第5話:砂上の商談
「先代からの相続を切り崩してキューブ探索か。しかも自分自身でこんな僻地まで乗り出して。どうにも分からねぇな。今こうして砂にまみれなくったって、豪華な別荘で悠々自適に暮らしてけるだろ。なんでこんな面倒くせぇことを好んでやるかね」
「確かに、金だけ寄付して復興支援に協力する道もある。実際にそう言われることも多い。だけど祖母の代からキューブには因縁があってね。ボクはボクなりの形で社会貢献をするつもりなんだ」
「戦争時代に撃墜されたキューブを探し出して、宇宙人共の技術を解明してやろうってか?」
「簡単に言えばその通りだね。戦争は終わった。だけど当時の爪痕は根深い。混乱もまだ各地に色濃く残ってる。侵略者の拠点だった浮遊要塞には、未だ人類の知り得ない価値ある情報が眠っている筈なんだ。これを解き明かし、文明へ還元することが、人々の生活に役立つとボクは考えてる」
かつて地球の半分を制圧し、人類を追い詰めていた星外不明知性動体。俗称『キューブ』。
高機動戦闘端末群を無尽蔵に増産する12基の浮遊要塞は、多くの犠牲と努力によって破壊され、世界各地に墜落していった。
侵略勢力との熾烈な争いは終結したけれど、完全な勝利とは言い難い。
落下時の衝撃と爆風によって周辺大地は吹き飛ばされ、重質量は埋没していき、地殻変動に連鎖。異常気象の誘因へ繋がったかと思えば、キューブから未知の電磁パルスが拡散されたことで、人類の使用していた電子機器は8割以上が機能不全に陥ってしまう。
ただでさえ戦争で疲弊していた文明社会は物流が麻痺し、経済は停滞を経て破綻した。人々は諸々の備蓄を奪い合い、余裕の喪失が人心の乱れを加速させる。まるで原始時代に戻ったかのような無法が常態となり、世は絶望と混迷の暗黒期に沈んだ。
ともすれば戦時下以上の人命が散らされたとも言われる。
世情が安定を取り戻すには時間がかかり、戦後の調査が可能な余力を得た頃には、キューブの所在は誰にも分らなくなっていた。
著しい地形の変化や、未だ残留する電磁パルスの影響で、センサー類は役に立たない。
そんな状況にあって、探索屋という職人が台頭してくる。彼等は経験や直感という培われた個人の能力及び、物事を立体的に俯瞰化図視化できる天性の才覚を使って、隠された失せ物を探し出す専門家だった。
探索屋の働きで行方知れずとなっていたキューブが、一つまた一つと発見されていく。其処にはハタラキバチの製造工場に始まり、人類未踏の叡智が多分に残されているだろう。現代世界のパワーバランスを覆すほどのものが。
「まぁ、キューブの残骸を接収した政府やら大企業やらは、手に入れた技術も知識も独占してる様子だからな。俺が見付けだしたブツもそうだ。報告後、早々に規制線が張られて締め出されちまった。連中は自分達が旨い汁を吸うことしか考えちゃいねぇ。だからか俺にはアンタの理想が真っ当に思えるね」
「肯定的な意見を貰えるのは珍しいかな。たいていの場合は金持ちの道楽と受け止められる」
「そりゃ初志貫徹で、実際に成果を出すしかないだろ。その志が腐敗して、私腹を肥やす方向に心変わりしないことを祈るぜ」
「ならキミがお目付け役にでもなってくれる?」
「お断りだね。パリっとしたスーツ着て御意見番を気取るなんざ、俺のガラじゃねぇ。ただ払いがいいなら息子を呼んでやろうか。嫁さんに似てしっかり者でね、俺よりもずっと礼儀正しいぜ。歳も近そうだしな」
「なかなか魅力的な提案だね」
「アンタ幾つだ? そもそも名前なんてった?」
「20歳。名前はアキナ。キリエ・アキナ」
「なら息子のが一つ上か。金持ちの秘書なら就職先としちゃ悪くねぇし……ん、キリエ? どっかで聞いた気がするぞ」
「祖母の名前はキリエ・ミハル。強化兵士計画の提唱者で実行責任者。母はキリエ・ナツメ。最初期試作実験体の一人」
「キューブ戦役の英雄か! 祖母さんがネクサスの生みの親で、お袋さんがキューブを陥落させた最初の猛者ときた。戦争の主導権を奪い返した偉人として、教科書にも載ってるだろ。そりゃ法外な金持ちの筈だ」
驚嘆というよりも、どこか愉快そうにマスクの向こうで喉が鳴る。
分厚い防塵マスクに阻まれて、表情も軽口の真意も知れない。
腕利きの探索屋は閉じたアタッシュケースの上蓋を、車両の揺れへ合わせてリズミカルに指で叩き始めた。
「こう言っちゃなんだがな、俺の息子はこれがなかなかの男前でね」
「早速の売り込みかい。欲に溺れるなって自分で言ったばかりなのに」
「おいおい、こんな機会は滅多にないんだ。我が子のために富豪と渡りを付けようとするのは、当然の親心だと思うがね。それに俺の力がまだ必要だろ? 落ちたキューブは全部見付かっちゃいねぇからな」
「商売上手だなぁ」
「おっと、そこを曲がれ。ここからは道なき道だぜ、お嬢さん」
「了解」
案内人の指示に従い、ハンドルを大きくきる。
操作に合わせて車体は進路を真西へ変え、敷かれた道路を外れていった。
生命の彩りを欠いた丘野に飛び出して、ボク達を乗せたジーブは熱砂の海を邁進していく。




