真実
『やあ、ようこそ。国家に仇なす反逆者共よ』
「……お前がヴィクターか」
グラインが低い声で問う。
『如何にも。私がディバイン・トラストの創設者にして古代兵器を発見した研究者……『僭王』ヴィクターだ。……貴様らがここまで来たという事は、ヒューマノイドは倒されたという事か』
「顔ぐらいは見せたらどうだ」
『……仕方があるまい』
ゼオが話を遮るように言うと、ヴィクターは溜息をついてから一行の前に姿を見せた。
吹き抜けのように繋がった上階から飛び降りてきたのは、銀の長髪を携えた細身の男だった。
「そうか……お前が……」
ゼオはヴィクターを睨みつけ、怒りに体を震わせた。
「お前が現れる前、このフレースヴェルグは高貴な騎士団の守護する平和な国だった。それをお前が……ッ!!」
「平和? それは違うな」
ヴィクターは僅かに声を大きくして言った。
「確かに戦争は無かったかもしれないな。だが、貴様らはただ守る事しか出来なかった。国内では未発達な技術と貧富の格差に貧民が苦しみ、周辺国では毎日の様に沢山の死人が出ていたというのに……この国は平和だったのではない。ただ何もしなかった……腑抜けていただけだ!」
「なんだと……?」
「だから私が力を与えてやったのだ。……哀れな者共よ。平和には力が必要だ。私が世界を支配し、この兵器をもって抑止力とすれば世界は平和になる! 何故この理想が理解できない!」
「一人の王が全てを支配する世界など続くものか」
グラインは静かにそう言うと大剣をヴィクターへと向けた。
「来るか。ならばやるしかあるまい」
ヴィクターの周囲に、幾つかの武器が浮遊する。
シルフィス達も武器を構えた。
ヴィクターの周囲を浮いていた武器の一つが、一直線に一行へと飛んできた。
グラインが大剣で叩き落とそうとすると、それは急に軌道を変え、変幻自在に動き回って攻撃をかわす。
後ろへ回り込んだ剣が、グラインの背中を斬りつけた。
「ぐッ……」
シルフィスとゼオがヴィクター本体へ接近しようとするが、新たに飛んできた武器によって邪魔をされる。
スタークが遠距離から銃で狙撃を試みるも、ヴィクターは涼しい顔で周囲の武器を利用して銃弾を弾いた。
「貴様らの行動など手に取るように分かる」
「クソが……なんだこの技術は」
「『磁力』で武器を一つ一つ操っているだけだ。便利なものだろう」
新たにスタークに向かって武器が飛んできて、スタークは慌てて避ける。
「って事はつまり、お前一人でこれ全部動かしてるってことかよ……!」
体を四つ同時に動かしているような物だ。たった一人の判断力に四人全員が翻弄されているという事実に、スタークは歯噛みする。
更に言えば、ヴィクターの操る武器はシルフィス達の持つ携帯型古代兵器ですら無かった。
「くそ……! ここで終わってなるものかッ!!」
グラインは、邪魔をする武器を無視して強引にヴィクターへと向かい始めた。
走りながら大剣を振るい、自身へ攻撃しようとする武器を弾く。
防ぎきれない攻撃が体を容赦なく傷つけていくが、それを意に介する様子もなく彼はヴィクターへと接近した。
「く……」
ヴィクターは距離を取ろうと下がるが、体を動かした事で僅かに武器の統制が揺らぐ。
瞬間、一気に懐へ飛び込んだグラインの一撃が彼の胸を裂いた。
「……分かって、いた事だ。私の最高傑作……ヒューマノイドを倒すような奴らに、私が叶う訳がない」
大きく裂けた胸を押さえながら、ヴィクターは壁に寄りかかって座り込んだ。流れる血が床に広がる。
シルフィス達を封じていた武器が動力を失い、金属音を立てて落ちた。
「負けると分かっていて……何故抵抗した」
対するグラインも体中に傷を負い、その息は荒い。
「『出来ない事が分かっている』、という事は……『諦める』事と同義ではない」
「…………!!」
「だが、お前達。この兵器の稼働を止めに来たなら……無駄足だったな」
消え入りそうな声でそう言うと、ヴィクターは一行を嘲笑うように息を吐いた。
「この兵器の名は――『アルカディア・レイン』。地球を浄化し、文明を洗い流す破壊の光…………だが、これを動かすには人間が必要だった。……『人間』というパーツがな。
私自身が兵器になってしまっては……意味がない。結局私にとってこれは、抑止力という名の、単なるハッタリの道具でしか無かったという訳だ……」
その微かな笑い声には、どこか悲哀が篭っているようにも聞こえた。
だが、ふと別の所からも不気味な笑い声が聞こえる事にシルフィスは気付いた。
――――グラインだ。
「私の目的には、何ら問題はない」
「何……?」
全員が見つめる中、グラインは傷口を押さえながら、ゆっくりと上層へ向かう階段を上っていく。
突如、シルフィスの頭に激痛が走った。
浮かぶ映像は――これまでで一番鮮明なものだった。
『コルトス……すまない』
透明な壁から星が見えるこの場所で、自分の名を呼ぶこの男の名を、シルフィスは知っていた。
――――エリウス。シルフィスの親友、そして親とも呼ぶべき存在だった。
『いいや。これは俺の決断なんだ。謝らないでくれ』
続いて彼自身の声が頭に響く。
(そうだ……俺は……)
エリウスの顔をきっかけに、一気に記憶がシルフィスの頭に流れ込んだ。
彼はエリウスに拾い育てられ、やがて科学者であるエリウスの右腕となり、そして護衛として剣の才を開花させていった。
