015
両手で刀を握り、自然体に近い体勢をとりながら、目を伏せる。
精神を集中させながら、ヒチリは直前までしていたショウとのやりとりを思い返す。
……
「これは思いつきなんだけどさ――さっきあたしらが揃ってビビったのって、翼竜の開拓能力だったんじゃないかな、って」
倒れたベルの横にどっかりと腰を落としながら、ショウはそんなことを口にした。
「魔獣の……《切り拓く者》?」
「っていうか、魔獣……だけじゃなくってさ、動物とか虫とかが、開拓能力を使えないって誰が決めたのかな?」
そういう風に、人間が完全に思い込んでるだけだとショウは言う。
それに、冷静になってみると、あの眼光だけ、他の攻撃手段に比べると特殊過ぎる気がするのだ。
「睨まれたら動けなくなる……そこからリュウちゃんは目を合わせなければ良いって考えたんじゃないかな?」
リュウテキの戦いを見ていると、そう思えてくる。
あくまで推測でしかないが、それを実験する余裕はない。なら、それを考慮にいれて立ち回る。
「あと、たぶん……ベルぼーがここに来たのはリュウちゃんに頼まれたから、かな」
「うん。それはそんな気がした」
リュウテキにしても、ベルに頼むのは苦渋の選択だったのかもしれない。
それでも、こちらの身を案じて連絡をしたのだろう。
「最悪――ベルぴーが、ショウ達に協力して、逃げ道を作る……きっとそれが、リュウちゃんの苦肉の策、ベル保険なんだと思う」
助けるか助けないかは、ベルに委ねたのだということもなんとなく分かる。
故に、ベルがここへ来たのは自らの意思だ。
こんな可愛い妹分にまで、自分達二人は心配を掛けてしまったことになる。
「リベンジ……しなければ良かったのかなぁ……」
弱気なショウに、ヒチリはなんともいえない顔をした。
だが、すぐにショウは口の端を吊り上げてみせる。
「なーんて――思わないって言えば嘘になるけど、走り始めちゃったんだから仕方ない。
ベルちゅんに、リュウちゃんまで来ちゃったんだから、リタイアせずに完走しないとね」
ショウの言葉に、ヒチリはゆっくりと目を伏せ、その言葉を脳内で反芻する。
この翼竜に挑んだことで、色んな人に迷惑を掛けてしまったのかもしれない。困らせてしまったかもしれない。
リュウテキにもベルにも、後でちゃんと謝ろう。お礼を言おう。
だけど、それをするにはまずここを切り抜けなければならない。アレを倒さなければならない。
ショウの言う通り、リタイアせずに完走しなければならない。
最初に走り始めたのが自分である以上、途中リタイアなんて出来はしない。
「それにしても――復活リュウちゃん強くない?」
のんびりとしたショウの言葉に、ヒチリは目を開けて戦いへと視線を向ける。
十手のような形状のダガーで翼竜を切り裂き、戦闘用の義手で能力を使い、爆発を発生させている。
相手が手負いであることを加味しても、確かに圧倒しているように見えた。
「リュウは元々、理詰めっぽい戦い方が得意だから。
新しい武器と向こうの手傷から、有効な戦術を選んでるのかも」
運動神経や戦闘能力などは三人の中で一番低いと常日頃から公言しているリュウテキではあるが、一番戦闘センスがあるのは彼だとヒチリは思っている。
「確かに勝負所や、仕掛け所を見極めるセンスは凄いよねぇ」
二人でそんなことを言いながら見ていると、ついにリュウテキの右手が翼竜の右目に爆発を浴びせた。
だが、その時に発生した爆風に、何故か自らも吹き飛ばされている。
「あの爆発させる技、結構疲れるのかもね。
爆風から自分を守れなくなっちゃってるみたい」
ショウの言葉にうなずいて、ヒチリは立ち上がった。
「大丈夫なのヒィちゃん?」
「ん。あと一撃くらいなら、充電できた感じ」
「そっか。じゃあ、あたしの分までお願いね」
「うん。お願いされた」
……
ショウにお願いされた。
リュウテキに託された。
「ヒチリ、集中しながらで良い。ちょっと聞け」
掛けられた声に対して、静かにうなずく。
「これは俺がコッペリウスさんに言われたコトなんだが、開拓能力をわざわざ特殊な能力だと思って使うな」
言葉の意味が分からず、胸中で眉を顰める。
「言ってみれば、開拓能力ってのは五感に加わった新しい感覚。謂わば第六感だ。
いや、昔から六感って言葉はあるから、新しいって意味なら第七感なのかもしれねぇけど」
それはつまり、視覚や味覚と同じで、深く意識して使う必要は無く、手足の延長のようにするだけで操作が出来るということだ。
集中が必要なのは、重たいものを持ち上げたり、針穴に糸を通したりするのと同じように、それが必要な時だけにするべきだ――ということらしい。
「自分で、自分の能力の限界を決めるな。
開拓能力は千差万別、万人によってまったく異なる。
なら、その能力の限界なんてものは、誰も知るコトなど出来ない。
