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次に目覚めたとき、俺は一体誰なんだ  作者: 久遠ユウ
第1章 俺は誰になった

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第4話 高沢美那


 美那と並んで歩き始めてからも、腹の減りは収まらなかった。


 結局、『揚州』では何も食べていない。朝から色々ありすぎて忘れかけていたが、腹はそんな事情まで考えてくれないらしい。


「そういえば明日香、さっきどこ行こうとしてたの?」


「飯」


 答えた途端、美那がこっちを見る。


「飯?」


「……ご飯」


「今、直したでしょ」


「気のせい」


「絶対直した」


 美那が笑う。


 さっきからこれだ。何も考えずに喋ると男っぽいと言われる。だから意識して直そうとすると、今度は妙な言い方になる。


「で、ご飯食べに行こうとしてたの?」


「うん。お腹空いたから、いつもの喫茶店にでも行こうと思ってた」


「いつもの喫茶店?」


「あたしが最近よく行ってるところ」


「へえ。どこ?」


 店の場所を簡単に説明すると、美那は興味深そうに聞いていた。


「一人で行ってるの?」


「だいたいは」


「知らなかった」


「最近見つけたから」


「他にもそういうところある?」


「ラーメン屋とか」


「ラーメン屋?」


 美那が意外そうな顔をする。


「何?」


「明日香がラーメン屋って、ちょっと意外」


「そう?」


「うん。どこ?」


「『揚州』って店」


「揚州……」


「駅から少し行ったところ。さっきまでそこにいた」


「さっきのあたりか」


 美那は店の名前を覚えるように、もう一度「揚州」と呟いた。


「よく行くの?」


「結構」


「一人で?」


「まあ」


「へえ……」


 また妙な顔をされた。


「何?」


「いや、明日香ってそういう店あんまり行かなそうだから」


「そういう店って?」


「町のラーメン屋とか、一人でふらっと入る感じじゃないっていうか」


「じゃあ、どんな感じなの?」


「どんなって……」


 美那が少し考える。


「明日香、お嬢様じゃん」


「……お嬢様?」


「何、その反応」


「いや」


 思わず黙る。


 お嬢様。


 鏡で見た顔や、私立の女子校に通っていることを考えれば、確かにそういう雰囲気はあった。


「そんなに?」


「そんなにっていうか、家も裕福だし。明日香自身もちゃんとしてるし」


「……へえ」


「自分のことなのに何で感心してるの?」


「そうだったね」


 また一つ、田中明日香について分かった。


 裕福な家の娘で、私立の女子校に通っている。そして、少なくとも美那からは「お嬢様」だと思われている。


 だったら、さっきから俺がやっている喋り方も、それほど間違っていないのではないか。


「じゃあ、やっぱりこういう喋り方でよろしいのかしら?」


「……何それ」


「お嬢様なんでしょ?」


「お嬢様だけど、そんな喋り方しないよ」


「しないの?」


「しない」


 即答された。


「普通だよ、普通」


「普通って?」


「今までの明日香は、普通に喋ってた」


「例えば?」


「例えばって言われても……『そうなんだ』『それ違うでしょ』『やめてよ』とか」


「……普通だね」


「だから普通って言ってるじゃん」


「でも、お嬢様なんだよね?」


「お嬢様だからって『〜ですわ』とか『〜かしら』とか言わないでしょ」


「そういうもんなの?」


「明日香がそうなの!」


 美那が吹き出した。


「何で自分の喋り方をあたしに教わってるの?」


「ちょっと確認してるだけ」


「何の確認?」


「色々」


「またそれ」


 美那はまだ笑っている。


 どうやら、お嬢様だからといって特別な喋り方をするわけではないらしい。


 考えてみれば当たり前かもしれない。だが、今の俺には何が普通で何が不自然なのか、さっぱり分からない。


 ただ、さっきから気をつけているうちに、少しずつ慣れてきた気もする。


 無理に女っぽくする必要はない。言葉を少し選べば、それだけで随分違うようだった。


「でもさ、さっきのラーメン屋、本当に好きなの?」


「好きだよ。美味しいし」


「へえ。そんなに?」


「うん」


「じゃあ今度行ってみたいな」


「一人で行けばいいんじゃない?」


「明日香と行く」


「何で?」


「親友だから」


 当たり前のように言われた。


「……そうだったね」


「何、その言い方」


「何でもない」


 美那は自分たちを親友だと言っている。なら、一緒に食事へ行くくらい普通なのだろう。


 そう考えていると、美那が俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


「……何?」


「何って?」


「近くない?」


「いつもこんなもんじゃん」


「……そうなの?」


「またそれ」


 美那が少し不思議そうにこちらを見る。


「今日の明日香、本当に変」


「朝から色々あったの」


「その色々を教えてくれないけどね」


「そのうち」


「ほんと?」


「たぶん」


「たぶんなんだ」


 美那は不満そうにしながらも、腕を離そうとはしなかった。


 親友ならこれくらい普通なのか。今の俺には、それすら分からない。


 しばらく歩いていると、美那がふと思い出したように口を開いた。


「でも、よかった」


「何が?」


「明日香、今朝すごく元気なかったじゃん」


「……そうだった?」


「うん。買い物も無理って言ってたし、今日はもう会えないと思ってた」


「そうなんだ」


「だから、こうして一緒にいられて嬉しい」


 美那が笑う。


 さっきまで人の喋り方を面白がっていたのに、急にそんなことを言われると、どう返せばいいのか分からなくなる。


「……ありがと」


「え?」


「心配してくれてたんでしょ?」


「うん」


 美那は少し驚いたような顔をしたあと、嬉しそうに笑った。


「明日香、今日は素直だね」


「いつもは違うの?」


「うーん。どうだろ」


「何それ」


「でも、今日の明日香も結構好き」


「……そっか」


 美那は満足そうに頷くと、また俺の腕に身体を寄せてきた。


 正直、少し近すぎるとは思う。だが、心配してくれていた相手を無理に引き離すのも気が引けた。


 それに、今の俺に田中明日香のことを教えてくれるのは、こいつくらいしかいない。


「で、買い物は?」


「高沢に任せ――」


 美那が無言でこっちを見る。


「……みーちゃんに任せる」


「よろしい」


「何、その言い方」


「ふふっ」


 美那が得意そうに笑う。


 何だか、こいつの思い通りに動かされている気がする。


「駅前の商店街でいい?」


「うん」


「服とか見よっか」


「そうしよう」


 美那は嬉しそうに頷いた。


 腹は減っているが、今の身体に合う服も必要だった。どうせなら先に買い物を済ませてしまおう。


 飯はそのあとでいい。


 本物の明日香が何を買うつもりだったのかは分からないが、美那についていけば、少なくともこの身体に必要な物は揃えられるかもしれない。


「じゃ、行こ」


「うん」


 美那は俺の腕にくっついたまま歩き出す。


 俺もその隣を歩いた。


 田中明日香。


 裕福な家のお嬢様で、私立の女子校に通っている。だけど、喋り方は普通で、ラーメン屋へ一人で通うような人間ではないらしい。


 そして、高沢美那という親友がいる。


 美那と話すたび、知らない自分の輪郭が少しずつ増えていく。


 そのどれもが、本当は俺のことではない。


 そんな妙な感覚を抱えたまま、俺たちは駅前の商店街へ向かった。


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