業火
新たな力を手にしたフレースヴェルグは、ついに本格的な世界征服へと乗り出した。
その恐るべき力を目の当たりにし、あるいは噂に聞いて、おとなしく白旗を振る相手も増えた。フレースヴェルグとしても、占領する土地に不必要なダメージを与えるのは当然避けたい。無駄なエネルギーの消費も抑えられて好都合だった。
だが、それでも尚降伏勧告を拒否し、抵抗を続ける国がいた。
フレースヴェルグの西に位置する隣国スルトルである。
グラインは、大型のレイドに乗り込んで対スルトルの防衛戦へと向かっていた。
――故郷であるトーガの村が近いからだ。
「今回の仕事を終えたら、ついでにアルマとグロウに顔を見せに行くか」
得物の大剣の手入れをしながらグラインは呟く。
抵抗を続けている、と言っても、スルトルのそれは半ば悪足掻きに近い物だった。
実際これまでも国境付近で幾つかの衝突があったものの、フレースヴェルグ側に大きな被害が出た例は無い。
スルトルも必死で食らいついているとは言え、両国の武力には明確な差があるのだ。
今回もまた、彼ら傭兵の役目は新型のライオットで敵軍を壊滅させるだけの簡単なものだった。
防衛戦とは名ばかり、むしろ敵陣に橋頭堡を作成し一気に攻め込む為の足がかりである。
スルトルと最短距離で繋がる最重要拠点・ブラーク砦に到着すると、グライン達は元いた傭兵達に加勢し、所定の位置についた。
勝ちの決まっているギャンブルのようなもので、傭兵達の顔つきには当然不安や緊張と言うものは無かった。
――――過酷な現実を目の当たりにするまでは。
「奴らが来たぞ……おいッ!? あれは…………」
見張りの兵士が、やってきた軍勢の様子を見て絶句する。
敵は自分達と同じ、装甲したレイドで突っ込んできたのだ。更にそれの搭載している機械――あの形状は誰もが知っていた。
フレースヴェルグの開発した、最新鋭のライオットだ。
「おい、ふざけんなよ……! なんだよありゃあ!」
その恐ろしさを知っているが故に、傭兵達は慌てふためく。
「撃て! 撃て――――ッ!!」
砦の屋上に設置されたライオットが、レイドに狙いを定めてレーザーを発射した。
しかしその直前、レイドはぐんと加速してレーザーを抜け、一気に砦へと接近した。
強引に正門を突破したレイドの中から、スルトルの兵士達が我先にと飛び出してくる。
兵士達の装備もまた、普段とは違っていた。
此方のそれとまるで互角なのだ。
「ウオオオオオオオ!!」
「うわあああああ!」
雄叫びをあげながら兵士が手近な傭兵に襲いかかる。
装備が互角ならば――――スルトルにとってこれは、文字通り命懸けの戦いなのだ。傭兵達との覚悟の差は歴然だった。
大混乱に包まれた砦の中、あっと言う間にフレースヴェルグ側は劣勢に追い込まれてしまう。
「うわっ……助けて! い、命だけは!」
次々と血を流し倒れていく仲間に腰を抜かした傭兵に、スルトル兵が迫る。
必死の命乞いなど、彼の耳には入ってこない。ただ自分が死ぬまで敵を殺す、その執念だけで動いていた。
スルトル兵が剣を振り上げた瞬間、寸での所で大剣に切り伏せられて彼は倒れた。
「落ち着け! 冷静に自分のやるべき事を考えろ。貴様も国を守る傭兵なら、その根性を見せてみろ!」
「ひっ……は、はい!」
壮年の剣士――グラインが冷酷な目で睨みつけながらも手を貸して起こすと、傭兵は慌ただしくも上階へと走っていった。
「さて……!」
グラインは新たに斬りかかってきた兵士の腕に左手で掌底を当て、生まれた隙に鎧ごと叩き切ると、兵士の装備していた剣を奪い取って別の兵士に投げつけた。
兵士が投げられた剣を回避した瞬間、剣の後ろから迫っていたグラインが冷静に回避先に大剣を振り抜く。
腹部に深い傷が入り、兵士は倒れ込んだ。
急いで下層に下り、続いて突っ込んできたレイドの頭に飛び乗ると、フロントガラスに思い切り大剣を刺す。
運転していた兵士が頭を貫かれ、グラインが飛び降りると同時に暴走したレイドは砦の壁に突っ込んで大破した。
着地したグラインは前を見て、敵軍の後方で待機していたライオットの様子に気付いた。
エネルギーの充填が完了している。
彼が急いで脇に逸れると、とてつもない質量の光線が砦の正面に向かって放たれた。
グラインはほっと息を吐いた。
もはや戦略も何もない、無茶苦茶な攻め方だ。今の攻撃にはスルトル兵も巻き込まれただろう。
――だが、それはこの砦を破壊するには至らなかった。
フレースヴェルグが使う時と大きく異なるのは、砦の頑強さだ。
ダメージは少なくないものの、未だ砦としての機能を保っている。
そして、再度砦の屋上からレーザーが放たれた。
今度の狙いは正確だった。光線は停止しているスルトル軍のライオットを正確に破壊した。
「…………よし!」
敵側の破壊力を大きく削ぐ事に成功し、生き残った傭兵達の指揮が大きく上がる。
一気に優勢を取り戻したフレースヴェルグ側は、そのままスルトル軍を押し切っていった。
「ぐう……とんでもない戦いだった」
衛生兵が慌ただしく動く中、疲れ果てた傭兵達はレイドの中でぐったりとしていた。
「しかし何故スルトルがあの兵器を? 兵士達の装備の性能も、これまでとは段違いだった」
