胎動
漆黒の輝きを持つレイドが、猛スピードで平野を駆けていく。
時折通りかかる木立や農村が一瞬で後方に去っていくのを、青年はぼんやりと眺めていた。
元々一人乗りの所を無理やり荷台に入っているので、乗り心地は良いとは言えない。
「……シルフィス」
「え?」
運転席でハンドルを握り締めるグラインが、地平線を見据えたまま青年に話しかけた。黒いレンズの分厚いゴーグルが無駄な日光を遮っている。
「名前だよ。仕事するなら必要だろう?」
「名前、ですか?」
「そう。『シルフィス・グランツ』ってのはどうだ? 『風の使い』って意味だ」
「そんな大層な……でも、良い名前ですね」
「だろ? あんたにピッタリだ。決まりだな、シルフィス」
グラインは満足そうに笑った。
しばらくして、グラインは前方に影を見つけて唸り声を上げる。
「おい、見えたぞ! あれがフレースヴェルグの首都……要塞都市アバロンだ」
グラインの声に、シルフィスは荷台から体をねじってそっと前を覗く。
まだぼんやりとした輪郭しか見えない……が、それでも一際目を引くものがあった。
「あれは……」
高い外壁に囲まれた街並の中心に、壁の高度を軽く突き抜けて遥か天を突くように一筋の塔が伸びている。
「あの塔か? 入口はない、壊せもしない、何の為にあるのかも分からない謎の塔さ。あの街が出来るずっと前から既に建っていたとか」
あれ、としかシルフィスは言わなかったのだが、グラインには何を指しているのか伝わったらしい。当然といえば当然で、初めて首都を見たものなら誰でもすぐに塔に目が釘付けになるだろう。それ程の存在感があった。
「さて、目的地まではもう少しの辛抱だ。飛ばすぞ、しっかり掴まってろよ!」
「うわわっ」
青年が慌てて体を引っ込めると、グラインは思い切りレバーを握り込んだ。
レイドはこれまで以上の速度でぶっ飛び、甲高い駆動音を上げながら平野を突っ切っていく。
小型レイドの格納庫に止めると、グラインは一度大きく息を吐いてからレイドを降りた。
「ほい、到着だ」
「うう……あんなに乱暴な運転しなくても」
荷台から気分が悪そうにシルフィスが降りてくる。レイドには緩衝装置が付いているとはいえ、荷台に来る揺れは相当な物だった。
「悪い悪い。誰もいない平野をレイドで走るの、気持ち良くてなあ……つい」
半笑いで反省の意が見えない謝罪をするグラインを横目に、シルフィスは周囲を見渡す。
意外にも格納庫の面積はそこまで広くはない――というのは、傭兵も遠征時にはもっと大型のレイドで大人数を運ぶことが出来るからだ。傭兵以外の者はそもそもこの街から外へ出る事が殆ど無い。わざわざ支給品でない一人用のレイドを買ってまで手に入れる者は少なかった。
「私は急ぎの仕事があるんで、ここでお別れだ……この格納庫はディバイン・トラストの本社まで地下通路で繋がっているから、そこを通れば迷わずに辿り着けるだろう。後はこれを」
そう言ってグラインが差し出したのは、2通の便箋だった。
「これは?」
「一つは紹介状だ。受付に渡せば面倒な手続きは粗方パス出来るだろう。もう一つは……ちょっとしたお使いだ。手続きを済ませたら研究チームの部署に行って、ノイマンという男に渡してくれないか」
「分かりました……多分」
シルフィスは何となく了承してから、慌てて頭の中に「研究チーム」「ノイマン」という単語を叩き込んだ。
「よし。傭兵をやっていればまた会う事もあるだろう、ではな」
グラインはそう言うと、後ろ手に手を振りながら街の中へ駆けていった。
シルフィスはグラインを見送ると、便箋を眺めてから鞄のサブポケットに丁寧に差し込んだ。
(えらく簡単なお別れだったな……次に会えるのはいつになるだろう?)
少し寂しそうな顔をしながら、地下通路へと向かう。
階段を下ると、少々狭めの道が直線的に続いている閉鎖的な空間へ出た。壁に取り付けられたスイッチを押すと、通路がひとりでに動き出した。
「うわっ」
シルフィスは不意打ちに一瞬よろめいて、慌てて体勢を立て直す。
便利な通路だ。シルフィスは徐々に、この国にとってディバイン・トラストがどんな存在なのかを理解しつつあった。
しばらくして本社に到着すると、シルフィスはまずその特異な雰囲気に驚いた。
戦争会社、と呼ばれるだけはあると言うべきか、どことなく物々しい雰囲気に満ちている。最先端の技術がふんだんに使われているというのは勿論なのだが、辺りを見渡しても一切の飾り気がなかった。
グラインの言った通り、受付に招待状を渡すと想像以上に事は早く進んだ。便箋に付いた押印を機械で鑑定した後、受付同士が驚いた顔で何かしら話し合ったかと思うと、既に傭兵登録の手続きの大半が終了していたのだ。
その後は幾つかの説明と残った手続きを終えて、僅か10分程度でシルフィスは解放された。
左上に「シルフィス・グランツ」と記されたライセンスカードを持って、不思議な感情を湛えながらエントランスを後にする。
とにもかくにも、これで正式にシルフィスが自身の名前になった訳だ。
記憶をなくす前の名とどちらが良い名前だろうか――などと考えながら、周囲の案内を頼りに彼は研究チームの部署へと向かった。
当然だが、研究チームは傭兵とは違い、ディバイン・トラストの正式な社員で構成されている。
部署内に傭兵が気軽に入ることは出来ない。
「はーい、何用で?」