激化する戦争を憂い、地球が汚染される事を危惧した彼らは――――究極兵器『アルカディア・レイン』を造り出した。
全てを洗い流し、いつかまた新たに地上に栄える人類に後を託そうと。
エリウスは兵器のAIとして命を捧げ、コルトス――もとい、シルフィスは辺境の地のシェルターに潜んで自らに延命措置を施し、変わりゆく地球を見守る役目を負った。
そうして世界は崩壊したのだ。
(――――全て、思い出した)
自分が遥か昔に生きた古代人だったこと。古代文明を滅ぼした張本人だったこと。
アルカディア・レインは、古代兵器の残骸をも残さず全て消し去ることは出来なかったこと。
そして、頭の中でエリウスとグラインの姿が繋がった。
彼は、兵器の稼働を阻止しに来たのではない。
自らの手によって、兵器を稼働させに来たのだ。
彼は絶対に止めなくてはならない。
「グライン! 待て!!」
グラインを止めようと走り出したシルフィスの前に、何者かが立ち塞がった。
「……グラインさんの邪魔は、俺達がさせん」
「あの人は、どうしようもねえ俺達を拾ってくれた、命よりもかけがえの無い恩人だから」
ゼオと、スタークだった。
彼らは、最初からグラインの真の目的を知った上で来ていたのだろう。
彼らとグラインの間に何があったかは、推し量ることしかできない。
だがシルフィスとてグラインには恩がある。
だからこそ、止めねばならなかった。
「……俺をさっきまでの俺と思うなよ」
二人は、律儀にシルフィスが構えるのを待ってから戦闘を開始した。
豪快に斧を振るうゼオ、あらゆる武具を駆使して戦うスターク。
二人の完成されたコンビネーションは、一分の隙も無いように見えた。
だが、シルフィスの静と動は一瞬だった。
ゆらりと二人を通り過ぎたシルフィスは、そのまま階段を駆け上がってグラインを追う。
辺りに、血飛沫が舞った。
「グライン……!」
「やっと、『グライン』と呼んだか。シルフィス」
二人が対峙したのは、アルカディア・レインのマザーシステムルーム――――柱の中央に煌々と光が灯り、暗黒の広がる宇宙を照らす灯台のようになっていた。
「……あの二人は、いつまで経っても『グラインさん』としか呼んでくれなかった」
そう言って、グラインは苦笑いを浮かべた。
「グライン! この兵器は動かして良いものじゃない……!」
「分かってるさ……だがな、シルフィス。私はきっと……カミさんと息子と故郷を失った時に、気が付いてしまったのさ。どう足掻いても、この世界の末に希望なんざ……幸福なんざ無いってな」
シルフィスの懸命の説得とは裏腹に、グラインの口調はどこか倦んだ雰囲気があった。
シルフィスは首を横に振った。
「それで世界を作り直した所で、数千年後にまた必ず同じ過ちを繰り返す。……それに俺は、親友を二度も失いたくはない…………」
数千年前のシルフィス達の最も大きな失態は、古代兵器を全て消し去れずに現代に復活させてしまった事ではない。
古代兵器を作ったという過ちを、無かった事にしようとしたことだった。
過ちは伝えていかねばならない。
逃げればその分だけ、本当の幸福からは遠ざかって行くのだから。
だが、グラインは微動だにしなかった。
「……本当に止めたければ、私を殺せ」
それは先程までの倦んだ雰囲気とは違う、本物の剣気――殺気だった。
「クソッ……やるしか、ないのか」
「――――強いぞ、私は」
グラインは、大剣を鞘に差したまま腰に添えた。
傷だらけの、血が滴る体とは思えない堂々とした構えだった。
一切の手加減は許されない。
シルフィスは唇を噛んで、短剣を構えた。
勝負は一瞬だ。
数秒の静寂の後、なんの合図もなく、彼らは同時に動き始めた。
お互い直線的に接近し、やがて刃を交える。
直後に立っていたのは、シルフィスだった。
「……この先、世界がどうなるか――――それは分からない。でも……グライン、君が生まれ変わった時に笑って暮らせるような、そんな世界にする為に。俺は希望も、絶望も、全て受け止めて未来へ繋げていく」
シルフィスがグラインを抱きかかえてそう言うと、グラインは微かに笑みを浮かべて、彼の膝の上で息絶えた。
シルフィスの頬を一筋の涙が伝う。
「…………奇妙な、小僧だ」
部屋の入口から声が聞こえて、シルフィスは咄嗟に振り向く。
ヴィクターが、よろめきながら部屋へと入ってきた。
「貴様……古代人か」
「……そうだ」
それを聞いて、ヴィクターは苦しげながら薄ら笑いを浮かべた。
「面白い。貴様の作る世界が、見てみたくなった」
「何が言いたい?」
「…………私も、もう長くない。貴様に『ヴィクター』の名をやろう。世界を平和に導いて見せろ」
そう言って彼が懐から取り出したのは、彼の身分を証明するライセンスカード、並びに彼の持つ情報端末へのアクセス権限だった。
シルフィスには、彼の言っている事が理解できた。
ヴィクターという名は誰もが知っているが、それが一体誰なのかを知る者はいない。
即ち、彼の差し出したライセンスカードこそが『ヴィクター』なのだ。
「……良いだろう」
シルフィスがそれを受け取ると、ヴィクターは静かに首をうなだれた。
――――彼は既に傭兵『シルフィス』ではない。その名をくれた人物は、もう死んだ。殺した。
ましてや、旧世界を滅ぼした半身『コルトス』でもなかった。
世界を導く者という新しい名を手に入れた彼は、決意を胸に、その場を後にした。
ありがとうございました。