「スパイが技術を流したに決まっている! スルトルは今まで巧妙に本当の武力を隠して来たんだ……! 早く本社に連絡しなくては!」
そう言って傭兵の一人が立ち上がったのと同時に、連絡係が慌てふためいた様子で拠点に駆け込んできた。
「大変です! 北のヘイム砦が抜けられたとの事で――――」
総員にどよめきが走る。
ヘイム砦はその重要性の低さから防衛配置の薄かった地点だ。
だが、重要性が低い、というのはあくまでこれまでの話だった。
「まさか……ここに攻めてきたのは陽動だったのか!?」
敵があのレイドを持っている以上、一度砦を抜けられてしまえば後は何処へ行くのにもそう時間はかからない。
これは相当深刻な事態と言えた。
グラインの額に冷や汗が浮く。
「まずい……!」
グラインは大型レイドの中から普段の一人用レイドを持ち出すと、全速力で平野へと消えていった。
行き先は当然――――トーガの村だ。
『社長!! スルトル軍によってヘイム砦が陥落したとの報告が――――』
「増援を送れ。それからスルトルは後一週間以内に叩き潰す……飛空艇の出番だ」
社長と呼ばれた男は、小型の丸い機械に向けてそう返した。
『はっ! それから、スルトルへと我が社の技術が漏れていたとの――』
機械の向こうに立つ相手がそこまで言うと、男は鼻で笑った。
「想定内――いや、分かりきっていた事だ。どのみちそんな事は、すぐに大した問題ではなくなる」
『え?』
「とにかくスルトルに対しては迅速に処理しろ。決して奴らをつけあがらせぬよう徹底的にだ。良いな」
そう言って男はやや強引に通話を切った。
(そうだ……今ある技術など、すぐに大したものではなくなる)
複雑な文字列や図を吐き出し続ける画面に向き直って、男は微かにほくそ笑んだ。
(もうすぐ……さほど遠くない未来。じきに、パンドラの箱が開く)
グラインが最初に感じ取ったのは、炎の臭いだった。
焼け焦げた臭いが鼻腔を刺して、グラインを蝕んでいく。
「嘘だろう……?」
レイドを止めてグラインは呆然と呟く。
そこにあるべきモノが、何もかも消えて無くなっていた。
微かに形を残す崩れた廃墟には、時折死体が転がっている――見覚えのある顔ばかりだ。
「…………アルマ! グロウ! ……逃げられたんだよな? 生きているんだろう?」
「父……さん……」
今にも消えてしまいそうな小さな声が、グラインを呼んだ。
「グロウ! その傷は……!」
廃墟の陰に、金髪を煤と泥に汚してグロウが倒れていた。
グラインが駆け寄って抱きかかえると、その服は真っ赤に濡れていた。
「母さんが、僕をかばって……僕も、怖い人達に」
「それ以上喋るな…………!」
グラインは自分の上着を剥ぎ取ってグロウの止血を試みるが、大きく裂けた胸の傷からは止めどなく血が溢れていた。
もう助からない、という事はグラインにも残酷な程に理解できた。
それでも彼は必死で応急処置を試みる。
「痛い……よ、父さん」
呻く息子を見て、グラインは我に返る。
「すまない……すまない…………ッ!」
彼は目頭が熱くなるのを堪え、目を瞑ってグロウを抱きしめた。
自分の無力さを恥じた。
その後のグラインの記憶はかなり曖昧だった。
どうやら無事にスルトル軍の掃討は完了したらしく、彼は増援によって救助されたらしい。
鎮圧は出来たものの古代兵器の開発以来初めての敗戦と呼べる今回の交戦に、両国は大きな被害を受けた。
スルトルとしてもやはり決死の作戦だったらしい。ヘルム砦に作った橋頭堡も既に奪還され、軍はかなり弱っていた。
更に攻め込む勢いのフレースヴェルグに、スルトルはついに降伏する事になった。
しかし今後、スルトルのようにフレースヴェルグに肉薄する国がいずれ出てくるかもしれなかった。
「…………」
グラインはただ、失意の中に首都へと帰還した。
宿の一室で、呆然と天井を眺めている内に日が暮れて、夜が明けた。
眠れないし、食事も手につかなかった。
しばらくして、ふいに宿の従業員が部屋を訪れた。
「突然すみません。ノイマンという方から、グラインさんにこれを渡して欲しいと」
そう言って従業員が差し出したのは、一枚のメモ書きのような小さな手紙だった。
「……急に呼び出して、どうした」
しわがれた声で、不機嫌そうにグラインが言う。
日陰の街外れには人通りは少なく、2人の話を聞く者はいない。
「単刀直入に言うけど。『あの塔』が、ついに開いたってさ」
ノイマンは真面目な顔で、首都の中心に座する巨塔を指差した。
「中身を聞いて驚け。古代から現存する、最強の古代兵器だ――――使い方を間違えれば、容易に人類が滅ぶ程のね」
建国以来、どのような手段を用いても傷一つ付かなかった謎の古代塔。
その正体は最強の古代兵器だった。
これを稼働させれば、もはや敵国の進化など大した問題ではない。
ついに、フレースヴェルグの世界征服は、ディバイン・トラストが世界の王となるのは確実になろうとしていた。
「――――本当か」
「僕が君にそんなくだらない嘘を吐くと思うかい。で、どうするの、君は」
澱んでいたグラインの瞳に、意志に、再度火が灯った。




