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デュアルネクサス  作者: ミチバケ
戦時編
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3/13

第3話:その代償

『よかろう。その頭脳を信じ、キミに賭けるとしよう』

『それで、我々になにを望む?』

「資金の提供もお願いしたいところですが、一番欲しいのは人員です」

『助手やチームスタッフかね。博士の隣に立ち遜色(そんしょく)しない人間を探すのは、少々時間がかかるぞ』

「いいえ、傍周りは不要です」

『どういうことだね』

「バイオプロキュレータは画期的なシステムですが、性能故の負荷が無視できません。外科的手術で人間に取り付けるものの、やはり異物の塊ですから適合率の問題があるのです。多くの場合、肉体の拒絶反応によって移植者の心身に甚大(じんだい)なダメージが発生してしまう。体感で7割から8割が施術中ないし術後に死亡していますね。今までの研究過程で適合者の傾向は絞れてきていますが、まだまだ精度は低い。もっと多くのデータが必要なので、可能な限り幅広い層の人員が欲しいところ。有体(ありてい)に言えば検体です」

『実験動物として、人間を寄越せというのか』

「生命倫理はお忘れください。人類全体が死ぬか生きるかの瀬戸際なのですから。1万人を犠牲にし、40億人を救う。これはそういうシンプルなお話です。手をこまねいて全滅するか、尊い犠牲を支払って勝利を得るか。迷う余地はないかと思います」


 こともなげに言ってのけ、キリエ博士は胸の前で両手を打ち合わせた。

 良心の呵責(かしゃく)など存在せず、それどころか正しい事をしているという確信と自負が満面にある。

 人類存続を謳(うた)いながら、容赦なく人間を使い潰すに躊躇(ちゅうちょ)なく。人身売買に等しい取引を求め、割り切りの強要を推(お)す様は、さながら悪魔のそれか。

 爛々(らんらん)と輝く双眸(そうぼう)の灯は、決意や覚悟とも違う。激しく底深い探求心と知的好奇心。

 彼女が向ける目的意識の帰結が発言通りのものでないことは、要人各位も分かっていた。けれど他に方策なく、向かう過程で状況が覆(くつがえ)せるなら良しとする。するよりないのだ。


『博士の申し出は我々にとって大きな代償を伴うものだ。人類の未来のためだと言うのなら、そこは飲もう。しかしキミ自身は何事か負(お)っているのかね? 人類存続にかこつけて独(ひと)りだけ私欲を満たしているとなれば、出来る協力の範囲を考えねばならんが』

「私でしたら、既に最も近しい分身を代償に差し出していますよ。先ほど提出したバイオプロキュレータの仕様情報は、私の子供達から取ったものですから」

『子供、と言ったのか? 子供達と?』

「私自身の卵子をクローニングした核因子に、独自合成して作り出した生殖細胞を受精させ、胎児段階から遺伝子調整を施し揃えました。元々は助手や研究を引き継ぐ後継者とするべく育てていたのです。生命の基盤をデザインされた試験管ベイビーですが、普通の人間と同様に生きていますし感情もある。素直な子もいれば暴れん坊もいて、寂しがり屋にしっかり者も。趣味嗜好にも差異があり、それぞれが別個のパーソナリティを持った唯一人(ただひとり)として存在します。お腹を痛めて生んだわけではなくとも、全員が私の血を分けた子供であることに間違いはありません。例外なく、私が手ずから誕生させてきた、かけがえのないね。騒がしく大変な共同生活を送りながら、私は私なりにあの子達を愛してきました」


 静かな口調で語りながら、キリエ博士がタブレットを操作する。

 これに連動してホログラムへ一枚の集合写真が映し出された。

 8、9歳ほどの少年少女が15人、博士を中心にして集まっている。全員が彼女を幼くしたような面影を持ち、傍目にも親子と分かるほど雰囲気が似通っていた。

 子供達は屈託ない笑顔を向け、博士だけ不審者と見間違えそうなニヤけ顔を見せる。写真慣れしていない者特有のぎこちなさが滲(にじ)むものの、表情の根は穏やか。

 総勢16名の大家族である点を除けば、ごくありふれた幸せそうな家族写真でしかない。


「ですが今回のような事態となり、已(や)むに已(や)まれず生体実験へ踏み切ったのです。私にはそれが可能な技術と機会があった。人類を生かす道、これを探り拓(ひら)き繋げていく責務が、私の智才にはあると考えたので」

『その結果、真っ先に我が子を利用したのだな』

「これから多くの人間に犠牲を強(し)いていくのです、自分の身内だけ例外とするわけにはいかないでしょう。むしろ今後の実験対象を少しでも減らすため、あの子達にはあらゆる手段を投じ、抽出可能な限りのデータを吸い上げています。泣き叫ぶ子の懇願(こんがん)を無視して、切り刻みもしました」

『何人残っているのかね』

「先にも説明した通り、成功例はよくて3割。半分以上、生きてはいません」


 要人達の問い掛けに、キリエ博士は泣き笑いの顔を返した。

 そこから先ホログラムが明らかとしたのは、博士自身が我が子に施した筆舌に尽くし難い実験の記録映像。凄惨(せいさん)を極める作業過程の上映から、各国要人の幾人かは目を背ける。

 克明に記される実験の全貌は、同時に一人の母親が使命感に焼き焦がされ、燃え爛(ただ)れていく姿を残していた。祈りと熱意と嘆きと狂気、複雑に撹拌(かくはん)された自責の傾路(けいろ)を滑落(かつらく)し、大義に潰され染まる博士の姿を。


 代償と成果の事実を通して、この日、重要事項策定会議はキリエ博士への正式なバックアップを決定する。

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