今の人間が様々なものに対する限界を知っているのは、先人達がもたらした色々なデータのフィードバックが存在するからに過ぎない――だとさ」
そして、その限界という設定値もまた、平均から導き出されたものに過ぎず、設定された瞬間からそれは既に過去の存在であり、切っ掛けがあればすぐに更新されるものだという。
「言われて俺もハッとした。
でも、言われて見ればその通りだよな。
もっと自分の能力に対して視野を広げると、新しい使い方とか見えてくるかもしれないぜ」
リュウテキからの言葉を噛み締めながら、ゆっくりと風を集める。
警戒をしながらだったとは言え、会話の最中に翼竜が襲い掛かってくることはなかった。
いや――こちらが警戒していたから、襲うのを躊躇ったのかもしれない。
両目が使えなくなっていても、こちらにしっかりと身体を向けていることを思うと、目以外にも、位置を判断する能力を持っているのだろう。
見た目から推測するなら、ヘビのピット器官に近いものを持っているのかもしれない。
(いや、余計はコトは考えなくていい……風を集めるコト、そして、斬るコト……それだけを考えればいい)
余計なことは全部、リュウテキが考え――ヒチリが一撃を決めるチャンスを生み出してくれるはずだ。
「準備はいいなヒチリ」
ゆっくりと目を開き、そしてうなずく。
「マジであとワンチャン作るのが限界だろうから、しっかり頼むぜ」
リュウテキはそう告げると、地面を蹴った。
どうやってそれに気が付いたのか。
彼が走り始めると同時に、翼竜の警戒心が強まったのを感じる。
だがそれでも、目が使えないせいで、彼が何をするかまでは理解出来なかったのだろう。
先程までの戦闘と同じように、義手の掌に力を集めた。
そしてそれを――
「ヒチリッ!」
こちらの名前を呼びながら、《流離う翼竜》の足元に叩きつけた。即座に、ヒチリは風を纏って力強く跳び上がる。
――高くッ、高くッ! 翼竜よりの全長よりも高くッ!
――全ての力を乗せるべく高くッ、どこまでもッ! それこそ雲耀の彼方までッッ!!
爆発が巻き起こる。
足元へ起きた爆発に、翼竜はよろける。リュウテキは自らの起した爆風に吹き飛ばされる。
ヒチリは、空中で刀を背負うように構える。
ただ刃に風を纏わせるだけでは、斬り裂けるが、先程のように浅くなってしまう可能性がある。
(だったら――ッ!)
刃の先端から風の刃を生み出し、長く伸ばす。
伸びた風の刃に、刀身と同じように風の衝撃波を纏わせた。
竜を斬る為に作り出された、風を纏う巨大な太刀。
「名付けて、風塵竜斬刀……」
風の刃に風の力を纏わせる――リュウテキのアドバイスが無ければ思いつかなかった、新しい技。
これだけの長さがあれば、もう浅いなんてことはありえない。
「これで、決着だ……翼竜――ッ!!」
母親のこと。リュウテキの腕のこと。その他諸々……それらは全て、今は余計なことだ。
この瞬間――ヒチリの頭の中にそれらは無い。
今、彼女の裡にあるものは――
リュウテキの作ったこのチャンスを生かす……皆でちゃんと生きて帰る……その二つ。
「ヒチリッ!」
リュウテキの声が聞こえる。
「ヒィちゃんッ!」
ショウの声が聞こえる。
「ヒィさんッ!」
目を覚ましたらしいベルの声が聞こえる。
そして三人の声が重なって風となり、ヒチリの背中と刃を後押しする。
「やっちまぇぇッ!!」
「やっちゃぇぇッ!!」
「やっちゃぇぇッ!!」
受け取った言葉が、刃に宿る。
「……一華両断……ッ」
故に、この一刀は――
この一撃は――チーム《雅》の勝利の為にッ!!
全身全霊の力と、渾身の開拓能力、そしてチーム雅と、自分の魂を籠めた全てを、
喉の奥底から、裂帛の気合いを迸らせて、
「チェスト――――…………ッッッ!!」
――掲げた刃を、振り、降ろすッ!
――斬ッ!!
右側の首の付け根辺りからから、左足の膝上辺りに掛けて。
振り下ろされた刃が《流離う翼竜》を通り抜けていく。
着地したヒチリは姿勢を正し、刀から風と塵を軽く振り払ってから、ゆっくりとした動作で刃を鞘へと納めた。
チン――っという金属同士がぶつかり合う軽い音が、リュウテキ達が黙って見つめるこの場に響く。
直後、ずずっ……と、翼竜の身体がズレると、自重に耐え切れず上半身が切断面を滑り、残った下半身は後ろへとゆっくり傾く。
そして、双方が重い音を立てながら地面へと落ちる。
それでもなお警戒をしていた四人だったが、どうやら翼竜が完全に沈黙したのだと理解すると、一斉に息を吐いた。
「ターゲットの撃破を確認」
「ミッションコンプリートだね!」
「ああ、これで仕事終了だ」
「よかったぁ……」
お疲れーっと、ショウが手を振る。
それに首をコキコキ鳴らしながら、リュウテキが応え、ショウとベルの所へと歩きはじめる。
ヒチリはしばらく《流離う翼竜》を眺めていたが、ややして、小さく一礼をすると踵を返し、みんなの下へと向かっていくのだった。




