絶域
塔の周囲に建てられた砦の様な外観の研究所――その内部はもぬけの殻だった。
元々複数人で使用する施設ではなく、高いライセンスを持つ社員数人が出入りできれば十分だったからだ。
シルフィス達が研究所を半分程度進んだ所で、鑑定機と同時に彼らを阻む門が現れた。
当然、傭兵に過ぎない彼らは然るべきセキュリティ・クリアランスなど持ち合わせてはいない。
「そこで……これだ」
そう言ってスタークが出したのは、両手で持つ程度の大きさをした黒い塊だった。
門に底部を押し付けて接着すると、先端に刺さったピンを抜く。
「それ逃げろッ!」
一斉に一行が物陰に隠れてから10秒程が経過して、爆音と共に衝撃波が研究所内に響き渡った。
一行が物陰から出て様子を見に行くと、門は多大なダメージを負ったものの破壊には至っていなかった。
「ダメか……?」
「……どけ」
落胆するスタークに、ゼオが低い声でそう告げる。
担いでいた斧の形状をした古代兵器を構えると、ゼオは門に目掛けてその体躯を目一杯振りかぶった。
「ぬうッ!」
派手な衝撃音と共に、門に風穴が空く。
「っしゃあ!」
ジャンプして喜ぶスタークに対して、ゼオは顔を緩める事なく先を見据えた。
「そろそろ誰か来てもおかしくない。先を急ごう」
門をくぐり抜けて進む一行の先に現れたのは、無機質な黒い壁だった。
あの巨大な塔の壁――その一部だ。
「おいおい、開いたって話じゃ無かったのか?」
「これは…………」
そういってグラインが壁に手を差し伸べると、壁に触れたはずの手のひらは何の抵抗もなく壁の中に入っていってしまった。
その場にいた全員が驚きに目を剥く。
「うわわ……何ですかい、こいつは」
「私にもよく分からん」
グラインは大剣を鞘から抜くと、壁の中へと消えていった。
シルフィス達も目を瞑ってゆっくりと足を踏み入れる。
靴の触れる床の感触が変わって、周囲が薄暗くなった。
「本当にすり抜けた……! って、こりゃあ…………」
目を開けたシルフィス達の前に広がっていたのは、巨大な筒状の空間。
中央には大きな柱が伸び、外周には伝うように螺旋状の階段が伸びている。
――――そして、そこに設置されたおびただしい数のガーディアンが、赤い瞳を光らせて一行を睨んでいた。
唸り声のようなおぞましい駆動音が一斉に鳴り響く。
「やるしかない……」
シルフィス達も一斉に武器を構えた。
シルフィスは素早い動きでガーディアンの攻撃をかわすと、短剣で赤い瞳を突き刺した。
あの森で出会ったガーディアンと同じ多腕多脚型だが、あれとは違いサイズはシルフィスと同程度だ。
レーザー機能はないが、視覚端末かつ思考端末と隣接する瞳が弱点である事に変わりはない。
「アイツに比べれば、遥かに弱い!」
短剣を抜いたシルフィスは、その隙に周囲を囲まれた。
両側から襲いかかる二体のガーディアンの攻撃を、シルフィスは大きく飛び上がってかわす。
そのまま左手で片方の頭を掴むと、それを軸にして背後に着地し、背中を蹴り飛ばした。
同士討ちしたガーディアンはお互いに一瞬動きを止める。
シルフィスの反対側から現れたゼオが大斧を振り下ろすと、二体の頭が同時に吹き飛んで機能を停止した。
「なるほど、風のような男だ」
ゼオは手際良く別のガーディアンに狙いを定めた。
巨体の目立つ彼の前に、我先にと敵が現れる。
豪腕で強引に敵をねじ伏せていくゼオに、赤い光の点滅が向けられる。
宙に浮いた小さなガーディアンが、彼にレーザーを構えていた。
攻撃が届かなければ、自慢の豪腕も発揮できない。
「クソ……」
瞬間、発砲音と共に浮遊型ガーディアンが墜落した。
螺旋階段の半ばで銃を構えたスタークがにんまりと笑みを浮かべる。
「スターク! 助かった!」
「浮いてる奴は俺に任せな! その代わりしっかり俺を守ってくれよ」
「わざわざ全部を相手する必要はない! 今のうちに登れ!」
ガーディアンの数を減らした一行は、隙を見て螺旋階段を登り始めた。
だがその途中、何処からか剣気を感じた先頭のグラインが咄嗟に大剣で身を守る。
その読み通り、前方から突如として新手が襲いかかった。
「……ッ!?」
――シルエットだけ見れば人間と見紛うような、特異な形状のガーディアンだ。その両手にはそれぞれ細長い刀が握られていた。
応戦しようと仕掛けたグラインだが、敵の素早い動きに翻弄され一瞬で押し返される。
構えた大剣を弾かれ、隙だらけになった胴体にもう一方の剣が迫る。
「させるかッ!」
階段を駆け上がり、グラインの右側面からシルフィスの短剣がガーディアンを襲った。
それも軽々と防がれたが、なんとかグラインへの攻撃を凌ぐことが出来た。
「強いぞ、こいつ……!」
グラインは前方の強敵を睨みつけるが、その後ろからも追っ手が迫ってきていた。
上ってきたガーディアンをゼオの斧が叩きつける。
更にスタークが下へと先ほどよりも小さな爆弾をばらまき、轟音と共にガーディアンを仕留めていく。
「こっちは俺達で片付ける! そいつは二人でなんとかしてくれ!」
「分かった!」
グラインとシルフィスは目の前の人型ガーディアンに向き直った。
剥き出しの人工筋肉が唸りを上げ、赤い双眸が爛々と光る。人型故に、息遣いが聞こえないのがより一層不気味だ。
今度はガーディアンの方から仕掛けてきた。
階段という地形の悪さにも関わらず、目にも止まらぬ二刀の剣閃が襲いかかる。二人は防御するのが精一杯だった。
「くそ……!」
僅かな隙を見て突き出したシルフィスの短剣は、しかし交差した刀に阻まれた。
だが、かろうじてその攻撃は刀を二本とも防御に使わせる事に成功した。生まれた隙を逃さず、グラインの大剣がガーディアンに迫る。
ガーディアンは止めた短剣を上に弾くと、シルフィスの胴を思い切り蹴り飛ばした。
自由になった両手の刀で再びグラインの大剣をも食い止める。
(有り得ない……! なんてデタラメな奴だ)
絶望的な力の差に、グラインの表情が歪む。
だが、シルフィスはまだ諦めてはいなかった。
(ここで仕切り直したら、間違いなく不利になるのは俺達の方だ……! 押し切れ!)