窓口から声をかけると、中にいた一人が呑気な声で返事をした。
「えっと……ノイマンさんって人に会いに来たんですけど」
「ああ、それ僕だよ。僕がノイマン。何か用かい?」
返事をした男が、くいっと自分に親指を向けて言った。
毒のない垂れ気味の糸目に四角い黒縁の眼鏡をかけている。白衣を纏う体は長いが細い。
「グラインさんから手紙を預かってきました」
「ん、グラインから? なるほどね。自分で会いに来ればいいのに――――いや、失礼。ありがとね」
のんびりした声で礼を言いながら受け取ると、ノイマンは眼鏡の位置を直して手紙を読み始めた。
背格好や顔付きは間違いなく大人のそれなのだが、どことなく幼いような印象がする男だ。飾らない雰囲気がそうさせるのだろうか。
「ふむふむ……ん、君の事も書いてあるね。……ちょっと外で話そうか」
白衣のまま外に出てきたノイマンは、近くのソファーにシルフィスを案内した。
シルフィスが座るより先に、ノイマンがどかっと豪快にソファーに腰を付ける。
「お茶も出せなくてごめんねー。一応確認するけど、手紙を渡しに来る『記憶喪失の男』って君の事で合ってるよね?」
「はい」
シルフィスが頷くと、ノイマンはにやっと笑ってからすぐに頬を膨らませた。
「自分は忙しくて中々会えないから、代わりに僕が君に色々教えてやれってさ。あいつ、本当に人使い荒いよね! 僕だってメチャクチャ忙しいのにさあ」
「すいません……」
シルフィスがなんとも言えず苦笑いを浮かべると、ノイマンは慌てて謝る。
「ああ、ゴメンゴメン。嫌味のつもりじゃなかったんだ……それと、僕に対しては敬語使わなくて良いよ」
「いえ、すいません。そういえば、お二人はどういう関係なんですか?」
「敬語ナシで良いって言ったのに……んー、まああいつとは友達っていうか、腐れ縁っていうか、そんな感じだよ」
ノイマンは少し悩みながらそう返した。
実に曖昧な答えだが、腐れ縁というには奇妙な信頼関係が二人の間にはあるように思えた。
しばらく色々と軽く話を交わしてから、ひとまず話題を終えて二人は立ち上がった。
「まあそんな訳で、僕はいつでもここに居るから何か分からない事があったら来ると良いよ」
「ありがとうございます」
伸びをしたノイマンが、ふと顎に手を当てて複雑な表情をする。
「……まあでも、ちょっと面倒な時期に傭兵になったもんだね、君も」
「え? どういうことですか?」
「んー……多分だけどね。今やってる侵攻型機工兵の研究がもう少し進んだら、そろそろ傭兵って職業はお役御免になり始めるかもしれないなぁ、ってね」
少し声色を下げてそう言ってから、ノイマンはすぐ元の呑気な声に戻した。
「まあ、あくまで僕の所見だからあんまり気にしないで。それじゃあね!」
にひひ、と笑って顔の前で手を振りながら戻っていくノイマンに、シルフィスも遠慮気味に手を振り返した。
ノイマンとの話を終えたシルフィスは本社を出て、傭兵用の宿舎へ向かった。
アバロンの街は、グライン達の家があるトーガの村とはまるで別世界だった。
特にディバイン・トラストの周辺はどこもかしこも大騒ぎだ。網のように張り巡らされた街並みは立体的で複雑で、宿舎に辿り着く頃にはすっかり日が暮れていた。
「あー……」
用意された自室のベッドに倒れ込んで、怒涛の数日間を振り返る。
流されるままに傭兵になってしまったものの、本当にやっていけるのかはまだ分からない。
(……やるしかねえさ)
ノイマンとの会話で、この国の情勢も大体掴めてきた。
ディバイン・トラストのお陰で雇用が増え、環境は改善されて国内、特筆して首都は人類史でも類を見ない程の平和を実現している。資本主義社会ながら、圧倒的な力を持ってディバインが経済の手綱を握っている為に格差も解消される。
今や「帝国」は名ばかり、この国の真の支配者はディバイン・トラストだ。
古代兵器のもたらす圧倒的武力によって近隣諸国との戦争も負けなしだ。次々と吸収していっている。
更にノイマンの言っていたライオットの研究が進めば――考えなくても、どうなるかは目に見えていた。
フレースヴェルグは栄華を極めていると言える。あと10年もすれば、世界全土の征服も夢ではないだろう。
「……寝よう」
一傭兵に過ぎない自分にとっては遠い世界の話だ。
それより明日から始まる仕事の方が重要だった。
風呂は朝に入れば十分――そんな事を考えながら、シルフィスは重い体をベッドに沈めた。
延々と止むことなく、カリカリ、カタカタと小さな音が鳴り続けている。
「……『絶頂』というのは長くは続かない。いつか必ず崩れ去るものだ」
書類の山と格闘しながら、男はガラスの外に煌く夜景を眺めていた。
「だからこそ、事前に手を打たねばならない。この絶頂を崩壊させない為に、早く……辿り着かなければならない。間に合わなくなる前に…………!」
男は直感的に察知していたのだ。
――――ゆっくりと、運命の歯車が回りだそうとしていた。
補足:大型古代兵器の種別
【レイド】・・・操縦型機工兵。主に移動に使われる古代兵器。要するにバイクとか車。
【ガーディアン】・・・万人型機工兵。AIで勝手に動く古代兵器。主に防衛用。
【ライオット】・・・侵攻型機工兵。攻撃に使われる大型古代兵器。大砲とか。
傭兵の使っている携帯型の小型古代兵器はまた種別が異なります。




