白闇
作業音や生活音が全て止み、しんと静まり返った工場は妙な緊張感に包まれていた。
「――――完成だ」
誰かがそういったのを皮切りに、プロジェクトに参加していた研究者達の歓声が響き渡る。
間違いなく過去最強の兵器だ。これで今まで食い下がってきた厄介な敵国も問題なく手中に収まるだろう。
陽気なムードに包まれた工場の中、隅の方で図面を眺めていたノイマンが、小さく溜息を吐いた。
「――古代人さんも、なんでこんな恐ろしい物を作る必要があったのかねえ」
「どうした、ノイマン! こいつのプログラムの再現に一番貢献したのはアンタだ。これが完成したのはアンタの功績なんだぜ? もっと喜びなよ」
見かねた同僚がノイマンに声をかけると、彼は優しげな表情を歪めて少し難しい顔をした。
「功績……ねえ。この功績は責任を伴う。この殺人兵器の行く末を、僕は見守らなきゃならない」
「難しいこと考えてんなあ? もっと気楽に行こうぜ、気楽に……でなきゃ戦争なんざやってられねえよ」
「……そうだね。あーあ、もっと好き勝手に知的好奇心を満たせる時代なら良かったのに」
「奇襲だぁ!」
戦場に無数の銃声が響き渡る。
「落ち着け! 敵の居場所を見極めろ!」
「……挟み撃ちされてるぞ!」
「俺がこっちに行く! あとは頼んだ!」
間隙を狙って仲間と別方向に飛び出したシルフィスは、一瞬の隙に銃声のした木立に接近すると超低姿勢で中へと滑り込んだ。
直後、頭のすぐ上を銃弾が通り過ぎた。
そのまま木立を逆に利用して、素早い動きで狙いを攪乱しながら大回りに敵に接近する。
抜刀と同時に、手に持つ刃渡り50cm程の小型剣の刀身に赤い紋様が浮かんだ。
「クソッ」
根負けした相手の一人が無駄撃ちを放った瞬間に、シルフィスの一閃が飛んだ。
最初の一人が痛みに呻くよりも速く、かまいたちのように同隊のもう2人をも斬撃が襲う。
「ぐうう……」
「……こっちは3人か」
敵が戦闘不能になったのを確認して、シルフィスは剣を鞘に収めた。
向こうも終わったらしく、仲間が合流しに向かってきた。
「1人で3人まとめてやっちまうとは……シルフィスっつったか、助かったぜ。ありがとよ」
傭兵の職に就いてからしばらくして、シルフィスは着々と功績を上げていた。
初めのうちは国内での調査隊の護衛など危険度や重要性の低い依頼が主だったが、ライセンスが解放されて徐々に前線への派遣が増えてきている。
出力のバランスが悪く、常人が扱えば包丁程の切れ味も出ない携帯型の古代兵器も、今では完璧に使いこなせる。
徐々に元の自分へと近付いている――そう信じたいものの、未だ手がかりは掴めないままだった。
ある日、シルフィスは最前線での敵国との交戦依頼を受け、大型のレイドで敵国の砦へと向かっていた。
高い武力を持ち、フレースヴェルグに飲み込まれる事なく生き残っている強国だが、最新型のライオットがテストを終え、今回実戦に投入されるとのことだった。
(ノイマンさんの言っていた、アレか)
傭兵が不要になるとまで言わしめたそれが一体どれ程の代物なのかは分からないが、勝ちの公算は十分と言えた。
主砲のライオットを起動する為、傭兵達はサポートに徹する――準備は万端だ。
重々しい堅牢な造りの砦、そのあちこちから殺意を孕んだ視線を感じた。
「撃て――――ッ!!」
旧式のライオットから放たれる砲弾が砦の正門をこじ開け、そこに数台の装甲をしたレイドが突っ込む。
尖兵達がレイドを遮蔽にしながら内部への侵入を試みた。
銃弾や砲弾、剣撃が飛び交い、砦は一瞬にして混沌の戦場と化す。
――当然、彼らは本気でこのまま攻め入るつもりだった。
だからこそ、次に起こった事を理解するのに時間を要した。
――――突き抜ける光の柱が彼らの頭上を越え、その通り道を隔てるもの全てを消滅させたのだ。
その大破壊は恐るべき規模だった。レーザーが止む頃には、砦は既に半壊していた。
逃げ遅れた敵兵達は遺体すら残っていないだろう。
敵兵を含め、その場にいた誰もが呆然とその様子を眺める中で、シルフィスだけが違っていた。
「う、ぐうッ……」
立っていられない程の頭痛が彼を襲い、思わず地面に倒れ込む。
突然、頭の中にビジョンがよぎった。
レーザーを放つライオット――今しがた見た物と同じ兵器が、その破壊力で次々と敵を消し飛ばしていく。
だが、それは敵の方からも飛んできた。
双方のレーザーによって、甚大な被害が生み出されていく。
彼の意識はそこで途絶えた。
シルフィスが目覚めたのは、見慣れた傭兵の宿舎だった。
戦場で倒れた後、無事に衛生兵に救助されたらしい。交戦は当然の如く圧勝だった。
進軍を滞らせていた砦を攻略した事で、傭兵達は勝利に酔いしれていた。
(あの映像は……俺の記憶なのか?)
傭兵達をぼんやりと眺めながら、シルフィスはベッドの上で考える。
以前の記憶が戻った、とするならば、導入されたばかりの兵器が出てくるのは明らかにおかしい。
拭えない不安感を抱くシルフィスの元に、同じく浮かない顔をして近づく人物がいた。
「……グラインさん! こんな所に来るなんて珍しい」
「ああ、まあな……それより、最近は中々活躍してるそうじゃないか。やっぱりアンタは俺の見込んだ通りの男だ」
少し笑みを見せてそう言ってから、グラインは真面目な顔になった。
「…………今、時間あるか? 2人で話がしたい」
「今、ですか? 良いですけど……」
グラインが案内したのは、首都の西の外れにある高台だった。
近くにはディバイン・トラストの兵器ドッグがあり、少し様子を見る事が出来る。
「見ろ、あれが新兵器の『飛空艇』だ。今はまだ開発中だが、レイドが空を飛ぶんだと」
グラインの指差す先には、暮れ始めて黄色くなった太陽が重々しい見た目の巨大なレイドを照らしていた。
各所に動力と思われるプロペラのような物が取り付けられている。
「……兵器はどんどん進化している。これ以上は……はっきり言って異常だ。必要のない物まで壊しかねない。シルフィス、アンタも見ただろう? あの最新型ライオットを」
「ええ。これまで攻略の難航していた砦を、ほんの一瞬で」
「そうだ。これからの戦争は、これまでとはまるで違うものになるだろう」
グラインはどこか焦っているようにも見えた。
あの恐るべき兵器はこちらの手中にある……が、それが世界に存在するという事実そのものが彼に恐怖を与えていた。
「……実は、近々故郷の近くで大きな戦いがあるらしい。あの村は国境に近いからな……何もなければ良いが」
グラインは最後にそう残して去っていった。
――――嫌な予感というものは、大抵的中するものだ。




