014
リュウテキの代わりにリベンジすると豪語してた以上、リュウテキにこうして助けられてしまうことはある意味で格好悪いことではあるのだが、それでもショウは――もちろん、ヒチリも、彼を見ただけで大きな安堵感を覚えていた。
さっきまでは半分諦め掛けていたとは思えないほど、勝てる気がしている自分がいる。
しかし、その希望に湧いた胸の裡も、リュウテキの異様なシルエットを見て、すぐに翳った。
「リュウちゃん、それ……」
「ん? ああ、右腕な。ちと重たいが、悪くないぜ?」
リュウテキの右の肘と肩のちょうど中間辺り。そこから先が人間の腕ではなくなっていた。
金属の骨。言ってしまえば、それが一番近いニュアンスだろう。
骨の形をしたそれは、肘や手首は球体関節になっている上に、左腕に比べると長い。手も左手に比べると倍以上のサイズになっている上に、指の一本一本の第一関節から先が鋭利な爪か鎌のようになっている。
「どうせ本物の腕はやつの胃の中だ。
回収したって役に立つとは思えないから、思い切ってこれにした」
ただでさえ異形の腕に見えるそれだが、さらには真っ直ぐ下に伸ばすと手首が膝の辺りに来るほど長い。
「あ――一応、ちゃんとした腕は別途依頼してある。これは戦闘用の間に合わせだ」
右手を握ったり開けたりしてみせながら、リュウテキはシニカルに笑った。
「……で? お前ら、二人して何ビビってたんだ?
アイツがデカくて怖ぇのは確かだけど、らしくねぇ」
「えっと……あれと、目が合ったら心臓を鷲掴みにされたというか……」
「一目惚れとは真逆のハートブレイク? みたいな気分になったというか……」
二人の返答に、リュウテキはふむ――と、うなずいてから訊ねる。
「今の気分はどうだ?」
ヒチリとショウが顔を見合わせてから、顔から煙を出しながら立ち上がる翼竜を見た。
「あれ? 大丈夫だ」
「ショウも……」
彼女たちの様子を見てから、リュウテキは翼竜を見遣った。
「なるほどねぇ」
「リュウ?」
「ちょいとお前ら休んでろ」
「え……でも……」
「いーから。ベルの様子見といてやってくれ。んで、少しでも体力を回復させろ。
あそこまで追い込んでるんだ。多少の時間稼ぎくらいなら俺でも出来る。
そんでもって見ておけ。俺の《揺れ迷う偏聖書》を。
……もう役立たずだなんて言わせねぇから」
言うだけ言うと、リュウテキはとっとと走り出してしまう。
「リュウちゃんも、実は名前つけてたんだ」
しかも、役立たずと言われていたことを気にしていたらしい。
「ちょっと、リュウ!」
のんびりと呟くショウとは対象的に、ヒチリは慌てて追いかけようとする。だがヒチリは足をもつれさせてつんのめった。
顔から地面にダイブすることはなかったものの、そのまま地面に膝を付き、刀に体重を預けるように腰を下ろす。
「大丈夫ヒィちゃん?
リュウちゃんの言う通り、あたしらは素直に休んでおいた方がいいかもね」
「でも……」
「リュウちゃんは気付いてる。ヒィちゃんがアイツを倒せる必殺技を使えるってコトに。
そんでもって、それを使うとすごい疲れるコトも。さらにそんでもって、リュウちゃんがアイツを倒すって宣言しなかったのは、自分だと決定打がないって分かってるから。
休んでろっていうのは、ぼーっとしてろって意味じゃなくて、決定打になるヒィちゃん必殺の一撃――それを撃てるように準備しておけって意味なんだよ」
「…………」
ショウの説明を受けて、ヒチリはリュウテキの背中を見る。
「わかったよ。ショウ」
「ん。それでヨシ。
正直、ショウはもう戦力外だしねー。次の一撃でヒィちゃんは限界でしょ?
