相対
霧は自分の目を疑った。彼、風見凌哉は間違いなく手にした狙撃銃でクラウディアの銃を弾いた。それがさっきの茂みが揺れる音だったのだろう。
しかしその銃は自分とゼロ距離で突きつけられていた物であり、彼が立つ場所からだとクラウディアと重なって射撃が困難な上、そもそも撃った彼は今までずっと一般人だったはずだ。何の訓練もなしに、自分でもここまでの射撃ができたろうか。
霧は襟を掴まれたまま息をのんで彼の方を見つめる。
「何者ですか君は……。一般人ではないのですか?」
霧と同じく驚きを隠せないでいるクラウディアが凌哉へ問いかける。
「おねーさんの言葉からすると、霧さんたちは一般人じゃねーのかな?まあ銃を持ってる一般人はそういないだろうけど……一緒にいる点からして仲間だと思うだろ、ふつう」
凌哉はどこか苛立たしげに早口で答える。
「そんなことよりさ、おねーさんは霧さんの師匠なんだから、霧さんのことよく知ってるんだろうけど、本当は何も分かっちゃいないのな」
「……どういう意味です?」
クラウディアは霧の襟元から手を放し、凌哉の方へ向き直る。片手にはもう一丁銃が残っている。護身用の銃さえなくした霧にはどうしようもなく、死を覚悟した後の反動からか体から力が抜け、その場に座り込む。
「どういうって――そのままの意味に決まってんだろうが!富?家?権力?そんなものが何の意味を持つんだよ!肉親を亡くした者が、霧が、一番欲しかったものが何なのかアンタには分かんねえのか?孤独者が欲しかったのは」
「『ただいま』が言える場所と、『おかえり』を言ってくれる存在!ただこれだけで十分だったんだ!このくらいのこと察しろ!」
パンッと、もう聞き飽きたくらいの音が響く。
「……死ぬ前に言うことはそれだけでいいのね?」
凌哉の頬から、つうっと血が垂れる。彼はそれを気にする風でもなく、狙撃銃を置くと代わりに極夜に渡されていた箱を手にした。
「死ぬつもりはないけど、もう一つだけ。霧さん」
「(は、はい)」
突然声をかけられ、霧は座り込んだまま返事をする。箱の中から銃器を取り出した彼は、それをこちら――クラウディアの方へ向けてから続けた。
「動かずそこで待ってろ。俺は絶対に逃げたりしない」
霧の心の中で何かが弾けた。
先程流したよりも多くの涙が無意識のうちに溢れ、頬を伝う。
届いていたのだ。自分の、無いはずの声が。彼には、しっかりと。
思えば最初からそうだった。
院に入って間もない頃、日本語もまともに話せず、書けずにいたころは他人と中々意志疎通ができずに苦労した。極夜や論&漣のように唇の動きだけで判断してもらうまでにかなりの時間がかかったし、現在でもたまに正しく伝わらないこともある。
それなのに彼は出会ったその時から自分の伝えたいことを全て聞いてくれている。雑談だってできた、不自然なくらいに。
そこで1つの疑問が浮かぶ。なぜ彼は自分の声が聞こえているのか、ということだ。彼の目がいいらしいということは知っている。では耳も?否、自分は声が出ない。耳で聞いているのではないだろう。
「……いいでしょう。相手になります」
クラウディアが凌哉の方へ駆け出す。凌哉は銃器を取り出した箱をクラウディアめがけて投げつける。しかしそれは宙で容易く撃ち落され、弾かれた箱の一部が霧の辺りに散らばった。
「キリ姉」
す、と傍に論が現れる。腕には凌哉の来ていた上着の一部が包帯代わりに巻かれている。彼女はどことなく拗ねているような表情をしていた。
「(ら、論?凌哉さんは一体――)」
「今から簡単に説明、する。凌哉さんの考えた、作戦」
その作戦内容に納得していないのか、論は歯切れ悪く説明を開始した。




