第6話:キリエ・アキナの回顧
ボクが砂漠地帯でキューブを掘り起こしてから5年ほど後、キューブ戦役より数えて15年目のことだ。
各地に墜落したキューブの主要機関から漏れ出る未知のパルスが、大気圏内で影響を及ぼし合い乱反射の末、集約・凝縮して結晶構造体を形成した。
調査の結果それは極めて汎用的な化合素体として有用性に富み、十全な設備さえあれば容易に複数種類の合金化が叶うと判明する。
結晶体の変成範囲は幅広く、工程も従来の精製作業より大幅に短縮及び簡略化できるものだった。
柔軟性・伸縮性・耐久性に優れるのみならず、あらゆる特性へ変わる応用幅を持つ七色の物質。
ボクはこれを共同研究者の名前からとり『ミラ結晶』と名付けた。
ボク達の発見と利用価値の公表後、基本素材としての安定供給を目的に、官民問わずミラ結晶採掘が一大ムーブメントとなるまで時間はかからない。
キューブの解析によって数多くの新技術が確立されつつあったものの、基盤を担うべき物質が圧倒的に不足していたことが、採掘事業の加速に拍車をかける。
しかし一方で新たな問題も発生していた。
キューブ墜落時の衝撃により中枢部から分離・埋没していた自律兵器生産モジュールが、ミラ結晶を主原料として取り込み再起動したのだ。
そこから侵略端末群の後継機を無秩序に増産し、際限ない放出を開始する。
地上に溢れ出た新生駆動群は『ヘイタイアリ』と呼称され、攻撃性の高い敵対的な脅威となって拡がり続けた。
発生メカニズムの由来からヘイタイアリはミラ結晶に引き寄せられる性質を持ち、高純度結晶の周囲へ巣を形成するパターンも多い。
これはミラ結晶を採掘したい人類との衝突へ繋がり、新資源の奪い合いと生存圏の侵し合いが始まった。
ヘイタイアリはハタラキバチと比べて小型でこそあったが、姿形は多種多様で、攻撃能力も個々の差異が著しい。
そうかと思えば防御性能は同等で、物理攻撃を遮蔽減衰するシールドに護られる。
これを破り本体にダメージを与えるため、キューブ戦役の主力強化兵士が再び求められるのは必然だった。
戦時中に祖母キリエ・ミハルが築いた基礎理論は、戦後の技術革新で発展改修が進む。キューブ技術の解像度が上がったことで次世代型バイオプロキュレータが日の目を見、より洗練されたネクサスの誕生を促した。
加えて施術の体系化は民間への普及に反映され、一定の審査をクリアすれば個人が自分の意思で強化手術を受けられる体制が整っていく。
これによって腕に覚えがある者や必要に迫られた者が望んでネクサスへ転向。ヘイタイアリと戦い、ミラ結晶を採掘し、各企業が買い取るというサイクルを形作った。
入手難度の高い高純度ミラ結晶は法外な値段で取引され、需要の沸騰も相まって破格の高額報酬が約束される。命の危険は付きまとうものの、自分の実力次第で一獲千金も夢ではない。
危険を顧みずハイリスクハイリターンな採掘に駆けるネクサス達を、人々は結晶ハンターと呼んだ。
最初期の結晶ハンターが現れてから40年以上経つ。
ミラ結晶を巡る争いの中で、数えきれないほどのネクサスが生命を散らせてきた。
ヘイタイアリとの激戦のみならず、ハンター同士の抗争や利権の争奪もあり、内実は多岐に渡る。
そして多くのミラ結晶が人類に齎され、繁栄発達の大きな推進力になってきた。
けして平坦な道程ではない。だが出血に勝るとも劣らない成果を積み重ねられてきたのも事実だ。
ボクはこの40年でキューブ研究とネクサス支援を柱に据えた組織を起ち上げ、信頼できる仲間達と共に運営してきた。
開発された新技術やフィードバックは可能な限り市井と共有し、人々の生活水準向上に尽力してきた自負がある。
実際に民衆からの支持は厚く、他の独占的な企業とは異なる勢力を築くことに成功した。
ボクが果たせた最大の仕事は、レクテナリアクターの完成と諸都市への継続的な普及だろう。
静止衛星軌道上に存在する発電衛星と、地上部に併設されているレビーシング・アンテナによって成り立つエネルギー生成システム。
発電衛星は太陽電池パドルによって電力を発生させ、これをマイクロウェーブに変換して地上へ発信する。レビーシング・アンテナがマイクロウェーブを受信後、再度電力に変換して蓄積と供給を行う。
燃焼資源を一切消費せず、スタンドアローンで莫大なエネルギーを生み出すことが可能な電力施設だ。
枯渇傾向にあった化石燃料へ依存しない代替エネルギーの確保は、ボクが生涯を賭して完遂させたい事業だった。
この技術を広く公開し、誰もがアクセスできるように導線を敷いた今、自分のやるべきことはやり遂げたと、そう考えていいかもしれない。
祖母や母に負けないだけの実績を残せたと。
ボクが退いても、組織の舵取りは三人の娘が引き継いで進めてくれる。
我が強く公平さと強硬さを併せ持つ長女セツリ。
冷静沈着でバランス感覚に優れる次女ゲツキ。
人の心掴むのが上手く愛嬌のある三女カリン。
それぞれ異なる個性と才能を持ち、各々得意分野で協力と貢献ができる。三姉妹の仲も悪くはない。
彼女達がボクの志を次代へと繋いでいってくれるはずだ。
心残りがあるとすれば、ただ一つ。ヘイタイアリの発生源である自律兵器生産モジュールを破壊できなかったことか。
アレさえ潰せていれば、人類は安全にミラ結晶を採掘可能になったというのに。
かつて一度だけ肉薄したことがある。しかしその時は戦力不足により、敵防衛勢力を突破できず、退却を余儀なくされた。
その後、組織を大きくして攻略準備も詰めたけれど、既にモジュールは姿を消していた。ボク達の攻撃を受けて、ヘイタイアリが移動させ隠した可能性が高い。
以来あらゆる手を尽くし、方々を探し回ったが、見付け出すことは叶わなかった。
千載一遇の好機を逃したことが、悔やんでも悔やみきれない。
最後の最後に大きな仕事を娘達へ託すこととなってしまった。
ボクのツケを背負わせたくなかったのだけど。




