第1話:キリエ・ミハルという女
閉ざされた会議室の中央に、地球を立体化させたホログラムが浮いている。
最初は青く美しい色合いだったそれの複数箇所へ、同時に赤い光点が灯り始めた。すると瞬く間に光点から赤が広がり、周囲の青を飲み込んでいく。
赤色の浸食は一定範囲で止まったものの、最終的に地球の立体映像は青と赤が半々ほどの斑模様となってしまった。
数秒後、ホログラムに生じた最初の赤い光点がクローズアップされる。
映像が切り替わり現れたのは正四角形の浮遊物体。空中でゆっくりと回転する巨大な箱から、今度は朱色の装甲で全躯を鎧った人型機械が飛び出してきた。
背面からスラスターの排炎を光る翼の如く噴き出して、鋭角的なフォルムの不気味な機械が舞う。
一つや二つではない。何十何百という数が続々と姿を見せ、全方位へと一斉に拡散していった。
四角い浮遊物体の周囲に新たなホログラムが幾つも出力され、それぞれで人型機械の動向が追われていく。
無機質な朱色の群は高層ビルを貫き、道路を走り回る車両ごと吹き飛ばし、向かい来る戦闘機を切り裂き、対峙した戦車団を爆散させ、通った場所を業火と瓦礫に変え続けた。
膨大な機械の波は外へ外へとうねり伸び、繰り返される侵攻の勢いがホログラムの地球を蝕んだ赤い領域と重なる。
「これが現在に於ける地球の状況です」
女性の一声後、地球モデルのホログラムをU字型に囲む形で、人の立体映像が出現した。
アメリカ人、ロシア人、アフリカ人、ヨーロッパ人、インド人、ブラジル人、中国人、日本人など各国の政治的要人が揃い踏む。
各々が難しい顔、あるいは苦渋の表情を描き、赤色が存在を誇張する地球図を睨み見ている。
「突如として地球に降り立ち、無差別攻撃を始めた星外不明知性動体、俗称『キューブ』。総数は12基。こちらからのアクションには一切応えず、出現地点に滞空したまま今も尚在り続けています」
四角い浮遊物体が再び拡大された。
人間との比較映像へ移り、直径3000mだと明らかになる。
「キューブ自体は何もしてきませんが、その内部から放たれた高機動戦闘端末群が奴等の主力として活動しています。非常に高度な攻撃能力を持ち、人口密集地を中心として人類のあらゆる創造物を破壊しながら侵攻。地上の凡そ五割は制圧されてしまいました」
朱色の人型機械が大写しにされた。
こちらは全長10mほど。人々の思い描いてきたロボットを彷彿とさせるが、愛嬌や勇壮さは皆無。
非人間的な冷淡さが滲み、心理的嫌悪感を刺激する不穏な気配が纏われている。
「武装は両腕から射出されるプラズマ散弾、前面各所から照射されるレーザー兵器、ブレード状に出力されたエネルギーソードとなります。しかしなによりも厄介なのが、全身を球形に覆っているシールドの存在でしょう」
ハタラキバチの立体映像が、半透明の球体に包まれた。
ミサイルや砲弾が命中した瞬間、球体が爆炎や圧力を遮り、人型機械まで届かせない。
「このようにシールドは外部からの衝撃を大幅に減衰させ、ほとんどの威力を遮蔽してしまいます。これにより各国軍の猛攻でも思うようにダメージが与えられていません。それでいて敵からの攻撃は一方的にこちらへと通る。またキューブにはハタラキバチより更に高強度のシールドが張り巡らされており、核兵器ですら完全に防がれてしまいました」
アメリカ、ロシア、中国の要人がそれぞれに歯噛みする。
人類最大火力でも目立った成果が出せず、自国内に放射能汚染を撒き散らしただけに終わった。その悔恨と口惜しさが、表情からありありと読める。
「はっきり申しまして人類は劣勢です。今も敵勢力の侵攻は着実に進み、人々の生存圏は削られ続けています。このままいけば10年と保たず人類は駆逐され尽くし、地上は侵略者の手に落ちるでしょう。ですから、どんな手段を使ってでも状況を打開しなければなりません。種の廃滅を厭うのならば」
『そのための手段がある、という話だったね。強化兵士計画か。聞かせてもらおう、キリエ博士』
日本の要人が重々しく促すと、喋り続けてきたその人物が頷いた。
ただ一人生身で参加している女性に、会議室の面々が慎重な視線を送る。
ボサボサの髪に、隈の濃い目元、どことなく薄汚れて見える白衣を着た女性だった。
年齢は30歳前後。肌は青白く不健康そうだが、両目は異様にギラついて生命力が漲っている。
口紅も引いていない口の端を僅かに吊り上げ、不遜にニヤけた顔が狂気の気配を感じさせた。
彼女の名前はキリエ・ミハル。物理学各派・化学・生物学・遺伝子工学・電子工学・情報工学・数学・医学・形而上学に精通する才人であり、世界最高峰頭脳の一人とも称された天才科学者。
数多の確信的な技術を発表し、各方面に大きな影響を与えてきたが、名声のみならず悪名も付きまとう。曰く、目的のために手段を択ばず、道徳心や倫理観を勘定にいれない女。




