃあ、あなたも郡野さんってことなの? 郡野さんはクローン人間か何かなんですか?」
「僕達は郡野レギオが操る手足に過ぎないんだよ。僕のような端末は他にも何体もいるが、本体は東京にいる」
「へぇ。よくわからないけど、郡野さんが無事なら良かった」
「君からそういう言葉が聞けるとは思わなかったよ」
郡野さんのヘリに乗せてもらって、私は外を見下ろした。海原がどこまでも広がっていて陸はもはや遠くおぼろげだ。島を目指しているらしいがまだ見えてはこない。
「それであのUFOは何なんです?」
「リンコちゃん、君を狙っていたんだと思うよ。奴らは」
「奴ら?」
「人類の敵。宇宙人だよ」
「宇宙人、なんて」
「キカイ病患者の暴走が極端に多い地域を調べ上げて源を突き止め、捕獲し、解剖した結果、地球には存在していない金属でできた生命体だと結論付けられた。つまりキカイ病の蔓延・重症化は自然現象じゃなかったんだよ」
「宇宙人によるバイオテロ、ってことですか?」
「そう。公安機械科とは毒を以て毒を制す、そういうところなんだ。リンコちゃんのような規格外を揃えてね」
「だから相手も攻撃してくるんですか」
「呑み込みが早いね」
正直話を合わせているだけで頭は理解に追いついていない。宇宙人? なんだそれ。そんなものと戦えというんだろうか。
「実は式島学園にも生徒達を脳まで機械化し暴走させる能力を持った宇宙人が潜んでいる。僕達は『人形遣い』と呼称しています。君にはこれから学園に潜入し、此奴を抹殺してもらいたい」
「ただ学生をやるわけじゃないんですね」
「君は戦力に足りると先程理解したよ」
「私を試したんですか?」
「好きに解釈するといい、リンコちゃん」
郡野さん、食えない人だ。私は彼と話す気がなくなって、風景を眺めることに集中した。するとようやく見えてきた。島らしきものが。
式島学園。そこで何が待ち受けているのやら。
まぁ何でもいい。この右腕のガトリングを撃っていいというのなら。
私はすっかりガトリングの魅力に憑りつかれていた。
新連載です。よろしくお願いします。