そうなるとリュウちゃんだけがんばってもジリ貧だろうから、負け確だよー。
次のワンチャン大事にしてね。仕損じればチーム《雅》は全滅ってね~」
気楽な口調でそう告げるショウに、ヒチリは眉を顰めた。
「次のチャンスが大事なのは分かったけど、ショウが限界っていうのはどういうコト?」
「ほれ」
そう言って見せて来たショウの腕は、手の甲から肘に掛けてその表面が焼け爛れたようにボロボロになっていた。
「痛くないの?」
「めちゃくちゃ痛い」
思わず間の抜けた言葉を漏らすヒチリに、ショウは苦笑し、
「爆弾投げた時にさ、腕で顔を庇ったらこうなちゃって」
しかも――と、手を返して掌を今度は見せてくる。
「…………」
掌も掌でボロボロだった。
「有刺鉄線巻きつける時さぁ、蜜柑から朝顔に変化させたまでは良かったんだけど、集中力切れちゃったのか、途中で鉄線に戻っちゃってね。仕方ないからそのまま引っ張った」
ヘラヘラと言ってのけるショウの頭に、ヒチリは手を置いた。
「お?」
そのままリュウテキのマネをして、ぽんぽんと叩く。
「分かった。じゃあ、ショウはベルの様子だけ見てて」
「うん。ごめん」
謝るショウに、ヒチリは笑って首を横に振る。
「それよりさ、ショウは動けないかもしれないけど、リュウが来たから、三人揃った」
「だね。
ここからは私達の私用じゃない。チーム《雅》としてのお仕事ってね」
「うん。ここからが正真正銘の――お仕事、開始だ」
『う、上手い例えが思いつかずに変な例えをしてしまったが……要するに、だ。
それぞれの指で能力の強弱を変えたり、触れてる部分と触れてない部分とで強弱を変えたりといった、細やかな使い方は出来ないのか、と言いたかったんだ』
リュウテキは腕を取り付けてもらった後に、コッペリウスとした会話を思い出しながら、能力を操作する。
右腕を大きく横に伸ばし、掌の内側を中心に空気を小刻みに振動させる。そして、その振動を外に漏らさないように、かつ中央の振動に影響を与えないように、その周囲を別の振動によって包み込んだ。
振動を起す能力。それが、リュウテキの開拓能力《揺れ迷う偏聖書》。
今までも、振動による熱の発生は考えた。
しかし、自分も熱くなる上に、いまいち制御が出来なかったのだ。
それもそのはずだ。範囲はあまりにもアバウトだったし、熱に対するガードも何もしていなかったのだから。
だが、今回は違う。
熱を起す振動。その熱を周囲に拡散させないように保護する振動。さらには自らを熱から守る振動の三つを別々に発生させている。
その上で、万が一でも高温が自分の腕を襲っても良いように、義手である右手を中心にしていた。
振動は一度に一パターンしか起せない――そんな自分の思い込みが能力の幅を狭めていたのだ。
元々アレコレと考えるのは苦手ではないのだ。アドバイスを元に、これまでの経験を踏まえて、新しい能力の使い方を導き出す。
そして、以前から考えた通りの熱を生み出し叩きつけるという手段を実用化した。
さきほど、翼竜の顔で炸裂させたものはこれの応用だ。
右手を中心に振動を起し、高熱化させ爆発させる。
爆発はせずとも、どれだけ強固な皮膚も高温と振動でそれなりに効果があるだろうと踏んでいたのだ。
「おっと」
闇雲に振り下ろされる腕を躱しながら、リュウテキは《流離う翼竜》の完全に潰れた目の方へ移動する。
ヒチリの斬撃を浴び、駄目押しのようにリュウテキの振動過熱爆破を浴びたのだ。傷が治っても、もうこの翼竜の左目は開くまい。
もっとも、傷が癒えるような状況になど、する気はないが。
「喰らいな……ッ!」
懐に潜り込んだリュウテキは右手の爪を立てながら掌底の要領で腕を突き出す。
五指の爪はそれぞれ高周波ブレードのように小刻みに振動し、掌の中心には振動による高熱が渦巻いている。
五つの爪が翼竜の腹部に突き刺さり、まるでその傷口を焼くように熱が解き放たれた。
翼竜の喉の奥から絶叫が迸る。かなりのダメージはあったようだが、それでも致命傷と言うにはやや浅い。
「ちッ……図体がでかいだけあって面倒だな……おいッ!」
自分の懐からこちらを追い出したいのだろう。乱暴に両腕を振るってくる。
それを避けつつ、リュウテキは左手で十手ブレードを逆手に鞘から引き抜くと、
「そらよッ!」
そのまま逆袈裟に斬り上げた。
爪を切り裂いた時と同じ、振動させながらの斬撃。
