正義
グラインからの手紙を受け取って、シルフィスはほっと息を吐いた。
トーガの村がスルトル軍に滅ぼされたと聞いてから、まだ一度も顔を合わせていなかったからだ。
彼の方から便りを送ってきたのは嬉しい誤算だった。
手紙を開けて、その内容にシルフィスは眉を顰める。
「――――頼みたい事がある?」
手紙にはその一文に加えて、待ち合わせの日時と場所が簡潔に指定されていた。
首都の外れ、南方の小さな港町――随分とまどろっこしい場所に呼びつけるものだ。
さざなみの音が聞こえ始め、町の入口が近付いて来た辺りで、シルフィスは道端に立っていた男に声をかけられた。
「よう、お前さんがシルフィスか。まだ若えが……なるほど、武人の顔をしている」
「あんたは……?」
かなり大柄な男だ。どこかで見覚えがある――――同業者だ。任務中に見かけた事があった。
シルフィスが警戒して睨むと、男は太い指でがしがしと茶髪をかいた。
「おっと、失礼。俺はゼオって名のしがない傭兵さ……グラインさんがお呼びだ。来てもらおう」
ゼオと名乗った男は、手招きをしながら町の入口を逸れて歩いていく。
「グラインさんが……?」
そういえば手紙には町の名前しか書いておらず、具体的な場所は不明だ。
シルフィスは警戒しながらも、ゼオについて行った。
果たして、その先にグラインは確かにいた。
案内されたのは、岩山に掘られた祠のような空間だった。入口に反して中は広く、家のようになっている。
「ゼオ、ご苦労様だ。そして、よく来てくれた、シルフィス」
椅子に座ってじっと思案していたグラインがシルフィス達に気付いて声をかける。
「ここは……?」
「私達が昔使っていたアジトだ。今は誰も使わないし、殆ど存在すら知られていない」
シルフィスが辺りを見回すと、確かに何年もの間放置されていたような形跡を見つける事ができた。
「へえ、これが噂のシルフィス君? よっぽど腕が立つって聞いたけど、思ったよりひょろっこいな」
側に近寄ってきたのは、ゼオとは対照的に小柄な赤毛の男だった。
じろじろとシルフィスの顔を眺めてから、にやっと笑みを浮かべる。
「俺はスタークってんだ。宜しくな」
「……よろしく」
シルフィスの肩程度の身長しかないが、年齢はシルフィスと同じかそれ以上だろう。
状況が読み込めないまま、なんとなく返事をするシルフィスに、グラインが気が付いて苦笑いを浮かべた。
「紹介が遅れたな。彼らは私の友人だ。古株でな――ディバイン・トラストが出来る以前から、私達は『帝国騎士団』として剣を取っていた」
懐かしむようにそう言ってから、グラインは真剣な目つきに変わった。
「――本題に入ろう。シルフィス、君に頼みがある」
場の空気が急激に冷え、シルフィスは思わず身震いをした。
長い沈黙を経て、グラインの口がゆっくりと開く。
「私は…………ディバイン・トラストに、反逆する。共に来て欲しい」
「え……?」
グラインの頬を冷や汗が伝った。
本気で言っているのならば、国家を覆す大犯罪なのだから当然だ。
「首都に建つあの古代塔……その正体が、古代兵器である事が分かった。まだ一般には公開されていない事実だ。使い方を誤れば、容易に人類を滅ぼすという」
「人類を滅亡させる程の、武力……」
あまりに現実離れした話だ――とは言えなかった。
何せこれまでの兵器の進化する速度を見れば、やがてそこまで辿り着くのは予想できたからだ。
「破滅の力を持つ兵器は、どれだけ有効に活用しようとした所で『存在する』というだけでやがて破滅をもたらす。……フレースヴェルグの開発したライオットが、フレースヴェルグに被害をもたらしたように……!
だから私は、ディバイン・トラストに反旗を翻し――あの塔の稼働を止める」
そこまで言って、グラインは長い溜め息を吐いた。
「頼む。付いて来てくれないか、シルフィス。私達だけでは達成できない……君の力が必要だ」
シルフィスは長く思案していたが、やがてゆっくりと首を縦に振った。
「……付き合いますよ。それだけの覚悟を持って、俺に打ち明けてくれたんでしょう」
「社長の名はヴィクター……帝国一の有名人だけど、誰も彼の顔を見た事がない。今は塔の最上階で、兵器を稼働させようと頑張ってるはずさ」
首都へ戻った一行に、待ち受けていたノイマンがそう告げる。
彼はグラインの計画を知った上で、不干渉を貫きながら情報を流していた。
「ありがとう、ノイマン……お前までテロリストにする訳にはいかない。早く戻れ」
「言われなくてもそうするさ」
彼は微かに憂うような顔をすると、足早に本社へと戻っていった。
「塔の中には凄い数のガーディアンが構えてるから、せいぜい死なないように気を付けなよ」
グラインは彼の背中をじっと見送っていた。
「ノイマン……お前があのライオットを造った事を、私は恨んじゃあいない」
ぼそりと呟いた声は、ノイマンには届かなかった。
一行は古代塔へと向き直る。
無骨な黒い外見をした塔だった。天高くそびえる塔の頂辺は、遥か上空に点が見えるのみだ。
「……高っけえな、おい」
「まさか、階段で登る訳じゃないだろうさ」
あれが古代兵器としてどう駆動し、どう人類を滅ぼすのか想像もつかなかった。
――瞬間、シルフィスの頭に激痛が走った。
頭の中に映像が流れた。
塔から降り注ぐ光の嵐が、えげつない速度で地球を破壊していく。
しかし、今回は以前のように気絶するには至らなかった。
「はあ、はあ……」
「おいおい、大丈夫かシルフィス君」
頭の痛みが徐々に引いていき、映像が途切れた。
「……大丈夫です。行きましょう」
前回は、敵方からライオットが放たれる映像を見た直後にスルトルの一件が起きた。
今回のこれといい、まるで未来に起きる出来事を予知しているかのようだった。
(絶対に稼働させちゃあいけない……未来を、変えなくては)
そう心の中で決意すると、シルフィスは仲間と共に塔へと向かっていった。