蹴り飛ばされて宙に浮いたシルフィスは、側にあった手すりを掴み、体を捻って足から着地すると、吐き出した肺の空気を補給する暇も無くそのままガーディアンの足元へと飛び込んだ。
確かにガーディアンの足を掴んだ左手を思い切り引っ張る。
バランスを崩して仰向けに転ばされたガーディアンは、ようやく二人の前に隙を晒した。
「止めだ……!」
グラインが大剣を振り下ろす。
――――だがそれすらも、ガーディアンは両手の刀で遮った。
グラインが押し、ガーディアンが押し返す、二人は力比べの状態になった。
「――くどい!」
その瞬間、シルフィスが上空から落下してきた短剣をキャッチし、ガーディアンの顔面へとそれを突き立てた。
大剣を押し返していた腕は硬直し、そのまま動かなくなった。
「はあ、はあ…………何とか、倒せた」
「これは、傭兵が不要になるってのも分かるな……」
二人は荒い息を整えながら拳を交わした。
その様子を察知して、下層のガーディアンと応戦していた二人が振り返る。
「終わったか!」
「まだ休める所じゃねえぜ。早く先へ進もう」
一行は階段を駆け上がり、二階へと到着した。
何もない部屋だが、中央の柱にぽっかりと四角い窪みがあるのが見える。
「あれは……」
「レイドだ。あれで上層まで一気に行けるらしいな」
柱の中が空洞になっており、窪みの中に入って昇降するタイプのレイドだ。
全員が窪みに入ったのを確認して中にあるスイッチを押すと、窪みの入口が閉じられ、奇妙な浮遊感を一行にもたらした。
一先ず、これでもうガーディアンに追われる心配は無い。一行はほっと息を吐いた。
「ひえー、助かった……この調子で階段を上るんじゃ死んじまうかと思ったぜ」
スタークが軽口を叩く。とはいえ、それは全員の思う所だった。
現にこのレイドは一向に止まる様子がない。それ程までにこの塔は高かった。
「……シルフィス」
しばらくして、グラインがそっと口を開く。
「なんですか?」
「私は記憶を取り戻す手伝いという建前で君を傭兵に仕立て上げた……だが。本当は君のポテンシャルに魅せられて、こうして君と共闘してみたくて堪らなかっただけなのかもしれない」
そう言って、グラインは恥ずかしそうに縮れた黒髪を掻いた。
シルフィスは微笑んで返す。
「……良いんですよ。おかげで仕事が出来ましたし、記憶に関する手がかりも幾つか得られました」
記憶に関する手がかり――――あの未来予知じみた映像。過去の記憶とするには矛盾の多い、謎に包まれた映像――だが、必ず元の自分を知る手がかりになるとシルフィスは確信していた。
「……すまないな。私は周りに迷惑ばかりかける」
グラインはそう言ったきり、黙ってしまった。
しばらくレイドの中に沈黙が訪れる。
「これが到着したら、もうすぐディバイン・トラストの社長とやらに会えるのか」
ふと、ゼオがそう独り言を呟いた。
「とんだ戦争好きのバカ野郎だ。自分は後方の安全圏で引きこもりやがって……どんな面してやがるのか拝んでやる」
唐突にレイドが上昇を止め、一行は折れかける膝を慌てて堪えた。
「なんだこれ……頭がいてえ」
スタークが気圧差に頭を押さえる。
レイドが開き、一気に視界が広がった。
大きな広間だ。壁はガラスのような透明な材質で出来ているようで、外の様子が見えた。
――――漆黒の闇がどこまでも続いていた。ぽつぽつと色々な色の光が散らばっている。
地上とはまるで別の世界だった。
「すごい……」
異様な景色に圧倒されるシルフィス達に、どこからか高圧的な声が響いた。
「やあ、ようこそ。国家に仇なす反逆者共よ」