翼竜の硬い皮膚を容易に切り裂けたもののこれも浅い。これでは致命打にはならない。
元々リュウテキは剣が苦手ではないが、得意でもないのだ。
単純に、自分の能力を一番乗せやすいのが刃物であると気付いてから使い始めただけである。
「もうちょっと真面目に剣を覚えた方がいいかもな」
それに、この十手ブレードと振動能力を持ってしても、一刀両断は出来ないだろう。
リュウテキがそれをしようとするならば、翼竜を両断する為に相応のサイズの刃が必要だ。
だが、それは非現実的である。
そうなると、振動剣と振動過熱――この双方を持ってしても、やはり決定打に欠く。
この《流離う翼竜》を仕留めるには、どうしても威力が足りない。
確実にダメージを重ねて行けば勝機もあるだろうが、振動剣も振動過熱も結構疲れるのだ。
「しかしタフだなおい」
大きく口を開き、頭を振り下ろしてくる。
咄嗟に、翼竜から見て右側へとリュウテキは跳んだ。
空中で身体を捻り、右手で地面を削りながら、翼竜を見遣る。
翼竜の右目がギロリと鋭く光った。
「――……っ!!」
リュウテキの胸の裡に、急激に恐怖心が沸きあがり、身体を縛りつけ始める。
だが、既に動いていた右腕を急に止めることは敵わなかった。
振り上げられた右腕が、石や土を舞い上げる。
舞い上がった土砂が右目に入るのを恐れたのか、翼竜が目を閉じた。
それと同時に、リュウテキの胸の奥が軽くなった。
ニヤリと彼は口の端を吊り上げ、十手ブレードを振り下ろす。
本能的にそれに気が付いたのか、翼竜は半歩後退って十手ブレードを躱すと、お返しとばかりに、リュウテキに向けて声無き咆哮をあげた。
咆哮によって揺れた空気が、リュウテキをも揺らす。
重低音による振動を利用した動きの抑制。それが、この声無き咆哮の正体だとリュウテキは看破する。
この咆哮による振動で、ターゲットの三半規管や自律神経など肉体を可動させる為の各種機能を一時的に乱すのだ。
だが――
「甘ぇッ!」
それが振動であるのなら、リュウテキにとっては好都合だ。
彼はその咆哮による空気振動に、自らが生み出した別の振動をぶつけてかき消すと、一気に間合いを詰めた。
「その右目ッ……もらったァッ!」
目を合わせないように、だが確実に狙って、振動過熱をその右目に叩き付けた。
その時に発生した爆発に対し、防御振動を使い損ねて、そのまま爆風に吹き飛ばされる。
それでも何とか空中で姿勢を建て直し、よろけながらも着地。大きく息を吐いた。
「ああ……しんどー……」
あれだけの手傷を負っていながら、ここまで戦えるとは、伊達にドラゴン種だけのことはあるらしい。
それでも、両目を潰した。一時的のものかもしれないが、あの心を乱す眼光は使えまい。
ヒチリとショウの話と、自分が味わった感覚を総合すれば、視線を合わせた相手に作用するのが明白だった。
「しっかし――開拓能力連発って、結構クるんだな……」
調子乗って過熱振動を連発しすぎたようだ。
自分を保護する為の振動を生み出す余裕がなくなっている。
それを踏まえて、使える過熱振動はあと一回。しかも防御振動は考えず、今みたいに自爆する形なってしまうことを覚悟すれば、である。
どうしようかと、少し思案していたところへ――
「リュウにしては珍しく大技連発してたね」
「珍しくっつーか、ようやく大技が使えるようになった……ってとこだしな」
かなり疲れているようだが、しっかりとした足取りでヒチリがやってきた。
「んで? 休めたか?」
「うん。一太刀を抜き放つ程度には」
「よしよし」
さっきショウの腕をチラりと見た時、結構な怪我をしていた。
この場に、ヒチリしか来なかったのを見ると、ショウは裏方に回らざるをえないくらいには大きな怪我だったようだ。
「何をすれば良い?」
その問いにリュウテキは軽く思案し、作戦を告げるべく口を開きかけ……一旦、止めた。
それから改めて、
「隙は作ってやる。だから――」
大きく息を吐くと、リュウテキは両目を失いながら、なおもまだ戦意を失っていない《流離う翼竜》に、敬意を表しながら、ヒチリへ告げる。
左手の人差し指で翼竜を示し、その指で相手を真っ二つにするかのような動きをしながら。
「一刀の下に、ぶった斬れッ!」
その言葉に、ヒチリもまた、翼竜の強さに敬意を示すようにうなずいた。
「応ッ!」




