第2話:彼女の提示する対策
「敵のシールドが邪魔で人類側は苦戦を強いられています。ならばシールドを使っている敵自身、その力を利用すればいい。それが私の導き出した解決策です」
キリエ博士が手に持つタブレットを操作すると、ホログラムが脊椎のような機器へと変わる。
人体に内包されている脊椎と比べて角張りが激しく、メタリックブルーの全容は命の息吹を湛えていない。
「これは多くの被害と引き換えに撃墜へ成功したハタラキバチの、内部から摘出した集積回路となります。相当量の集中砲火によって辛うじてシールドに穴を穿ち、ようやく打ち倒せた一体。これを回収して調査した結果、リアクターに類似する重要機関であることが判明しました。一見すると非生物的ですが、深奥部には生体部品が組み込まれています」
脊椎型のホログラムが急拡大され、内部が透過していく。
全員が見守る中で映像化されたのは、神経線維を思わせる細長い糸状物だ。
それは微かに脈動しているようだった。
「無機物と融合し機能性を保つ有機物。あるいは独自の性能を発揮する癒着性拡張子。非常に興味深い物体です。私はこれを培養し、様々な物質と掛け合わせる実験を行いました。そして人類に転用可能な生体ユニット『バイオプロキュレータ』を完成させるに至ります」
再びホログラムが切り替わり、メタリックブルーの脊椎が現れる。
今度の物は先よりも丸みを帯びて流線的で、色彩以外は生物感が増していた。
合わせて複数の検証記録と、それに付随する各種のデータが表示されていく。実用性の有無が明確な数値として一同に開示された。
これを見る各国要人達にざわめきが起こる。個人の力で敵側の実体に迫っていたことと、機能を奪って利用しようという試みが一定の成果を得たことに、驚嘆と称賛が錯綜した。
「バイオプロキュレータを人間の脊椎に移植することで、中枢髄幹部に新器官が増設されます。これは素粒子反照型エネルギーを生成・放出するようになり、周囲の原子運動を振震させ、物理現象に指向性を与えて恣意的事象干渉が可能となる。事象干渉とは現実の書き換えに近い行為とお考えください。それが敵勢力のメカニズムでもあります」
『つまり連中は超自然的な侵略者であると?』
「高度な科学は、劣る側からすると万能の魔法に等しく見えるものです。実際には理論と数式で説明できますが、今は趣旨がズレる。向こうは機械仕掛けのシャーマンだとでも思ってください」
『して、具体的なメリットは』
「バイオプロキュレータを移植した強化兵士は、大型の励振装置と対になることで敵勢シールドの突破が叶います。等しい反応力場で逆共鳴をかけ、遮蔽壁それ自体を喰い破るのです。更に身体強度の上昇や、賦活能力促進が見込めます。一個人の耐久性を大幅に強化できる」
『なるほど、一介の兵士を敵方に類する存在へ作り変えるというわけか』
『だが裏切る心配はないのかね? 内側から侵されていく、乗っ取られてしまうなど』
『得体の知れん敵の部品が根底にある以上、無条件に信用できる代物ではないね』
『新たな敵を作り出す可能性は無視できん』
各国要人達が渋面で、最もありえる懸念を表明し始めた。
ただでさえ追い詰められている現状で、これ以上の問題を抱える危惧が飛び交う。
キリエ博士はそれをつまらなそうな顔で受け止め、かと思えば小馬鹿にした調子で溜息を吐く。
「成功例の精神鑑定に極端な偏向は確認されていません。また経過も安定し且つ良好。それでも不安だと仰るなら移植手術の際、体内に超小型の高性能爆弾を埋め込みます。バイオプロキュレータが暴走した場合や、強化兵士が反乱を企てた場合、ないし敵に鹵獲された場合など、遠隔操作で速やかに対象を爆殺することが可能です――が、それ以前の話として他に有用な代替案がありますでしょうか」
キリエ博士の両瞳が鋭く光り、要人達の立体映像を睥睨した。
他者の論拠を遮り封殺するだけの野蛮な迫力が、彼女の全身から薄く立ち昇っている。
権勢や背景を一顧だにしない強かで残忍な、我が道しか見ていない者特有の無法さを伴って。
傲慢な威圧感に呑まれ、紛糾しかけていた反論はいちどきに止まった。
「皆様、万策尽きて打つ手なし。藁にも縋る思いでいらっしゃった、違いますか? 当然リスクはあります。此の世の全てに。この技術へ限ったことではなくね。人類の歴史から個人の人生まで、あらゆる事柄は綱渡りの上にあるもの。一歩踏み間違えれば真っ逆さま。慎重に進みたくなるのは分かりますが、だからこそ時には大胆に、失敗を恐れず踏み出す必要もあるのです。最大成果の期待できる現案を蹴って、安全策をダラダラと講じる時間的精神的猶予が今の人類にありますか? 私以下の知能が集まって、漫談以外に成せることが? 本当に? よく考えてください。今は起死回生の一手、大勝負に出るべき時なのですよ」
『大層な演説だな、キリエ博士。それだけ自信があるというのだね』
「勿論です。皆様が御協力をお約束してくださるなら、3年以内に戦況を盛り返してみせます」
『これはまた大きく出たものだが。確かに、もう後がない。しかしここで失敗すれば、それが全人類にトドメを刺すことにもなりかねんぞ』
「失敗すれば、ですね」
キリエ博士の口角が緩く上がり、こにくたらしい薄笑いが浮かぶ。
不安や怖れが微塵もない、勝者の確信のみ描かれた笑みだった。
世紀のマッドサイエンティストに相応しい。




